教育の目的についての考え方

教育、とくに小学校、中学校教育については、すべての人が経験しているだけに、多くの人が多少なりとも関心を持っている。特に、現状のように社会的停滞感が強いとき、また、いじめなどの問題が多発しているとき、教育改革は過去何回も問題になってきた。例えば、最近では9月入学の是非についての議論もあった。しかし、教育の問題では専門的視点と一般的視点が交わることが少ない。多くの人が満足するような解決を求めるとすれば、末端の技術的なこと(入学時期を何月にするかなど)に焦点を当てることなく、概念的な視点から入っていくほうが、かえって議論をまとめることが出来るかもしれない。その材料として、デイヴィッド・ラバリーの「教育依存社会アメリカ」から引用して、概念的考えをまとめてみよう。

教育の目的は次の3つに分けることが出来る。①民主的平等など国家の理念(あるいは普遍的理念)を教えることを目的とすること、②社会的効率を促進することを目的とする、つまり、社会問題を教育によって解決しようとすること、③社会移動を目的とする、つまり、教育によってより高い地位や収入を目指すこと、この3つである。中でも、①民主的平等など国民の理念を教えることについては、歴史的事例から見て成功する可能性が高い(その正反対のナショナリズムを目指す教育も効果がある)。国を作る段階での教育は国民の一般的常識となる。アメリカでも、日本でも、建国時あるいは明治維新時に理念教育は成功した。現代でも、発展途上の国々では、理念教育は大きな役割を果たす。

多くの国で普遍的概念となっている民主的平等を作り上げるためには、教育は重要である。国家としての普遍的概念が確立していない場合、国を作ることは出来るが、一定の考えを共有している国民を作ることは難しい。例えば、アフリカ諸国や、異なる民族で構成された新興の国家にとって、国民の一体感を作ることは難しい作業であるが、その際には教育は大きな役割を果たす。そして、外国からの移民に対しても同様に一体感を形成する場合に効果的である。この場合、習得の内容は、技術的カリキュラムでなく、文化の習得である。しかし、現在の日本においては、普遍的概念が未だ確立されていないので、教育の基本が教えられない。2000年以上前からある道徳心(モーゼの十戒、孔子・孟子の教えなど)以上のものが普遍的概念として確立されていない。例えば、障害者に対するノーマライゼーションの位置付け、あるいは、アジアに対しての日本の立ち位置などが、左右思想が対立する問題でまとめられていないので、不明確になっている。教育の最大の効果が発揮される分野での取り組みに踏み込みが足りないのだ。

これに対して、②社会的効率を目的とした教育は成功する可能性が低いと言われる。社会的効率とは、貧困の撲滅、経済的格差の解消、いじめの問題、外国人の受け入れ、国際化などの社会的課題に対する教育の効果である。まったくないとは言えないが、多大な努力の割には効果が少ない。社会的課題は、社会的に解決すべきであり、教育によって解決することに過大な期待はかけられない。しかし、多くの人は社会的問題の解決に教育の効果を信じる。例えば、民主的平等を目指した教育が、経済的平等(格差の是正)を達成できるわけではない。経済が上昇していく時代には、教育の高度化も(親よりも高いレベルの教育を受けていること)自然に行われた。その結果、教育が高度化することによって、収入が上昇したように思われるが、これは、教育によってではなく、経済的変化によってなされたことである。また、果たして英語教育の拡充がどの程度、日本人の国際化に寄与しているか、明らかになってはいない。

実際には、大部分の教育目的となっているのは、③社会的移動を目的とするものだ。社会移動とは、簡単に言えば、良い学歴、社会での高い地位を、教育によって目指すものだ。社会的移動を目指す教育は、常に個人の功利的利害と一致し、社会の目的とは相反する場合も多い。教育を受けることによって、より良い暮らしを獲得することは当然の権利と思われていて、多くの人が考える教育の目的であるが、必ずしも「社会的」意義があるとは言えない。学校の改革が、政治倫理的目的から、社会的移動を目的とするようになると(良い学校への進学率が高くなると)、教育の方向が、より経済的、功利的目的へと移動していく。社会がその総合的ニーズを満たしながら、各個人が利益を追求する自由を保障することは二律背反の可能性が強く難しい。


従って、教育の基本は①の民主的平等など国家の理念を教えることを基本とするべきだろう。その内容は、自由、平等、人権、多様性などの近代国家の普遍的価値を教えることが重要だ。社会問題を、教育を通して解決することは無理なことが多く、あるいは、社会的移動を目的とする教育は、国が行うべきものではないだろう。ただし、日本ではその元になる国家の理念が確立されていないことが問題である。

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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