9月に交代した安倍内閣の重要政策は3本の矢と言われる。第一の矢、超金融緩和政策は、金利を引き下げるともに国債や株式を市場から買い上げ、現金を提供することによって民間の金余りを実現すること、第二の矢は、積極的財政政策、つまり、予算を増やし公共投資あるいは民間投資を促す政策、第三の矢が、構造改革(成長戦略)によって持続的経済成長を達成するという考えだ。この内、金融政策と財政政策とは短期的な景気浮揚を目指す政策であり、構造改革(成長戦略)は長期的な政策に分類される。金融緩和は、日銀の負債を増やせば出来るし、財政政策は赤字国債の発行によって実現できる。いずれも政府の裁量で行うことが出来るし、あまり痛みを伴わない(その結果長期的な問題を抱えることは確かであるが)。しかし、第三の矢である、構造改革(成長戦略)は産業の生産性向上を目指すために民間の痛みを伴う方法だ。結果的に、第三の矢は放たれなかった。構造改革(成長戦略)は未完に終わった。
なぜ、構造改革が難しいのか? 下図はアセモグル等による「自由の命運」から引用しているが、縦軸の国家の力と、横軸の社会の力との関係を示している。
「自由の命運」より
この図によると、中国などの専制国家は、左上の範囲に入るが(国家の権力が強い)、大部分の民主主義国家においては、社会の力は国家の力を上回っていて、右下の領域に入る。社会の力とは、民衆の力と言うより、社会慣習の力と言ってもよい。例えば、インドは民主主義国家であるが、社会の階層は宗教的序列に従って、長い間固定化しているし(バラモンからシュードラなどの階層と、階層の外にいる2億人の不可触民の存在など)、改善の兆候が乏しい。また、ケインズの唱えた経済対策においても、「ハーベイロードの前提」はもはや崩れている。「ハーベイロードの前提」とは、財政政策面では、不況時に国は借金することによって公共事業を行い、雇用を維持するとともに景気を上向かせる一方で、景気が上向くと公共事業を縮小し、借金を返済するという、賢人が行う政策を指している。しかし、現実には、民主主義政府において不況を脱しても減税は継続し、好況時にも増税が行われず、財政赤字が増える一方となることが多い。つまり、賢人は登場せず、大衆の好みに反することは出来ないのだ。
社会の構造を変えることは、民衆が自明のものとしている構造をより効率的になるように変えようとする試みだ。今まで自明なものとして考えていること(慣習)を、合理的に変えれば、社会全体としては得になる。しかし、それは100%すべての人が得をするわけではない。40%が損をして60%が得をするか、あるいはせいぜい30%が損をして、70%が得をする程度だ(損得に関係ない人も多数存在する)。そして、慣習の変更に反対する声(損を被る声)は常に変更に賛成する声(得をする声)を上回る。こうして構造改革は民主主義政権には困難となる。言葉を変えれば、民主主義政権は、結局のところポピュリズム政権なのであり、構造改革は困難なのであるとも言える。
日本の場合、社会の力と国家の力を比較すると、圧倒的に社会の力が勝っている。第二次大戦当時、全体主義的国家だった余韻を引きずり、国家権力の増大を警戒する人が多いが、実際には国家は社会の反対に直面する政策を「こっそり」行う以外には、正面切って社会と対峙する勇気は持ち合わせてはいない。その結果として、国家と地方の債務は1100兆円を超えたのだ。そして、情報公開は進まず、説明責任を果たすことが出来ない状態だ。
先程のアセモグルの図で、民主主義国家において社会は少しずつ右下の方に移動している。つまり、ひたすら国家の力は衰え、社会的慣習の力が強くなっている。結果的に、構造は残り、理念は消え去っている。民族主義的動きは、普遍主義的理念を上回っている。アセモグルの図に帰ると、民主主義国家は、国家の力と社会の力が拮抗した、「足枷のリバイアサン」の領域に入ることが出来るかどうかが問われる。その反対に、左上の国家権力が強い国家は、民主主義国家よりも、うまく難局を乗り切っているように見える。民主主義国家は、政府の説明責任をさらに求める必要はあるが、一方で変化しない社会を問題にしなければならない場合もある。いつの日かこの矛盾が爆発し、社会の大きな変化が起こるかもしれない。
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