「#お薬もぐもぐ」に対する注意喚起 -SNSにおける麻薬製剤転売の可能性について-

「#お薬もぐもぐ」とはなにか

筆者らは、若手医師や基礎医学研究者、医療系学部学生が所属する研究会(任意団体)として、日常診療や様々な医療時事問題についての意見交換や調査活動を定期的に行なっている。ある時、メンバーの薬学部学生から「#お薬もぐもぐ」という、薬物転売を示唆するSNS上のハッシュタグについて情報提供があった。筆者は、SNS上で薬物転売が具体的にどのように行われているか寡聞にして知らなかったのだが、自身のSNSアプリで「お薬もぐもぐ」と検索して仰天した。そこでは、大っぴらに睡眠薬などの売買を持ちかけるメッセージが多数公開されていたのである。

調べてみると、以前から、「#野菜」「#手押し」「#アイス」というハッシュタグが知られており、SNSにおける薬物転売に対する注意喚起は行われていたようである(※1)。 精神科医療施設における薬物使用障害患者の「主たる薬物」として睡眠薬や抗不安薬が占める割合は増加しているという報告(※2)もあり、これらの主な入手経路はもしかするとSNS等なのかもしれない。

薬物転売の問題点

これらのタグには 言うまでもなく複数の問題が含まれている。一点目は、その違法性。「薬機法」(「医薬品医療機器等法」、麻薬の場合は「麻薬及び向精神薬取締法」)により、医薬品の販売業の認可を受けていない薬物転売は違法とされている。二点目は薬物適正使用や健康被害という観点である。例えば、睡眠薬の大量服用は、以前用いられていたバルビツール酸系睡眠薬での死亡例ほどの大きな危険性は現在ではないものの、ベンゾジアゼピン系、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬の大量服薬でも、呼吸器障害を有する患者、小児、そしてアルコール依存症などの肝障害を有する患者では呼吸抑制の報告例があり、注意が必要とされている(※3)。

麻薬製剤の適応拡大

そして今回、以前から指摘されてきたこの問題を改めて俎上に載せるべきと考えた背景には、麻薬製剤の適応拡大という事実がある。政府は2020年10月29日、麻薬製剤オキシコンチン®️の適応を、従来の「がん性疼痛」に加えて「慢性疼痛」も含むものと拡大した(※4)。フェントステープ®️などその他の麻薬製剤の適応も以前から拡大傾向にある。これらの麻薬製剤は適切に使用されれば患者に大きな益をもたらすが、同時に、麻薬製剤が社会にとってより身近な存在となり、睡眠薬等と同じく転売されるリスクが大きくなるということもまた、事実だろう。

アメリカにおける麻薬中毒の現状

筆者らは研究会内で毎月開催している読書会にて、「DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機」(※5)を扱った。そこには、「薬物の過剰摂取は過去十五年間で、すでに三十万人のアメリカ人の命を奪っており、専門家は次の五年間で、さらにもう三十万人以上が死亡するだろうと予測している。今や薬物の過剰摂取による死者は、銃や交通事故の犠牲者を上回り、五十歳未満のアメリカ人の死因のトップに躍り出ている。」と、アメリカにおける恐るべき薬物中毒の現実が述べられていた。そしてまた、いかに善良な市民がオピオイド中毒者へと転じ、死してしまうのか、その医療的構造が一人一人の物語を通して鮮明に描写されていた。この書籍中で特に問題となっているのが、先述のオキシコンチン®️である。特に、オキシコンチン®️中毒によりティーンエイジャーの子を失った親の悲しみは涙なしには読むことができない。

話題は少し飛躍するが、2020年度にアメリカ心臓協会(AHA)のBLSガイドラインが改定された(※6)。ここで一つトピックとなったのが、「麻薬中毒者に対する一般市民によるナロキソン投与」が推奨されたことである。BLSとは、医療者だけでなく市民が、院外で医療的な緊急事態に陥った人々をいかに救命するかをインストラクションしたものである。このBLSの項目にナロキソン投与が新たに含められたことは、アメリカの麻薬中毒の現状がいかに日常となっており、規模の大きいものであるかを示している。

アメリカにおける麻薬中毒はあまりに拡大したため、被害者らや行政が製薬会社を提訴し、実際に製薬会社が裁判所に賠償金の支払いを命じられる例も出てきている。

日本における麻薬製剤転売を防止するために

日本では、アメリカにおけるこのような恐ろしい麻薬中毒の実態がどれほど知られているだろうか。そしてまた、このようなアメリカの現状を他人事と考えることは果たして妥当だろうか。日本におけるオキシコンチン®️の「慢性疼痛」への適応拡大は、それに苦しむ患者たちにとっての光明となるだろう。また、処方医師のe-learning受講が義務化されていたり、使用されるオキシコンチン®️は乱用を防ぐ剤型となっているなどいくつかの工夫もなされてはいる。しかし、それを処方する医療者や受け入れることとなる社会としては、あくまで可能性としてではあるが、先述のような他国の事例を知っておくべきではないだろうか。それらを踏まえて、このような問題に対して医療者が取り得る対策としては、例えば以下のようなものだろうか。

・本当に麻薬製剤しか選択肢がないか考える
・麻薬製剤の服薬状況をできる限り頻繁に確認する
・麻薬製剤の最小限の処方を心がける

また、厚生労働省は「あやしいヤクブツ連絡ネット」(※7)を委託先窓口として設けているようである。通報先としてのみならず、情報参照先としても有益なHPサイトであるとの印象を持った。

SNSなどのインターネットを利用した行動はその匿名性から実態を掴みにくいため、SNSでの薬物転売問題について正確なデータを得ることは難しい。しかし、筆者らはこれからも試行錯誤しながら、本テーマにおける調査活動を続けていきたいと考えている。“DOPESICK”に鮮明に描かれている悲しい死が、日本でも猛威を振るわないことを切に祈りつつ、以上を報告とさせていただく。

※今回の記事は、研究室メンバーの横山夏季(神戸学院大学薬学部5回生)、李展世(京都府立医科大学医学部3回生)に一部情報提供を受け執筆した。

参考文献:(最終閲覧2021年1月3日)
(※1) 高橋暁子, Twitterで大麻を売買する10代-「野菜」「手押し」「アイス」に注意, CNET Japan, 2020年2月8日, 
https://japan.cnet.com/article/35148993/
(※2)依存症対策全国センター, 日本における薬物使用・薬物依存の傾向,  https://www.ncasa-japan.jp/understand/drug/japanese
(※3)三島和夫編, 睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン, じほう, 2014, p150-153
(※4)厚労省 オピオイド製剤オキシコンチンTR錠の慢性疼痛の適応追加を承認, ミクスonline, 2020年11月4日, https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=70115
(※5)ベス・メイシー著/神保哲生訳, DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機, 光文社, 2020
(※6)2020 American Heart Association Guidelines for CPR and ECC, American Heart Association, 2020
(※7)あやしいヤクブツ連絡ネット, 一般社団法人 偽造医薬品等情報センター, https://www.yakubutsu.mhlw.go.jp/

人と医療の研究室 代表池尻 達紀
京都大学医学部医学科卒業。医師。
在学中にWHO本部、厚生労働省でインターンシップ等を経験。医療従事者、基礎医学研究者、人文社会学研究者や国内外の学部学生等の多様なメンバーが所属し、多角的な視点から医療や健康についての調査、活動を行う研究会(人と医療の研究室)を運営しています。
医療にまつわる社会的背景や話題は臨床実践と切っても切れない関係にあると考え、関心を持っています。
京都大学医学部医学科卒業。医師。
在学中にWHO本部、厚生労働省でインターンシップ等を経験。医療従事者、基礎医学研究者、人文社会学研究者や国内外の学部学生等の多様なメンバーが所属し、多角的な視点から医療や健康についての調査、活動を行う研究会(人と医療の研究室)を運営しています。
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