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緊急特集:新型コロナウイルス感染症を考える-医療・福祉の専門家の視点から-Vol.9「コロナの風評被害-ここは21世紀の日本なのか」

新型コロナウイルス(以下、ウイルス)の問題に関しては、2020年1月16日に厚生労働省から「中国の湖北省武漢市(今回のウイルス感染が最初に発生したとされる所です)に滞在し、日本に帰国した神奈川県の30代の男性からウイルスが検出された」と発表されたものが、初めての報道であったと考えられます。しかし、世間の関心が高まったのは、例のダイヤモンドプリンセス号の報道がなされ始めた2月に入った頃あたりからではなかったと考えています。

調べてみると、同船は2020年1月20日に横浜港を出港し、鹿児島、香港、ベトナム、台湾および沖縄に立ち寄り、2月3日に横浜港に帰港しています。この航海中の1月25日に香港で下船した乗客(ということは、横浜か鹿児島から乗船した方)が、1月23日から咳を認めており、1月30日には発熱し、2月1日になって新型コロナウイルス陽性であることが確認されたとあります。このため、日本政府は2月3日に帰港した同船からの乗客の下船を許可しなかったわけですが、豪華客船といった耳目を集める場所での「水際対策」ということもあって、この頃から本格的にウイルス問題が報道され始めたということでしょうか。その後の一連の流れは、皆さんもご存じのことと思います。

その後しばらくは、同船以外の所ではあまり注目されなかった印象がありますが、それだけ同船の問題に関心が集中し過ぎたきらいがあったといわなければなりません。そして、その後は、じわじわと野火が拡がるように日本の各地で発生が報じられたわけですが、人の往来が激しい現代では、野火というよりは飛び火といった方がよさそうな拡がり方になっているようです。そして、オリンピックやパラリンピック開催への忖度があったのではなかったかなどのいろいろな議論があったものの、4月7日になって安倍首相が7都府県に緊急事態宣言を出されました。東京都とせめぎあいがあったという話もありましたが、「やっと出たか」というのが私の偽らざる感想です。宣言に指定されなかった私の地元の三重県では、4月9日になって知事の判断で感染拡大阻止緊急宣言が出されました。その後、4月16日には、安倍首相から緊急事態宣言の対象を全国に拡大することが発表されましたが、なにかちぐはぐな印象を受けたのは私だけだったのでしょうか。

こうした、感染症の拡がりの中で、相手が目に見えないということへの恐怖心からか、あるいは外出自粛要請に伴うストレスからか、各地で風評被害が続いています。当院では、まだウイルス絡みの患者さんに当たってはいませんが、すでに「ここも大変ですね。患者さんが出たんでしょう」といったことを軽々しく言われる患者さんもおられます(こういう人の口から風評が拡がるのでしょうが、だとしたら、あなた、ここに来ていて大丈夫ですか?)。そうした話のたびに、繰り返し強く否定していますが、人とはすぐに詮索し物知り顔をしたがる(と同時に、人の不幸は蜜の味がする)生き物のようで、今回のような危機的状況では、個人情報保護とはいうものの、できる限りの範囲で正しい情報を公開することが必要だと実感しています。そして、医療者の間では、「今問題なのは、ウイルスと人の心」と言われるほどに厳しい状況になってきています。

風評被害について前置きが長くなりましたが、まさに、今が21世紀を迎えた文明社会かと耳を疑うようないくつかの話を耳にしましたので、ウイルス問題が引き起こす問題としてご紹介します。



ある県で、初めてのウイルス感染者が確認された時のことです。今でもそうなのですから、最初のことですので周囲の反応は殊更にきつかったようで、感染したことが分かった方は職場を休むだけでは済まされず、退職に追い込まれたのだそうです(感染者が拡がった今だとどうでしょうかね)。さらには、(当然、お住まいはすぐに知れますので)ご自宅にまで心無い人たちが押し寄せ、誹謗中傷の言葉を書かれた紙が何枚も貼られたそうでした。結局、こうしたことが続き、ついにご家族全員で引っ越しをすることになり、今はその地に住んではおられないとのことでした。「これって、映画で見るような光景じゃないですかね」とは、この話を聞かせてくれた方の言葉ですが、私は思わず「それって、今の日本の話ですよね」と時代錯誤に陥りそうな気持で確認したことでした。


また、3月に入ったころ、若者は感染しても軽症で終わるといった、今になってみると誤解を生みかねない話があったためか、大学を卒業した一部の学生が、自粛要請を無視した形で欧米への卒業旅行を敢行し(そりゃあ、ずいぶん前から計画していたんでしょうから行きたいのはわかりますけどね)、挙句感染して戻ってきたという報道が続きました。間の悪いことに、帰国後、感染していても元気なもんですから2週間の自宅待機(あくまで帰国時の住所)を無視して実家に帰り、ウイルスを日本各地に拡げてしまうことになったようでした。そうした中で、大学の名前や帰省先の県名などが報道されるのですから、すぐにその学生の名前や帰省先の実家が特定され、父親が勤務する会社の名前や住所までがSNSなどで拡散したそうです。学生は、その後大学のある場所の自分の下宿に帰ったのでしょうが(就職とか、どうなったのでしょうかね)、残された父親の会社では、感染者の父親が勤める会社ということで誹謗中傷にあい、さらにはその会社の近くにある大きなスーパーマーケットまで客足が半減したということでした。スーパーマーケットから損害賠償話が出たかどうかは確認していませんが、これが今現在の日本で起こっている現実です。

4月18日の朝6時のNHKのニュースでは、ウイルス感染者と直接かかわっている医療従事者は元より、同じ施設内でも関係ない部署で働く医療従事者にまで風評被害(ニュースでは「差別」と表現されていました)が起こっていると報道されていました。個人的にはすでに「コロナハラスメント」と言ってよいと考えていますが、こうした報道はウイルス問題が始まった頃からあったもので、そうした医療従事者のお子さんで、入園が決まっていたものが突然に入園取り消しになったり、これまで勤務中に預けていた施設から子供の預かりを拒否されたなどといった、全く感染者でない方や感染リスクとも関係ない人たちまでの理不尽な差別が起こってきているようです(もちろん、感染者やそのご家族への差別もしてはいけません)。このことは、そうして医療従事者を追い込むことにより、直接的、間接的に提供される医療の質や量を棄損していることになり、いずれ自分たちの首を絞めることになるとは、お考えにならないのでしょうか。

人とは、時に冷静さを欠き、あるいは己の身の上のみを考えて、理不尽なことをすることがある生き物と理解しているつもりですが、今の21世紀を迎えた日本社会も、中世時代の魔女狩りを決して笑えないのだと思い知らされているところです。



ところで、福岡市役所で、ある時刻になると職員が揃って拍手をして、ウイルス問題と最前線で戦っている医療従事者への感謝を伝える運動を始めたとの報道がありました。今も続いているのか、他の地でも行われ始めたのかは存じませんが、これは、イギリスやフランスで行われているという報道がありましたので、それをまねたもののようです。ただ、こうしたところで拍手をしている人の中にも、拍手を止めた瞬間から、あるいは周りの人たちに倣って拍手はしていても、先のような差別的感情を持ったままの人たちがいるのだろうと感じている自分がいます。池波正太郎氏が著書の中で、「人とは良い事をしながら同時に悪いこともする厄介な生き物だ」と登場人物に言わせていますが、まさにジキルとハイドといった二面性を持っているのが人間であり、やはり追い詰められた状況下ではより鮮明になってくるということなのでしょうか。


私の知人のお子さんが、発熱外来も行っている最前線の病院で医師として勤務されているそうですが、週末に帰って来ないかと連絡しても、症状はないにも関わらず「万一感染させてはいけないので帰らない」との返事があったといいます。その病院では、看護師さんも同じ考えで、幼い子供がいる家には帰らず(帰れず)、自分の通勤用の車中で寝泊まりしているとも聞きました。こう考えてくると、そんな拍手より「資材をくれ」、「医療従事者を差別扱いするな」と言いたくなってきます。日本人の常で、不都合なことには目を向けたがらず、「いいことをしていると気持ちが良い」といったことにしか見えませんが、この問題の渦中で、小生のひねくれ者の本性も鮮明化したということなのかもしれません。


これを読んだあなた、ちょっと立ち止まって考えてみてくれませんか?


※今回のお話は、著者が聞き及んだ話を編集したもので、特定の地域のものでないことをお断りしておきます。


※本原稿の内容についての責任は著者にあり、編集局の意向を示すものではありません。

医療法人 寺田病院 院長板野 聡
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。地域に根差した医療を目指しています。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)。
資格は、日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器内視鏡学会指導医、がん治療認定医、三重県警察医、ほか。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
専門は、消化器外科、消化器内視鏡。地域に根差した医療を目指しています。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職。
著書に、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)、「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)。
資格は、日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器内視鏡学会指導医、がん治療認定医、三重県警察医、ほか。
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