私の生まれ故郷沖縄で近年、子どもの貧困が社会的な問題として注目されている。ここ十数年はまるで流行のようにメディアや国・県レベルの調査、報告等で子どもの貧困問題の深刻化が叫ばれている。子どもの貧困、もとい貧困問題は、日本の最南端に位置し、南国の陽気な気候と穏やかな空気の流れる「楽園の島」沖縄が見せる闇の顔である。沖縄が持つ光と闇の二面性は統計データにもはっきりと表れている。
沖縄県企画部統計課による2019年度の統計データ(「全国からみた沖縄県」)によると、沖縄県の合計特殊出生率は全国1位で人口は増加し続けており、2018年から2019年にかけての人口増加の約2人に1人が外国人となっている。また沖縄では、若い世代、労働生産年齢世代ともに割合が全国で最も多く、また外国人の流入も盛んであることから、比較的に潤沢な労働力があることがうかがえる。しかし実際は、有効求人倍率や就職率は全国最下位となっており、完全失業率も全国で最も高い。就職できたとしても、一人当たりの県民所得は全国で最も低く、所得と生産性の低さも目立っている。2019年度の最低賃金を見ても、東京都で1,013円となったのに対して、沖縄はいまだ790円とその格差は大きい。
では物価や生活コストに大きな差があるかと言えば、実情はそうでもない。そもそも沖縄と東京では市場形成に大きな違いがあるのだ。国内外の様々な企業が参入する市場では、供給側は顧客を獲得しようと品質競争、価格競争が生まれる。一方外部(本土)からの企業の参入に対する壁が厚く市場の形成にあまり変化のない沖縄では、市場競争が生まれず消費者は決まった価格で決まったものを買わざるを得なくなる。
以上のように、沖縄は比較的潤沢な労働力がありながら、失業率は日本で最も高く、就職したとしても生活コストに見合わない最低賃金のもとで、その所得が著しく低くなっている。そこでは、適正な品質と価格で商品が取り引きされる“適正な市場”が形成されておらず、そのことが県内の生産性の低さに影響を与えていると思われる。
ここまでは沖縄の貧困の様相を表面的に概観しただけでしかない。ここで最も問われなければならないことは、沖縄が“どのくらい”貧困なのか、ではなく“なぜ”貧困なのか?である。樋口(※1)は「沖縄から貧困がなくならない本当の理由」として、補助金のような対症療法に依存し“なぜ”貧困なのか?という根本的な問題が追及されていないことを指摘している。冒頭で述べたように、子どもの貧困が流行のように叫ばれその改善、解消が求められているが、国の調査等で明らかになるのは貧困の子どもがどのくらい存在し、どういった人々が貧困なのか、どのくらい貧困なのかといった水準に留まっている。さらに、毎年沖縄振興に関する莫大な予算が投資されている(平成30年度末時点では3,128億円、過去47年間の累計で12.5兆円)が、そのほとんどが本土と比べ大幅に遅れていることを理由に島嶼振興、社会基盤整備、インフラ整備等に投資されているのが現状だ。つまり沖縄で最も最重要課題である貧困の根本的な問題解決への投資には繋がっていないのである。
沖縄はなぜ貧困なのか?この根本的な問題は決して単一的なものではなく様々な側面から考察されるが、ここでは沖縄が持つ独特な社会文化と貧困の関係性という側面から述べたいと思う。つまり、沖縄の貧困の根本的な原因の一つに沖縄のある社会文化が関わっているのではないか、という可能性を探る。
まず沖縄では本土とは違う独特の家族制度(門中(むんちゅう)制度)がある。門中と称する父系血縁原理に依拠する固有の家族文化を今でも残している。これは、特定の祖先からの子孫(男子のみ)全員をメンバーとする排他的な成員権を持ち、門中墓などの共有財産を持ち、系図を有するものである。門中はもともと唐の風習であって、それが琉球王国時代に沖縄の士族の中に取り入れられ、その厳格性は現在にも引き継がれている(※2)。この門中制度をはじめ、基本的に沖縄では、長男に代々受け継がれるお仏壇を中心に家族、親戚が一同に集まる行事が多いことが特徴で、例を挙げると、旧暦に3日間かけて行われるお盆を始めとしてお彼岸、清明祭(シーミー)、旧正月などがある。こういった行事を通した親戚同士の繋がりは非常に大切なものとして扱われ、余程のことがない限りは参加し、顔を合わせ言葉を交わすことで繋がりを維持していく。繋がりを維持しお互いに助け合う慣習は家族、親戚間だけではなく、仲間同士で集まり金銭的に助け合う模合(もあい)制度にも見られる。これは親しい仲間同士複数人で集まり一定額の金銭を払い、1人ずつ順番に給付を受け取るという形態であり、沖縄ではこの模合が現在でも盛んに行われている。
このように、沖縄という限られた社会の中で生きていく上で“人間関係”は非常に大切なものであり、その社会の中で人間関係が築かれていないもの、築かれた人間関係に変化を起こそうとするものを受け入れることには抵抗感を示す。事実、本土で大きな成功業績を残している企業が沖縄への参入が厳しいのは、こういった目に見えない抵抗感があるためである。商品の質や値段に関わらず、知り合いや繋がりのある人(業者)から優先的に購入するなど、“高品質”や“適正価格”よりも、知り合い、仲間内の“縁”を大切にしているという沖縄の社会文化は人と人の繋がりを大切にする優しい文化である反面、本土の参入を許さず適正な市場競争、市場経済が生まれないという、まさに沖縄の光と闇を見せている。ただし、こういった慣習が悪い、改善する必要があるということではない。社会的慣習を強制的に変えることで問題解決を図ることもまた根本的な問題解決とはならない。こういった根本にある構造を理解した上で、それに根差したアプローチを模索することが大切である。
日本で最も貧困な地域でありながら、幸福度が日本で最も高いことをよくメディアでは取り上げられ、沖縄の人はどれだけ生活が苦しくても「なんくるないさー」精神で明るく生きている、と言われる。しかし、貧乏でも幸せだからいい、となってはいけない。その根本的な問題から目を背けていい理由とはならないのである。
園部(※3)は、日本の貧困問題に対するアプローチに関して、「そこでは、なぜ努力ができないのか、あるいはなぜ努力をしなくなってしまうのかという本質的な問題が問われない」と指摘する。また、「ホームレスやアンダークラスの貧困は、「われわれ」の社会のなかには「生きていく場所」を確保できなかった人々の、あるいは「われわれ」の社会の外に追いやられた「かれらの」貧困を示している」と述べている。つまり、ホームレス問題をわれわれの社会とは違う「かれらの社会」として捉え直した上で、貧困の本質を探ることが重要なのである。
沖縄の貧困もそのような視点で捉え直す必要があると言える。結局沖縄の貧困問題は日本という一つの社会の中の最下層に位置するのではなく、その社会の外へと追いやられてしまった別の貧困の形が形成されているのである。多額の補助金、インフラ設備のような日本の社会における一般的な対策では、貧困の根本的な問題解決とはならない。貧困という問題と正面から対峙したいと思うのなら、その奥深くにある文化及び社会構造的な問題として再度捉え直し追及する必要がある。沖縄では特に独特な文化に大きく影響を受けた独特な市場形成と、その中での生産性の向上にアプローチする必要があるだろう。
この文章は、沖縄の貧困問題への解決策を考える、といった政策的提言ではなく、沖縄の貧困の本質を探るという水準に留まる。しかし、沖縄の貧困の本質的な問題や原因を知り理解することは、根本的な問題解決への重要な第一歩となり、ここからすべては始まるのである(始めなければならない)。
(※1)樋口耕太郎(2016~2018).「沖縄から貧困がなくならない本当の理由」.沖縄タイムス
(※2)中川知春(2004).「沖縄の離婚率と家族制度」.人文地理学会政治地理研究部会
(※3)園部雅久(1996).「ホームレス調査をめぐる方法とデータ」.日本都市社会学会年報14
<参考>
沖縄県企画部統計課(2019).「全国からみた沖縄県(総括表)」
渡久山和史(2013).「沖縄の貧困に関する一試論-戦後沖縄における生活保護と「オルタナティブな近代」-」.地域研究
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