韓国における若者の失業と鬱憤

新型コロナウイルスの感染拡大以降、韓国における雇用状況が悪化している。2020年9月の失業率は3.6%で8月の3.1%より高く、前年同月よりも0.5ポイント上昇した。その結果、失業者の数は再び100万人を超えることになった。若者の雇用状況はさらに深刻である。2020年9月の15~29歳の若者の失業率は8.9%で前年同月の7.3%より高く、全体失業率3.6%を2倍以上上回った。若者失業者は36.4万人で全失業者の36.4%を占めている。

しかしながら、韓国の失業率をOECD加盟国と比べると、それほど高くなく、大きな問題はないように見える。例えば、2020年7月時点の韓国の全体失業率と15~24歳の失業率はそれぞれ4.2%と10.3%で、OECD平均8.0%と16.8%も大きく下回っている。

実際は若者の多くが失業状態にあるのに、なぜ韓国の失業率は統計上において低い水準を維持しているだろうか?その主な理由としては、①15歳以上人口に占める非労働力人口の割合が高いこと、②非正規労働者の割合が高いこと、③自営業者の割合が高いこと等が挙げられる。

非労働力人口とは、労働力人口以外の者で、病気などの理由で就業できない者と就業能力があるにも関わらず働く意思がない者を合計した人口である。非労働力人口には職場からリタイアした高齢者、職探しをあきらめた人、働きに出ない、あるいは出られない専業主婦や学生などが含まれる。

2020年8月時点における韓国の15~64歳以上人口のうち非労働力人口の割合は31.8%(1165万人)で、同時点の日本の20.2%(1504万人)より高い。さらに、15~24歳と25~34歳の非労働力人口の割合はそれぞれ71.0%と25.1%で、日本の49.6%や11.3%を大きく上回っている。

日韓における年齢階層別非労働力人口の割合

出所)韓国は統計庁の「2020年8月雇用動向」と「年齢別経済活動人口」、日本は総務省の「労働力調査」を用いて筆者作成

このように韓国で非労働力人口の割合が高い理由としては「潜在的な失業者」が多く存在していることが挙げられる。韓国における非労働力人口の内訳を見ると、育児、家事、学業、高齢、障がい等を理由としたもの以外に、働く能力があるにも関わらず仕事を探していない「休業者」の割合が2020年9月時点で全非労働力人口の14.3%を占めている。また、就業準備のために仕事を探していない人も4.6%存在している。彼らは調査期間中に仕事を探す活動をしていないので失業者ではなく非労働力人口として分類される。仕事探しを諦めている人は2020年9月現在64.5万人で前年同月に比べて11.3万人も増加した。

また、自営業者の割合が高いことも統計上の失業率を低くする理由になっている。韓国における自営業者の割合は2018年時点で25.1%とOECD加盟国の中で5番目に高く、日本の10.3%を大きく上回っている。特に、自営業者の相当数は給料をもらっていない無給の家族従業者であり、彼らの多数が調査期間中に仕事を探しておらず、失業率の計算に反映されていないと言える。さらに、2019年8月時点の非正規労働者の割合は36.4%まで上昇した。2007年3月の36.7%以降12年ぶりに高い水準である。

韓国における非正規労働者の割合

出所)韓国統計庁の「経済活動人口調査勤労形態別付加調査」各年を用いて筆者作成

韓国政府は、既存の失業率が労働市場の実態を十分に反映していないと判断し、2015年から毎月発表する「雇用統計」に失業率と共に「拡張失業率」を公表している。「拡張失業率」は国が発表する失業者に、潜在的な失業者や不完全就業者(週18時間未満働いている者)を加えて失業率を再計算したものである。このような計算方式によって算出された2020年9月時点の拡張失業率は全体が13.5%、15~29歳が25.4%で、前年同月の10.8%と21.1%を上回っている。特に、若者の拡張失業率が上昇している。新型コロナウイルスによる不景気が若者の就業にマイナス影響を与えていることがうかがえる。韓国のマスコミでは、新型コロナウイルスの影響を受けた新しい就職氷河期世代を「コロナ世代」と名付けた。つまり、新しいロストジェネレーション(Lost Generation)が現れたのである。

今までも韓国社会には不景気の影響を受け、IMF世代、88万ウォン世代、N放世代のようなロストジェネレーションが登場してきた。IMF世代とは、1997年に発生したアジア経済危機の影響で、就職難にあえいだ若者世代を称する。一方、88万ウォン世代は2007年に禹晳熏(経済学者)と朴権一(作家)が20代が非正規職として働いた場合に得られる1ヶ月の平均予想月収を約88万ウォンと推計し、『88万ウォン世代』というタイトルの書物を世の中に出してからロストジェネレーションを代表する代名詞となった。

その後も若者をめぐる雇用環境は改善されず、多くの若者がパートやアルバイトのような非正規職として労働市場に参加するか、失業者になり、N放世代が登場することになった。N放世代とは、すべてをあきらめて生きる世代という意味で、2011年に、恋愛、結婚、出産をあきらめる「三放世代」が登場してから、三放に加えて就職やマイホームもあきらめる「五放世代」が、さらに人間関係や夢までもあきらめる「七放世代」が、そして、最近はすべてを諦める「N放世代」まで現れた。

多くの人は「N放世代」が最後のロストジェネレーションだと思った。これ以上状況が悪化することはないと思ったからである。しかしながら、新型コロナウイルスは「N放世代」の状況をさらに厳しくした。そして、その結果「コロナ世代」が現れた。

上述した通り、新型コロナウイルスの影響により若者の就職環境はさらに厳しくなった。多くの企業で新卒採用の規模を縮小し、来年の新規採用を一時中断する企業まで現れた。新型コロナウイルスが起きる前には韓国の狭い労働市場を離れて、海外の労働市場にチャレンジする選択肢があったものの、新型コロナウイルスはその選択肢さえも奪ってしまった。

今まで韓国の若者はグローバル経済危機のような外部要因により就職が難しくなっても頑張り続けてきた。世界一厳しいと言われる受験戦争を終え、大学に進学しても理想の仕事を見つけるためにスペック(SPEC)積みに熱中した。スペック(SPEC)とは、Specificationの略語で、就業活動をする際に要求される大学の成績、海外語学研修、インターン勤務の経験、ボランティア活動、各種資格、TOEFLなど公認の語学能力証明などを意味する。

しかしながら安定的な仕事に就くことは難しく、多くの若者が失業を経験したり、パートやアルバイト等の非正規労働者として社会に足を踏み出している。昔は頑張れば成功できると信じて多くの若者が頑張った。しかしながら、最近は生まれつきの不平等が拡大し、「どぶ川から龍」が出ることが難しくなった。さらに、世の中の公正の欠如が若者を挫折させており、若者の多くが「鬱憤(embitterment)」を感じることになった。

日本国語大辞典では鬱憤を「内にこもりつもった怒りや不満、晴れないうらみ、不平、不満の気持ちが心にこもってつもる」状態、また新明解国語辞典では、「長い間抑えてきて、がまんしきれなくなった」状態、として説明している。つまり、鬱憤は社会が公正であり、平等であると考えていたのに、実際はそうでない時に現れる感情であり、自分はその社会に対して何もできない時に起きることがうかがえる。

ソウル大学の研究チームが2019年にドイツのシャリテ大学の調査方法を利用して韓国人の鬱憤状態を調べた結果、回答者の43.5%が慢性的に鬱憤を感じていることが明らかになった(重度の鬱憤状態10.7%、継続的な鬱憤状態32.8%)。鬱憤状態が深刻な水準である人の割合はドイツの調査結果(2.5%)の4倍を超えている。

問題は、若い人ほど鬱憤状態にある人が多いことである。「鬱憤状態が深刻な水準である人」の割合は20代が13.97%で最も高く、次いで30代(12.83%)、40代(8.70%)、50代(7.63%)、60代(7.27%)の順であった。また、世帯人員が少ないほど鬱憤状態にある人が多く、1人世帯における「重度の鬱憤状態」である人の割合は21.56%に達した。

多くの韓国人、特に若者が鬱憤を感じている理由についてソウル大学のジャンドックジン教授は、「最近の若者は本人が持っている人的資本(能力)を発揮する機会が制限されることを前の世代より多く経験した。その結果、世の中は公正であるべきなのに公正ではない、前の世代には公正だと思った世の中が自分には公正ではないと考えながら鬱憤の数値が高まっている」と説明している。また、ソウル大学のユミョンスン教授は、「若者は社会に参加しながら、就業などに挑戦をすることになる。しかしながら、その時、差別や排除、特恵や不正のような不公正を経験したり目撃したりしている。世の中が公正だと思えば問題なく生活できるのに, むしろそうした信念が脅かされ, 鬱憤の状態が悪化している」と主張した。

最近は特に韓国の指導部を中心に公正の欠如が現れている。朴槿恵前大統領の知人の娘が不正入学したことや、法務部長官に任命された曹国氏の資産形成過程の不透明さや娘の不正入学疑惑などがその例であり、多くの若者が怒りや鬱憤を感じることになった。

韓国政府はコロナ世代が恋愛、結婚、出産、就職、マイホームの購入ができるように、また、人間関係を維持し夢を実現できるように、安定的な雇用創出について知恵を絞るべきである。さらに、世代内の不公正により格差や鬱憤が発生しないように慎重な対策を講じる必要がある。

ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員、ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任金 明中
(きむ みょんじゅん)
1970年韓国仁川生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了(博士、商学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年からニッセイ基礎研究所。日本女子大学現代女性キャリア研究所客員研究員、日本女子大学人間社会学部・大学院人間社会研究科非常勤講師を兼任。専門分野は労働経済学、社会保障論、日・韓社会政策比較分析。
最近の著書に、「韓国 第5章 福祉と経済」上村泰裕(編)『新 世界の社会福祉 第Ⅱ期 7巻 東アジア』旬報社(2020年)、「II 日本・韓国 韓国は新型コロナウイルスにどう対応したか」東大社研現代中国研究拠点 (編)『コロナ以後の東アジア:変動の力学』東京大学出版会(2020年)
(きむ みょんじゅん)
1970年韓国仁川生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了(博士、商学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年からニッセイ基礎研究所。日本女子大学現代女性キャリア研究所客員研究員、日本女子大学人間社会学部・大学院人間社会研究科非常勤講師を兼任。専門分野は労働経済学、社会保障論、日・韓社会政策比較分析。
最近の著書に、「韓国 第5章 福祉と経済」上村泰裕(編)『新 世界の社会福祉 第Ⅱ期 7巻 東アジア』旬報社(2020年)、「II 日本・韓国 韓国は新型コロナウイルスにどう対応したか」東大社研現代中国研究拠点 (編)『コロナ以後の東アジア:変動の力学』東京大学出版会(2020年)
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