経済的格差が広がっている。特に先進諸国においてそれは著明である。下図は、ブランコ・ミラノビッチが考えた不平等をあらわすグラフである。横軸には全世界の所得分位を示していて、左から右に行くにつれて、所得が増加する。図の左は、発展途上国の国民であり、右に行くにつれて先進諸国の国民が登場する。縦軸は1998年から2008年の10年間に、所得がどの程度伸びたのか、その「割合」を示していて、平均増加率は30%弱である。このグラフは、ちょうど象が長い鼻を上げたようなものなので、エレファントグラフと呼ばれている((A)が象の背中、(C)が鼻の先)。一番増加したのが所得分位50%ぐらいの人たち、つまり、発展途上国の中でも経済成長が高い国に所属する人だ。例えば、中国、東南アジアなどである。
注:1988年~2008年において、実質所得がどれだけ伸びたか(縦軸)を所得分布階層(横軸)によって整理
出所: 世界銀行リサーチペーパー 2012.12
その反対に落ち込んでいるのは、所得分位70%から90%の人たちだ。これらは、先進国の中位から低所得者に該当する。所得額から言えば、(A)の人たちは、年間所得数千ドル(日本円で数十万円)であり、(B)は、年間所得3万ドル(日本円で300万円台)程度の人だ。(C)は先進国の一部の高所得者である。全体で見ると、所得上位の一部所得(B)が低下し、より低位の人たちの所得(A)が上がっているので、格差は縮小しているように見える。しかし、格差が問題となるのは絶対値からではない。自分と他者との比較によるのだ。アメリカに住んでいる労働者は、タイの労働者の所得が自分に近づいたから問題となるのではない。アメリカでの所得が低下した一部の低~中所得者、あるいは失業する労働者と、隣に住むそうでない労働者あるいは資産家との比較なのである。
一つの国あるいは地域での格差の程度を示す指標として「ジニ係数」がある。「ジニ係数」は、格差が最大(10人のうちで1人が富を独占し、その他の9人は何もない状態)を1とし、格差が最小(10人が同じ富を受け取る場合)を0として、どの程度の差が生じるかを見たものである。1975年から2015年にかけ、ほとんどの国で、ジニ係数が上がっている、つまり、格差が拡大している。スウェーデン、フランス、ドイツなどの西欧、北欧諸国はジニ係数が低く(格差が少なく)、アメリカ、イギリスは格差が大きい。日本はその中間だ。しかし、どの国も50年間の間に格差は大きくなっている。
これらのエレファントカーブやジニ係数のグラフは、先進諸国で格差が広がっていることを示している。では、広がっている所得格差に対してどの様な政策が必要なのだろうか。例えば3人の給与所得者がいるとして、一人は所得が年収で1500万円、二人目は700万円、三人目は最低賃金で働き、所得が200万円とする。所得はそのままで仕方がないとして、1500万の収入がある場合は課税を重くする、そして、一部を低所得の人に給付する、この様な仕組みが再分配と呼ばれる社会保障政策だ。例えば1500万円の所得の人から500万円を徴収し、700万円の人から100万円を徴収し、200万円の人に200万円「分配」すれば、最高1000万円⇒600万円⇒400万円となり、格差が縮まる。しかし、再分配をあまり強くすると、税金を取られる高所得の人から不満が出るだろう。
厚労省;所得再分配調査
上の図で示されるのは、日本におけるジニ係数のグラフである。特徴的なことは、サラリーマンであれば会社から支給される給与(社会保険や税を引かれない金額、図赤色グラフ)ではジニ係数が上昇し(格差が急速に増加し)、再分配後、つまり、社会保険や税を差し引いた後の所得では、ジニ係数の数値がさほど上がっていない(格差が広がっていない)ことを示している。社会保険や税の再分配が、日本では格差の是正に大きく貢献していることが分かるだろう。
日本では、欧米よりも格差の広がりがないことが指摘されている。この理由は、市場での格差の広がりがないのでなく、再分配後において、格差が抑えられていることを示している。社会保障の大きな役割は、所得の再分配にあるので、その効果が示されていることがわかる。しかし、再分配に過度に依存することは、所得から引かれる金額が増加するということだ。一定の範囲では再分配は出来るが、あまり大きすぎると不満が生じる。従って、まず、市場での格差をあまり広げない規制を行い、その上で社会保険や税での再分配を行うことが基本である。日本では、再分配によって、格差が縮小しているが、同時にそれは市場にて格差が拡大していることを意味する(ジニ係数の上昇を見よ)。
市場での格差が広がることを社会保障で阻止することは正当であるが、その前に出来れば、市場での格差を広げない仕組みが必要だ。失業が多い場合は、公共事業がその役割を果たすが、日本のように完全雇用状態の場合、この方法はあまり使えない。
最も良いのは市場での賃金の引き上げである。市場での賃金の形成は需要と供給とのバランスで決定されるが、日本で人手不足が激しい(供給よりも需要が圧倒的に多い)状態で、賃金が上昇しないことが不思議である。政府は賃金の引き上げを求めているが、民間企業への介入は元々難しく、あまり褒められた方法ではない。政府が唯一取りうる正当な手段は、最低賃金の引き上げである。
上記のグラフで示される購買力平価を基準としたドル表示での日本の最低賃金は、主要先進国の中で最低である(棒グラフ、左目盛り)。その上、各国の購買力平価に対する最低賃金の割合も、アメリカなどと共にかなり低い(折れ線グラフ、右目盛り)。この事は、日本では市場での格差が是正されず、再分配によって格差が解消されていることを意味する。つまり、取るべき方策は政府の行うことが出来る最低賃金の速やかな引き上げなのである。
今回のコロナ禍で、中小企業に配慮し、今年度の最低賃金は事実上据え置かれることとなった。最低賃金を早期に加重平均で1000円に引き上げる(現在は901円)為には、本年度のような苦しい時期も、継続して引き上げの考え方を継続、実行すべきであったのではないだろうか。
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