アビジット・V・バナジー(※1)とエステル・デュフロ(※2)は、近著「絶望を希望に変える経済学―社会の重大問題をどう解決するか(Good Economics for Hard Times)」の中で、この小論のタイトルのようなこと―政府は経済成長を促進することは出来ないが、格差を小さくすることは出来る―を述べている。以下その考えをよく見てみよう。
1990年のバブル崩壊後、日本政府はこの反対の政策を行っていた。つまり、経済成長を取り戻すにはどのようにすればよいのか、に焦点を当てていたのだ。元来日本政府は、個人に対する援助よりも、企業に対する援助を優先する傾向にある。その理由は、企業が個人を雇っているので、企業が元気になり、収益が増えれば個人にも恩恵があるだろうということからだ(政治家が企業から多額の献金や選挙の支援を受けていることも影響しているかもしれない)。社会学的に考えると、太平洋戦争後、それまでの大家族制度が崩壊し、企業中心の類似家族制度となったからである。例えば、今回のコロナ禍での失業者を出さないための、雇用調整助成金(※3)がその典型である。しかし、今では企業の内部留保は積み上がる割には、給与等で支払われる労働分配率は低下している。従って、この経済の活性化中心の経済政策は間違っている。
ロバート・ゴードン(※4)は、今後25年間の経済成長率は年間0.8%程度と予測している。彼によると、1820年から1970年までの期間(経済成長が高かった期間)が例外であって、1500年から1820年までの長期では一人あたりの成長率は年0.14%にすぎないという。世界の成長率が今後0.8%にとどまるなら、単に長い期間(1700年から2012年)の平均成長率に戻るだけである。
また、ロバート・ソロー(※5)は、内部からは(政府は)長期成長については何も出来ない、成長は資本の蓄積によるものだと述べている。経済学者が何世代にもわたって努力したにもかかわらず、経済成長を促すメカニズムはまだわかっていない。富裕国で再び経済成長が上向きになるのはどうすればよいかは、はっきり言って分からないのだ。それでも、富裕国でも貧困国でも現在の甚だしいリソースの無駄遣いを断ち切ることは十分可能であり、市民の幸福を劇的に改善することはできる。つまり、経済成長とは別に、格差を生じさせないことが政府に出来ることであることを示している。例えば、富裕国の政策当局が成長率を2%から2.3%になる方法を躍起になって探すより、最貧層の幸福にフォーカスすれば何百万人の生活を根本的に変える可能性が開ける。しかし、問題は政治を左右するのは富裕層や中間層であることだ。
アメリカでは、1928年には最富裕層1%の所得は国民総所得の24%を占めていた。この数値は79年まで減り続けて10%を割り込み最も低下したが、そこから最富裕層の所得割合は上昇し、2017年には再び1928年の水準に戻る。富(資産)の格差についても、最富裕層1%が所有する富は、1980年にはアメリカ全体の22%だったが、2014年には39%に上昇した。同時期の1980年頃から教育水準の低い労働者の賃金上昇は止まり、実質賃金は下がっている。労働分配率も1980年代から下がり続けている。つまり、アメリカは1980年頃を境として、現代まで多くの指標で表されるように不平等は拡大し、格差は広がっている。
成長はコントロール出来ないのだから、成長を目指した政策はやめなければならない(自然に成長することのみに限定する)。不平等な世界で人々が尊厳を持って生きていける政策を行わないと、社会に対する市民の信頼は永久に失われる。政府は何も出来ないのではなく、大きな事ができる。その為には、課税も必要だ。アメリカの税率はGDPの25%程度、ヨーロッパは、40%から50%だ(国民負担率(※6)2017年では、日本43.3%、アメリカ34.3%、ドイツ54.1%、スウェーデン58.9%)。
最も重要な点は、「政府は信用できない」と多くの人が感じている点だ。政府に対する不信感は、救済を必要とする人たちを助ける上で最大の障害である。政府に対する不信は、エリート層に対する不信である。このような政府に対する不信を克服すれば、民間よりも政府は問題を効率よく解決できる可能性がある。これからは、成長を目指す政策でなく、貧困を防ぐ政策を第一とすべきである。なぜなら、経済学はどのようにすれば成長を促すことができるのかは分からないが、貧困を消すことはできるのだから。
(※1)アビジット・V・バナジー;インド・コルカタ生まれの経済学者。彼は現在、マサチューセッツ工科大学(MIT)で経済学のフォード財団国際教授を務める。2019年にノーベル経済学賞を受賞した。
(※2)エステル・デュフロ;フランス人経済学者で、現在はマサチューセッツ工科大学教授を務めている。マサチューセッツ工科大学では貧困問題と開発経済学を担当している。2019年にノーベル経済学賞を受賞した。
(※3)雇用調整助成金;日本において雇用保険法等を根拠に、労働者の失業防止のために事業主に対して給付する助成金の一である。日本は世界的に見ても特に解雇が難しい国であり、景気が悪くなったからといって従業員を簡単に解雇できない。しかし不況期に無理に雇用を維持すれば、企業全体の業績にも響くため、企業は事業活動の縮小期には残業規制や配置転換等により雇用調整を行う。
(※4)ロバート・ゴードン;アメリカの経済学者。ノースウェスタン大学教授(Stanley G. Harris Professor of Social Sciences)。専門はマクロ経済学。
(※5)ロバート・ソロー;マサチューセッツ工科大学経済学部の教授として、ポール・サミュエルソンと共に、戦後の経済学の主流を築く。古典派経済学の成長モデルの研究とソローモデルでよく知られている。1987年にノーベル経済学賞を受賞している。
(※6)国民負担率;国税+地方税+社会保障負担を国民所得で割った率。
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