生まれてきたことを後悔しない社会の実現ために-産んでから始まる、産婦人科の仕事-

産婦人科病院が産後の子育てにも関わることを決意

近年急激に進む少子化の原因の一つとして、子育ての大変さが指摘されています。しかし我々産婦人科医は、不妊治療から出産までは関与できても、その後の小児科医診療や子育てには関わることはしてきませんでした。ただ、今後も進む少子社会で産婦人科病院が生き残っていくために、医療法人財団足立病院では産後の子育て支援を通して、「もう一人産みたいと思える社会づくり」を実現する必要があると考え、産んだ後も関わっていける組織づくりを行っています。

まず、2005年に子育て支援センター(通称マミスク)を立ち上げ、産んだ後、行き場を失った母親と子供を産後早期から支援する仕組みを作りました。「子供がいるからどこにも行けない」を「子供がいる人ならいつでも行ける」場所に変えることを目指しました。その結果多い時には一日100組を超える親子が利用する施設になり、お父さんと子供だけの日「パパスク」にもつながりました。

次に、子供の病気のため育児と仕事の両立が難しい母親の為に、2011年に12床の病児保育園を京都市で初めて開設。予約や登録制にはせず、その朝の状態でいつでも預かることが出来るように利便性を追求した施設を目指しました。併設の小児科で診察も受けることが出来るようにしたこともあり、現在京都市の病児保育園児の4割を預かっています。

「保育園落ちた。日本死ね!」がマスコミにセンセーショナルに取り上げられようになり、待機児童の問題が大きくなり始めた2016年には、小規模保育園の運営を始めております。産んだ後の仕事復帰を助ける取り組みですが、すぐに3歳児問題(小規模保育園では2歳児まで、19人までしか預かれない仕組み)に行き当たりました。そこで、2018年、社会福祉法人を立ち上げ、保育園児140名、学童80名の大規模保育園を設立。産婦人科が母体であることを活かして、先天的な障害を持って生まれた子供や何らかのトラブルで一般の保育園には入園できない医療的ケア児を預かることも同時に始めました。現在8名のケア児を保育士、看護師、小児科医師で看ています。

生活困窮家庭の現実

医療的ケア児の保育に携わっている折に、日本では7人に1人の子供が生活困窮家庭(家庭の可処分所得が国民の半分以下、あるいは生活保護法以下で生活している家庭)で育っていることを知る機会があり、調べてみると地元京都ではなんと6人に1人であることが分かったのです。これはかなり衝撃的な数字でした。

この子供たちにどのような支援の方法が有るのかを調べると、既にいくつかの支援が行政、民間から行われていました。最も普及しているのが、行政からの生活保護です。生活保護は最低限度の生活の維持のために活用されていますが、預貯金や土地・家屋等があれば売却し生活費に充て、それでも生活できない場合は、それを補うというものです。生活保護を受けている家庭に一人親世帯が多いのにも驚かされます。今や3組に1組は離婚する時代です。ひとり親家庭では、仕事と育児を同時にこなすことが難しく、半数以上が生活保護を受けていると言われています。

この10年で、民間の援助も拡充して来ています。例えば子ども食堂。これは、生活環境の問題や経済的な事情を抱えた子どもたちを地域で見守り、食事を提供するという仕組みで、2012年ごろから普及し、昨年は、全国の3700ヵ所以上に開設されています。ただ、今年初めからコロナウイルス感染症の蔓延により、ほとんどの子ども食堂が活動を止めており、生活困窮家庭の子供たちに食事や居場所を届けることが出来ない事態に陥っています。

京都こども宅食プロジェクトを開始

そこでもう一歩進めた子育て支援を行うために、今年2月から、社会福祉法人内に京都こども宅食プロジェクトを立ち上げ、生活困窮家庭への支援を開始しております。宅食事業は、2年前に東京文京区で認定NPO法人フローレンスが始めた「こども宅食応援団」からノウハウを教わりながら始めました。

宅食事業と子ども食堂との大きな違いは、アウトリーチ型の支援をしていることです。子ども食堂に集まる子供たちの多くは、自分の家庭が必ずしも裕福でなく、食事を十分にとることが出来ないということを知っています。それは親も同じであり、地域の支えを必要としていることを、周りに知られていると言っても過言ではありません。ただ、家庭によっては、子供にも、近隣にも知られたくない事情もあります。そこでこども宅食では、自治体、学校の協力を得て、生活保護、就学支援を受けている家庭への連絡帳に宅食のLINE連絡先を入れ、希望する親はLINEで登録します。法人は希望人数を把握して、決まった日時に宅配業者を使って、定期的に食料を届けるという仕組みです。SNSで家庭とやり取りし、運送は宅配業者ですので、地域の人たちに知られることなく、もしかすると子供にも知られずに食料を受け取ることが出来ます。

我々の宅食プロジェクトでは、これにプラスアルファの仕組みを組み込んでいます。一つ目は、宅配業者に家庭への訪問の際、家の中を観察してもらうというものです。ごみ屋敷になっていないか、DVの兆候はないか、酒瓶が転がっている様子はないか、など、行政では把握できないことを見てもらっています。もう一つは、家庭の見守りです。食料を届けた感想をLINEで返してもらいながら、どんな食料が必要か、何に満足しているかを聞き、家庭の中の困りごとや相談を同時に受ける仕組みです。

宅食の回数が多くなるにつれ、家庭と我々の間に一定の信頼関係を築くことが出来るようになり、トラブルの相談を行政機関に引き継げるようになってきました。同時に、これらの相談に対して、的確なアドバイスをできる体制作りも進めており、弁護士、税理士、助産師、保育士、社会福祉士をメンバーに加えました。また、行政と密に連絡を取りながら、DVや家庭内トラブルに対応する目的で、要保護児童対策協議会にも参加する準備も始めております。

もちろん、最も大事なことは、活動を続けていくための資金と人材です。国は、今年の第二次補正予算の中に支援対象児童等見守り強化事業として31億円に上る額を計上しました。あとは、賛同する企業、団体、個人をいかに増やせるか、地域で活動してもらえるボランティアをいかに集めることが出来るかですが、実際活動を開始してみると予想以上に多くの企業や個人から寄付金や食料が寄せられています。「欧米に比べて、日本人には寄付の文化がない」と、よく言われてきましたが、使い道がはっきりしていて、自分の寄付で喜ぶ人の声が伝わるなら、寄付をする人が意外と多いことが分かりました。

宅配を受け取った家庭から帰ってくるLINEには、感謝の言葉があふれています。「どこにも相談できなかったのに、だれかが見守ってくれていることが分かって嬉しかった」や「入っていたお菓子で子供の友達を家に呼ぶことが出来た」「初めての自分のレゴブロックに兄弟は大喜びです」などの声からは、いかに苦しい生活を強いられているのかが分かります。

「もうひとり産んでみたいと思える環境。子供を産んだことを、あるいは、生まれてきたことを後悔しないで済む社会」をめざして、宅食事業は、地域にとって欠かせないものになるかもしれません。

是非、皆さんも一緒にこの子達に食事と愛を運びましょう。

医療法人財団足立病院 理事長、社会福祉法人あだち福祉会 理事長畑山 博
1960年、高知県生まれ。
1996年より現職。産婦人科単科だった足立病院に、不妊センター、小児科、子育て支援センター、乳がんセンター、保育園を併設し、女性専門病院への転換を目指している。
1960年、高知県生まれ。
1996年より現職。産婦人科単科だった足立病院に、不妊センター、小児科、子育て支援センター、乳がんセンター、保育園を併設し、女性専門病院への転換を目指している。
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