介護保険が、65歳以上の高齢者に対してのみ(一部疾患は例外もあるが)適応されていることが異常な状態であることについて、世間は無関心である。厚労省も、制度の対象を65才以上との枠を外し、すべての年齢の障害者に広げようと試みていた(現在はあきらめているかもしれない)。この試みは、給付対象を広げると同時に、保険料の徴収も20歳以上(現在は40歳以上)に広げるものだった。諸外国では、介護保険に類するような制度は、高齢者のみを対象としないで、全年齢の障害者を対象としている例がほとんどである。日本は、障害者に対する保障と、高齢者に対する保障が分離している例外的な国である。これは、「エイジズム」を助長する大きな要因だ。つまり、年金は別として、高齢はそれ自体では、なんら救済の対象でもなく、若者と同じように、何らかの障害がある場合のみ社会保障の対象となるべきである。しかし、現在の制度では、高齢というだけで、弱くて救済の対象となるイメージを抱かせる。高齢者の自立をという掛け声とは正反対だ。
現在の年金制度の改革は、高齢者に意欲をもたせ、65才を過ぎても働いてもらおうとする意図がある。介護保険制度の年齢制限は、この様な意図とは反するものである。また、身体的、精神的な障害が生活に悪影響を及ぼす、数々の問題の一つとして、高齢者の車の運転が挙げられるが、免許証の「自主」返納という考え方も問題である。免許を持っていても車に乗らなければ事故が起こることはない。なにも、免許を返納する必要はないのだ(ただし免許更新の手続きが鬱陶しいが)。免許の返納には、極めて「日本的」な雰囲気が感じられる。高齢になって周囲が免許を返納していると、「なんとなく」返納しなければならない気分になり、それに従うような傾向だ。この様な「場の雰囲気を読む」ことが日本の社会では非常に大切なことだと考えられている。地方では、高齢化が進み、高齢者は車に頼って生活をしている場合が多い。車の使用方法は場所により、あるいは、個人によりまちまちなのである。必要性が高い場合でも、周囲の雰囲気や、子供たちが高齢者の事故を恐れて、親に対して返納を勧める場合もある。能力はあるにもかかわらず、高齢という理由で、差別を受けるとすれば、この様な免許返納の動きも、「エイジズム」の典型だ。つまり自立心を失わせる原因となる。
雰囲気に左右されるといえば、問題が起こった場合、問題解決を「自主的に」行うよう促す方法がよくとられる。今回のコロナ禍では、「自主的」行動が常に求められた。「自主的」営業規制、「自主的」マスクの着用、「自主的」移動制限などだ。この場合行政は、自主的であれば保障を行う必要が少なくなり、問題が生じても非難されることも少ない。「自主的に」行うことは、それを命令する側が、その結果に対する責任を負わないで、命ぜられる側にその責任を転嫁する手法である。「自主的」免許返納や、「自主的」感染予防対策は制度を作る側、取り締まる側の規制責任を転嫁するための極めて日本的な方法だ。日本人の行儀の良さ、倫理的基準の高さ、同調傾向など、文化的な認識の高さに甘え、依存して、政治的決定を曖昧にするこの国の傾向は困ったものである。政府の責任が個人の責任へとすり替えられる傾向も、政治の貧困を招く要因となる。
政治的な決定と、それに伴う十分な説明を行うことができれば、その結果がある程度間違っていても、国民は政府に対して結果責任をさほど追求することはないだろう(週刊誌、ワイドショーに追求されることはあるかもしれないが)。あるいは誰かが責任を追求しようとしても、それに反対する声も上がるだろう。政策決定の前提となる事実が変化すれば、政策は当然変化せざるを得ない。十分説明を尽くして政策の変更を行うことは筋の良い政治である。これには絶え間ない「議論」が必要だ(統治者はめんどくさい議論を嫌うかもしれないが)。説明とそれに伴う議論なしに政策変更を行う場合には、「自主的」な行動をお願いすることを連発しなければならなくなるのだ。 その結果、長期的には、少しずつ・・・少しずつ、政府に対する国民の信頼を失わせる結果となるのだ。
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