高齢者介護施設でのコロナ感染について

新型コロナウイルス感染は、社会の活発さ(人々の移動の有無)によって、感染の拡大が左右されるようである。人々が移動を行わなくなると感染が低下し、活発な移動によって感染が拡大する。しかし、感染当初(2020年はじめの頃)よりも、死亡率は低くなっているようであるが、結局のところ、新型コロナウイルスの死亡者の多くは、従来言われているように高齢者がその大半を占めている。日経電子版(2020年8月20日)によると、英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の研究者を中心とする国際ネットワークが各国の状況を調査したところ、把握できた26の国・地域で5~6月までに死亡した約26万人のうち、約5割が介護施設の入所者だった。これは驚くべき数値である。死者に占める介護施設入所者の割合は最も高いカナダで85%に達した。ほかにもスペイン68%、ベルギー64%、フランス49%など高水準の国が相次いだ。これは、新型コロナウイルスに対しての戦略上、高齢者介護施設に焦点を当てる必要性を示している。残念ながら日本では死者の属性の集計さえ進んでおらず、具体的な割合は分かっていないようである。従って、高齢者介護施設の危険度がどの程度なのかもはっきりとは分かっていない。

日本での高齢者介護施設において最も大きな感染事例の一つに、富山県の施設での集団感染が挙げられる。この事例は、最も感染の激しかった時期には悲惨な状態を呈していて、施設の入所者50名余りに対して、働ける職員はわずか5名(看護師2名、介護士1名と事務職員)しか残らず(多くの職員は感染者か濃厚接触者として自宅待機を命ぜられていた)、介護崩壊の瀬戸際、あるいは、すでに介護が出来ない状態に至っていたようである。ちなみに、通常では、50名の入居者には25名以上の職員が必要である。

この事例の場合、最初の発熱者からPCR検査を行ってコロナ陽性者を特定するまでに2週間が経過している。施設側がPCR検査を受けさせようとしなかったのか、行政が検査に積極的でなかったのかははっきりしないが、最初の発熱から3週間目になってやっと全容が判明し、入所者41名、職員18名の合計59名の感染が判明した。その後も感染は続き、最初の発熱から6週間経ってやっと終息したのである。感染力の強いコロナウイルスの感染は、指数的に拡大する。最初の発熱者に対してPCR検査を即座に行っていれば、感染は早期に発見されたはずである。この後、全国各地の高齢者介護施設に対する新型コロナ感染対策が一応行われているが、最も肝心の入所者及び、介護職員の発熱や体調不良の場合の早期のPCR検査が行われるようにはなっていないようだ。

PCR検査を含め各種の検査は「補助的」位置づけだ。つまり、診断自体は医師が判断し、検査はあくまでも医師の判断を補助する役割である。この考えは一般的には正しい。つまり、診断は全体的、包括的に行うべきであり、例えば、脳のCT像から簡単に認知症と診断するのでなく、高齢者を全体的に観察して、診断を下すべきである。しかし、パンデミックを伴う感染症の場合はやや異なる。感染を早期に発見して、隔離する必要があるからだ。その意味で、PCR検査の位置づけが決まる。一般の人にも適応できる原則であるが、感染時には発熱や何らかの「急性」の体の異常があった場合、早期にPCR検査を行って、感染の有無を判断すべきである。政府は、この方針を周知し、もしPCR検査体制が不備で(各自治体にはありがちなことである)検査が出来ない場合には、率直にそれを国民に示すべきだ。現状では、市民が発熱や身体的な異常を感じてPCR検査を希望しても、保健所や市当局はこの様な希望を積極的に受け入れる姿勢ではない。

高齢者介護施設の場合、入居者一人の感染は、あっという間に施設全体に広がるものである。従って、発熱などの異常に対しては、それが些細な異常であっても速やかなPCR検査を行わなければならない。そして、高齢者介護施設は、一般社会とは違い一応無感染状態で隔離されていることも明記すべきである。従って、感染源は介護者(介護職員)に限定される(新規の入居者も一部あるかもしれない)。そのため、新型コロナウイルスによる死亡を防ぐためには、高齢者介護施設に注目し、その中でも、介護者(介護職員)の身体的異常に最大限注意すべきである。行政はイングランドの介護施設のように、介護者(介護職員)に対しては定期的なPCR検査(週に1回程度)、入居者に対しては月1回の検査を行ってもよいが、最低限、介護職員が軽微でも身体的異常を訴える場合、即座にPCR検査を公費で行うべきである。しかし、現状では、即座のPCR検査を行う代わりに、自宅で様子を見るなど旧来の方法を指示しているようだ。本来は、前述のように、一般の異常を訴える人すべてに、速やかなPCR検査を行うべきであるが、検査体制はそこまで整備されていないようだ。そうであれば、介護者(介護職員)に対する速やかな検査は優先されるべきだろう。

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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