地域から病院が消える

新専門医制度が招く地域医療の危機

厚生労働省は、昨年9月、424の公立および公的病院について、「再編・統合の議論が必要」な病院を公表した。対象となるのは、診療実績が低く、地域内の下位3分の1に該当し、近くにも同様の病院が存在する場合である。

地域や特定の診療科での医師不足と、厳しさを増す地方財政を背景に、公立病院の経営状況は悪化し続け、2007年、総務省から「公立病院改革ガイドライン」が示された。しかし、その後も厳しい環境が続き、半数以上の公立病院が赤字経営の状況にあって、2015年の新ガイドラインでは、「医療機関の統合・再編や事業譲渡等にも踏み込んだ改革案についても検討の対象とすべき」とされている。

統合・再編といわれても

公表された病院の中には高齢化と人口減少にあえぐ地域の病院が多数含まれることになり、中国地方では48病院が対象となった。地域医療を保とうと努力を続ける中山間地域の病院には反発と戸惑いが広がった。

広島県北の病院長からは、「すでにダウンサイジングという方向を出しているが、名前が公表された。小規模病院とっては致命的なダメージであり、押された烙印は消えない。地域から医師等の流出につながりかねない」と現場の動揺が伝えられた。

鳥取県では、中国山地に抱かれた県西部の病院がその一つ。人口4500人、高齢化率53%、75歳以上人口35%を超える町を支えてきた病院だ。今回の報道に際しては、この病院に通う患者の怒りの声が伝えられた・・・・・・「住み慣れた土地を離れろというのか」。

「新専門医制度」による地域医療の危機

地域の医師不足は、2004年の医師資格を取得後の臨床研修の義務化に始まった。それまで、若い医師たちは大学の医局に所属して研修を行っていたので、地域の病院は大学に医師の派遣を要請し、大学医局はこれに応じて地域間の医師数の調整を行ってきた。ところが、新しい制度のもとでは若い医師たちは研修先の病院を自由に選択できるようになったことから、大学医局での研修希望者が減少し、大学医局と歴史的に関係性が強かった地域の病院への医師派遣が困難となったのである。

2007年から2009年にかけて大阪府公立忠岡病院、千葉県市立銚子病院、大阪府市立松原病院と、病院の休止・閉院が相次いだ。2012年の中嶋らの分析(※1)は、深刻な医師不足による収益機会の逸失が公立病院の経営を悪化させた要因であることを明らかにしている。

この医局制度の弱体化による地域の医師不足にさらに拍車をかけると心配されるのが、2017年度発足した新専門医制度である。資格取得には「専攻医」として3年以上の研修を受ける必要があるが、専攻医の大半が東京都内の医療機関に、次いで大阪・神奈川・福岡と大都市圏に集中し、地方の医師不足を招いているのである。

新専門医制度の及ぼす地域医療の危機は医師の地域偏在だけの問題ではない。地域医療構想は医療従事者の養成数の検討を進めながら、高齢者の生活を支える課題を有しており、医師についてはプライマリケア(※2)を担当する総合医が求められている。しかし、新専門医制度では総合診療医を養成するコースは定められているものの、このコースの登録者は医師国家試験合格者8,630人中わずか153人という現状である。

地方の医師不足をもたらし、地域医療が必要とする総合医の養成もままならぬなど、新専門医制度は地域医療の障害となっている。では、どうすればよいのか。

今こそ地域に必要な医療人材の養成を

2018年、厚労省は、新専門医制度を運営する専門医機構が国や地方自治体からの意見を踏まえる仕組みを定めるとする意向を示し、2019年、全国自治体病院協議会は、地方にバランスよく医師が配置されること、総合診療専門医養成のためのキャリアパスを整備することなどを要請した。これを受けて2020年、日本専門医機構及び専門学会は、各都道府県・診療科ごとに採用数に上限を設けるとするシーリングシステムの導入を決め、研修の基幹施設には研修プログラムの提供を、連携施設には地域医療に関する具体的な実践を促した。

今こそ、再編・統合の対象とされた公立病院も生き残るために、地域医療の研修施設として、自らの経験と実績をもとに、総合医をはじめとする医療人材を育成する活動を始めなければならない。私の在籍した鳥取県東中部では、地域の病院の医師たちが研究会を立ち上げ、地域医療を担う医師のキャリア形成の支援と、医師の派遣の調整等の活動を微力ながら行ってきたが、このような草の根の活動が再び芽吹く時が来たのである。

住民が廃止を恐れるその病院のスタッフがこのような活動を足場に立ち上がれば、地域の高齢者もひとまず安心するであろう。それにコロナの災いがもたらした時間的余裕もある。まずはじっくりと取り組んでほしい。ただ恐れることは・・・

青年外科医の死を乗り越えて

鳥取県では、過労を重ねながら遠隔地域に向かった若い医師の自動車事故死の記憶が17年を経た今も生々しい。このようなことが繰り返されることの無いよう、そして、その死から彼がよみがえるような・・・そのような地域医療の息吹きを望んでやまない。

(※1)中嶋 貴子(2012)「公的病院の経営評価―因子分析による接近―」OSIPP Discussion Paper : DP-2012-J-009
(※2)「プライマリケア」とは、緊急時の対応から糖尿病や高血圧の治療を代表とする一般的な診療、健康診断の結果相談までと、幅広く行う医療

鳥取市立病院 名誉院長田中 紀章
昭和43年大学卒業後、平成8年から大学にて、がん医療、肝移植、再生医療、緩和医療分野で活動。その後、鳥取での勤務において高齢者医療・地域医療の問題に直面し、病院の組織改革に取り組んだ。現在は、鳥取と岡山の二つの介護施設で臨床に従事する。
昭和43年大学卒業後、平成8年から大学にて、がん医療、肝移植、再生医療、緩和医療分野で活動。その後、鳥取での勤務において高齢者医療・地域医療の問題に直面し、病院の組織改革に取り組んだ。現在は、鳥取と岡山の二つの介護施設で臨床に従事する。
  • 社会福祉法人敬友会 理事長、医学博士 橋本 俊明の記事一覧
  • ゲストライターの記事一覧
  • インタビューの記事一覧

Recently Popular最近よく読まれている記事

もっと記事を見る

Writer ライター