イライザ・グリズウォルドはその著書「北緯10度線」の中で、キリスト教とイスラムの「断層」を描いている。対象は、ナイジェリア、スーダン、ソマリアのアフリカ諸国、そして、インドネシア、マレーシア、フィリピンの東南アジア諸国だ。宗教がなぜ今日地域紛争の火種となっているのか?我々のような非宗教信者から見ると、宗教こそが平和を阻害する原因になっているように思われる。宗教はもともと人間を救う筈だったのに、かえって災難をもたらしているように思えるのはなぜだろう。そして、これらの国で民主主義が機能を果たしていないのはなぜか?
西欧諸国は歴史上これらの国に対して、「民主主義」を奨励し、押し付けた。見方を変えると、人々を統治する方法として、「民主主義」ははたして機能するかどうかの問題が生じている。人間が共同生活を行う以上、意志の共有は必要であり、それに伴う普遍認識(共通の価値観)が大切となる。狩猟採集民族など小集団の場合は、その集団の意志は話し合いで決めることが出来る。結果的には完全な「民主主義」的な方法だ。しかし、集団が大きくなり、国家の形態を取り、その上、それが外部から押しつけの場合、「民主主義」は機能しないようだ。むしろ、ホッブス(※1)の考えのように、歴史の浅い国家の場合「万民の万民に対する闘争」が起こり、強制装置(警察権力や軍隊)によって以外では統治することが難しくなる。混乱が生じるのだ。
そこに光を持ち込むのが宗教のようである。もし共有の価値観がない場合は、それに代わって力(暴力)が価値を左右する。それを防ぐために、宗教は大きな力を発揮した。果てしない闘争よりも宗教的な統治が求められたのだ。宗教は、「物語」によって、共有認識を得る。宗教的に共有認識が出来上がったこれらの国で、「民主主義」はどうなってゆくのだろうか。
ローマ帝国が5世紀に滅んでから、ヨーロッパは闘争状態に入り、17世紀にウェストファリア条約(※2)によって一応の収集が図られるまで、戦乱は1200年間も続いた。ヨーロッパの混乱にキリスト教が登場し、宗教の力によって混乱状態を治める努力もなされた。多少の秩序維持は出来たが、多くの場合次第に宗教の力のみでは混乱を収めることは出来ず、むき出しの権力闘争が継続した。一方7世紀からのイスラム教による統治は、西欧よりも宗教的統治の点ではうまくいったようだ。しかし、イスラム教の支配地域で宗教による統治が決定的な威力を発揮しているわけではなく、相変わらず権力闘争も続いている。さらに、十字軍の遠征にも見られるように、大きな2つの宗教である、キリスト教とイスラム教の対立は各地で続いている。この状態での「民主主義」の役割はあまり明らかではない。
デビット・クレーバー(※3)によると、純粋な「民主主義」は、少人数集団にしか存在しないという。現在先進国で行われている議会を伴う多数派民主主義の要点は、①人々が集団的意思決定に対して平等な発言権を持つべきだという感覚の存在と、②意思決定を実行に移すことが出来る強制力を持った装置の存在がある。双方が満たされることは、人間の歴史上極めてまれだった。平等思考が存在するところでは強制力の行使は良くないと考えられ、強制力を持った機関が存在するところでは、民衆の意思を実現しようと考える人はいなかった。「民主主義」を実行する際に重要な点は、自分の意志が無視されたと考え、その場を立ち去るものが誰もいないようにすること、間違った決定をしたとしても受け身の受諾を与える気にすることである。
国家と「民主主義」とを一致させる取り組みはうまく行かないことが多い。国家はホッブスの考えに近いもの(万人の万人に対する闘争)から誕生しているので、強制装置の存在が不可欠だ。このような現代の国家では、純粋の「民主主義」はむしろ強制装置によって押さえつけられる人たちに力を与える。それが圧政的な政府であっても、極めて民主的な政府であってもである。そうすると、純粋な「民主主義」は国家にとって極めて危険な代物となり、アナーキスト集団と同一視される恐れもある。
少人数集団においての「民主主義」はその建前通りの機能を発揮し成立するだろう。例えば、町内会とか、PTAについては、話し合いを前提とすれば、「民主主義」は純粋に成立する。つまり、多数決をあまり使わず、話し合いで不承不承の納得も得られるのだ。しかし、その対象が大きくなると、話し合いの効果が感じられなくなる。最初から相手に歩み寄る気がない場合が多いのだ。結果的に多数決が主流となると、その結果に納得がいかない場合の不満が大きく残るのである。
「民主主義」が機能するためには、徹底した話し合いが大切である。その為には、近代国家で行われている代議制民主主義は不具合が大きいかもしれない。話し合いを行うためには人数が限られる。これは、かつての貴族政治を思い出させる。しかし、昔に帰ることがない以上、新しい「民主主義」を作り出す必要がある。それは、多分、分権(地方分権)をもとにして、その上に中央政府が位置するような体制だろうと考えられる。
「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」とは、イギリスの元首相ウィンストン・チャーチルの言葉である。「民主主義」を機能のみで判断することは出来ない。時間がかかっても、多くの人の納得が必要不可欠となるのだ。
(※1)ホッブス;トマス・ホッブズは17世紀の近世哲学者。著書「リバイアサン」の中で、「万人の万人に対する闘争」が人間社会では避けられない。従って、平和をもたらすためには、リバイアサン(旧約聖書に出てくる海に住む巨大な怪獣)が必要であると考えた。
(※2)ウェストファリア条約;ヨーロッパにおいて30年間続いたカトリックとプロテスタントによる宗教戦争は終止符が打たれ、この条約締結国は相互の領土を尊重し内政への干渉を控えることを約し、新たなヨーロッパの秩序が形成されるに至った(ウィキペディア)。
(※3)デビット・クレーバー;アメリカの人類学者、作家。「負債論」で有名。ロンドン、スクールオブエコノミクス教授(ウィキペディア)。
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