かつて高度経済成長が進んでいた時代では、世界は次第に良くなる、つまり、科学技術は進み、それに伴って社会はより良い方向に進んでいく、と信じられていた。これは大多数の人が考えていたことであり、中には懐疑的な意見を持つ人もいたが、それは常に存在する少数派であり、無視しても良い程度と考えられていた。
しかし、近年の経済は低成長が当たり前となり、将来が常により良い世界が来るとは信じられなくなっている。そして、遺伝子の編集技術が可能となり、人間という種の遺伝子組み換えの可能性が出来てきた。さらに人工知能のAIが進化すると、将来の世界がどのように変化するか、分からなくなっている。
人の遺伝子を編集することによって、50年後には超人を生み出すこともあり得る。あるいは、不死を実現できる可能性が生まれ、AIの普及によって、人間が身体で感じたことを主観として尊重することに疑問を抱くようになるかもしれない。
世界が進化をひたすら進むのではなく、人類の絶滅の危険も考えられるようになる。この様な時代こそ、過去にさかのぼり、歴史を振り返って、国家と社会との関係をたどっていくことが、ますます重要になるであろう。
日本や周辺国を含め、世界が今後どの様に変化するかを考えるための視点として、国家と社会との関係を軸にする方法がある。「自由の命運」※でダロン アセモグル, ジェイムズ A ロビンソンは、この2つの要素を座標に示し、相対的な関係を明らかにしている。その素になるのが、トマス ホッブズが描いた、リヴァイアサン的な国家である。
トマスホッブズは、統率者のいない社会の有り様を「万人の万人に対する戦い」と表現し、その無秩序を解決するためには、強力な統率者であるリヴァイアサン(旧約聖書で、海中に住む巨大な怪物)の必要性を説いた。しかし、リヴァイアサン的国家は、容易に専制国家となってしまう。ここに成立した国家と、社会との緊張関係が生まれる。民衆は再び自由を求めて、リヴァイアサンを打倒し、混乱状態を生むかもしれない。あるいは、専制国家で民衆は圧政に苦しむかもしれない。歴史は、国家と社会の力関係で決まる。そして、その関係は時代と共に進化する必要があるのだ。この進化の過程を、「赤の女王仮説」と呼ぶ。
赤の女王とはルイス・キャロルの小説『鏡の国のアリス』に登場する人物である「赤の女王仮説」は彼女が作中で発した「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない(It takes all the running you can do, to keep in the same place.)」という台詞(せりふ)から、種・個体・遺伝子が生き残るためには進化し続けなければならないことの比喩として用いられている。
「赤の女王仮説」は、ライオンとシマウマの関係でも説明が可能だ。ライオンが捕食能力を高めれば、シマウマは全滅する。反対にシマウマが逃走能力を高めれば、ライオンは餓死するだろう。両者が進化し続ければ、現在の状態が継続する。この様にお互いに生き残るためには「全力」で進化し続けることが必要で、立ち止まるものは絶滅する。
ダロン アセモグル等の説を図示すると以下のようになるのだ。
「自由の命運」より転写
図では、縦軸に国家の力、横軸に社会の力を示し、この双方の力が均衡した部分を、アセモグル等は、「足枷(あしかせ)のリヴァイアサン」つまり制約のある国家と呼ぶ。
国家の力は、専制君主的な個人のみでなく、いわゆるエリートの集団としての理性的な力をも含む。反対に、社会の力は、自由を求める民衆の力だけでなく、社会の慣習や古くから引き継がれている因習制度もある。「足枷(あしかせ)のリヴァイアサン」状態を保つためには、国家と社会とが赤の女王効果を競い(お互いに民衆の幸せのために努力すること)、均衡することが必要である。しかし、努力を怠ると、速やかに国家の力がより強くなったり、社会の力が勝ったりする。
例えば、第一次大戦後に誕生したドイツのワイマール共和国は、ナチスドイツに合法的に簒奪された。その他、民主主義的に誕生した政府が、クーデターによって、あるいは、合法的に独裁的政権に移行した例も数多くある。いずれも、「赤の女王効果」が不十分だったためだろう。その反対に社会の力が強すぎる場合は、いわゆるポピュリスト政権に陥りやすい。
国家の権力と社会の力が釣り合った「足枷(あしかせ)のリヴァイアサン」状態を保つためには、国家と社会(民衆)の双方が、どちらも努力を続けなければならない。その点で、日本は、明治から太平洋戦争期を除き、社会の力が強い国家である。現在の日本の問題はそこにある。
※自由の命運 上、下: 国家、社会、そして狭い回廊 早川書房
ダロン アセモグル、ジェイムズ A ロビンソン (著) 稲葉 振一郎、櫻井 祐子 (翻訳)
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