認知症の早期診断について

国は、2013年のオレンジプラン、2015年の新オレンジプランと、認知症対策の柱として「認知症の早期診断、早期対応」を挙げている。しかし、認知症の早期診断に対しては、身体的疾患とは異なって、早期診断によって正確な治療が行われることが、必ずしも当てはまらないとの批判がある

『老年精神医学雑誌;斉藤祐子(国立精神・神経医療研究センター病院臨床検査部、東京都健康長寿医療センター高齢者ブレインバンク)、松下正明(東京大学名誉教授)等』

 

認知症に対しての早期診断を行う利点は、次のようなものがある。
記憶障害や見当識障害により、どこに物を置いたか分からない、約束を忘れるなどの行為に対して、「だらしない人、約束を守らない人」との非難は不適切である。これは、病気によるものであるとの診断をつけることは、認知症の当事者本人は勿論周囲の人たちにとって必要なことである、との認識だ(いわゆるシックロールの良い面)。
また、認知症であるという正確な診断があれば、今後の対策を考えられる可能性もあるだろう。

 

他方、認知症は、一般的な老化、つまり、年をとるとだれでも脳細胞が減少するという生理的な現象と区別することが難しく、ただその割合が大きいことに過ぎない。つまり、正常な老化と認知症とは、連続性があると言う指摘もある。その結果、「過剰診断」の危険が常に付きまとう。過剰診断とは、ギルバート・ウェルチが「過剰診断: 健康診断があなたを病気にする」で述べているように、がんや脳血管性疾患、心疾患などあらゆる疾患に付きまとう問題ではあるが、認知症は、病理学的な診断をつけることが難しい(脳の生検は不可能に近い)。たとえ画像診断が多少加わるとはいえ、数値的な基準もない状態で、その大多数は、症状や応答を見て診断を行わざるを得ない疾患では、注意しなければならない。

 

さらに、一般の人が「認知症の典型的な症状」と見ているいわゆるBPSD(行動・心理症状)は、認知症特有のものではなく、認知症による記憶障害などで、当人が困惑したり周囲からの非難に対して反応的に起こす神経症的症状なのだ(いわゆる周辺症状)。うつ病、境界型精神疾患や神経症など、他の疾患を認知症と誤診する危険もある。その上、現状では、専門医による正確な診断をすべての人が受けている訳ではなく、雑な診断によって、あるいは医師の診断無しに「認知症」と言われている人も多く存在する。

 

認知症の早期診断にとって最も不都合なのは、認知症は現在の時点で治療法がないと言うことだ。現在市販されている認知症薬は、せいぜい進行を遅らせる効果しかなく、それも、特定の人のみに限られるので、一般的な治療薬、例えば抗生剤とかステロイド剤とは有効性において比較にならない。さらに、認知症との診断は、初期の目的と異なり、逆に認知症は怖い病気で、認知症の人は何をしでかすか分からないというスティグマ(烙印)を、その人に押す結果になるかもしれないのである。

この様な事態を受けて、欧米諸国では、「早期診断・早期対応」に替えて、「適切な時期における診断と対応」との考えが広まりつつあると言われている。『老年精神医学雑誌;松下正明(東京大学名誉教授)』

 

今後、診断後の告知あるいはそれから先の介護や治療に対して、責任を持って行うことが出来るように、考えていく必要がある。

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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