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緊急特集:新型コロナウイルス感染症を考える-医療・福祉の専門家の視点から-Vol.7「COVID-19は世界をどう変え、私たちはどのように生きるのか」

COVID-19がいつまで続くのか、世界をどのように変えていくのかについて、世界中の人が話しています。日本のこれからについて、具体的なデータとともに説明している資料がそう多くはない印象を受けましたので、自分で調べて感じていることをまとめたいと思います。

終息までの期間が変化の量を決める

後で述べる未来の変化は、終息までの期間に依存します。人間は何にでも慣れる存在ですので、ある特定の状態に順応している期間が長ければ長いほど、変化も大きくなります。ですので、まずは終息(収束ではなく)までの期間について考えてみます。

集団免疫路線を進もうとしていたイギリスですらそれを諦めましたので、先進国は基本的に次のループを続けるように感じています。

ロックダウン・外出自粛
 →落ち着いたら緩める
  →またどこかで感染拡大
   →ロックダウン・外出自粛

このループは、以下のどちらかが実現するまで続くはずです。
A. ワクチンその他対策が開発&量産される
B. 集団免疫が獲得される

Aについて
ワクチン開発・量産は最短で18ヶ月くらいとされています。開発も大変なことなのですが、すべての人に届けるための量産体制の確保も極めて大変なことです。ビル・ゲイツがワクチン製造工場の支援を始めたのは、このボトルネックを見越してのことです。

他にもワクチン以外の治療法や、全人口検査と追跡アプリを通じた制御方法など、様々な解決策について世界中で話されています。

Bについて
ワクチンその他対策がうまくいかない場合、集団免疫が獲得されるまで事態は終息に向かいません。この時に考えるべきは次の二つでしょう。
B-1:財政的にどれくらい負担に耐えられるか。個人的な予想では12ヶ月が限界
B-2:医療崩壊を避けながら集団免疫獲得する場合に必要な期間。最短で3年

以下、もう少し詳しくみてみましょう。

ロックダウンは国家予算の3倍のお金がかかる

B-1について。ロックダウン・自粛によるGDP減の埋め合わせをするための財政支出はどの水準になるのか考えてみます。

GDPインパクト
WSJ はロックダウンは最低でもGDPを25%押し下げると推定しています。イギリスは最悪GDP成長がマイナス30%になるともいわれています。これを鵜呑みにしてGDP減が25%だとしたら、日本でのインパクトは130兆円になります。

必要な財政支出
マクロ経済学の一般論として、政府が100万円を財政支出すると、それはGDPを100万円以上押し上げます。例えば、Aさんが100万円を政府から受注すると、その人は得られた100万円の50万円をBさんからの買い物に費やす可能性があります。そして、そのBさんも50万円から25万円を、というふうに続きます。

結果として、政府支出は、人々が得たお金の何割を消費・投資に用いるかによって、そのインパクトが変わります。この割合のことを消費性向といい、政府支出/(1−消費性向)がGDPへのインパクトになります。上記の例なら消費性向は0.5なので、100万円の政府支出は200万円分のGDPインパクトをもたらします。

日本の限界消費性向は平均するとだいたい30%程度、低所得層は40%です。低所得層のほうを採用したとすると、財政支出の倍数は1/0.6=1.67倍なので、経済ロスを埋め合わせようとすると80兆円の真水の財政出が必要になります。この水準感は、トランプ政権が発表した財政案とだいたい辻褄があっています。

80兆円というのは途方も無い金額です。日本の真水の国家予算(借金や社会保障費の支払いに関するものを除いたもの)は26兆円程度です。よって、ここで話している財政支出は、国家予算の3倍の水準になるということです。

セーフティネットだけでも、極めて大きな金額になります。例えば、総務省統計局によると2019年の日本の正規雇用者数は3,514万人、非正規は2,187万人です。正規雇用者の5%が職を失い、非正規雇用者の30%が失ったとすると、失業者数は830万人(15%弱)になります。アメリカで予想されている失業率も現状では15%です。その人たちに月15万円を支払うだけで毎月1.25兆円、年間15兆円かかります。

結論
いつ開発されるか分からないワクチンを待ちながら、毎月これだけの水準のお金を出していくことはほぼ不可能じゃないかと思っています。耐えたとしても12ヶ月が限界じゃないでしょうか。もしこの支出を続けようとすると、政府はそれだけお金を刷るわけですから、結果として極めて大きなインフレの不安が生じます。

 

医療キャパシティはそうすぐには増やせない

集団免疫獲得に必要な人口
推定に最も重要なのは基本再生算数です。いま言われている通り2.2とすれば、集団免疫獲得までには人口の55%が感染する必要があります。

直近のデータにあるとおり、かかった人の4%が重症化するとすると、人口の2.2%が重症化する計算になります。現状のサンプルにはバイアスがありますので(おそらく、症状が重い人が検査を受けているからです)、私は実際にはもう少し低いとは思っています。

実際には弱い人達を保護しながら集団免疫路線にいくのでもう少し率は下がるはずですが、4%のままで計算すると、日本だと重症化するのは276万人になります。ただ、真の重症化率はもう少し低そうですし、集団免疫作戦は脆弱な人を守りながら進めますので、人口あたりの重症化率は2%くらいになると思います。そうしたら、重症化するのは約140万人になります。


医療キャパシティ

現時点でのベッドキャパがよく話されていますが、ベッド数は比較的増やしやすいので、これは主要なボトルネックではありません。キャパシティにおいて一番の問題はベッドや建物よりも(1)装置と(2)従事者です。

(1)装置
現時点における人工呼吸器(チューブのもの、マスク型、ECMO(人工肺))をあわせた数は20,914です。当然ながらCOVID-19以外にも使用されていますので、余っているのは1万ちょっとです。1人が1台を2週間使うとしたら、年間キャパシティは30万人弱になります。

そして、大変困ったことに、人工呼吸器の世界的メーカーは全て非日本企業です。現場で使われている器材も、ほとんどが海外メーカーのものであり、すでに取り寄せが極めて難しくなっています。国産メーカーもあるようですが、全ての部品が国内で賄われているとは想定しにくい。国家権力行使&日本メーカーの全力でなんとかなるのでしょうか。ものづくりはそんなに簡単ではない気がしています。

(2) 医療従事者
必要な人々は下記の通りです。

 ✔診察・診断:医師
 ✔PCR検査:臨床検査技師
 ✔診断画像撮影:診療放射線技師
 ✔画像診断:放射線診断科医師
 ✔人工呼吸器やECMOの設定・メンテナンス:臨床工学技士
 ✔処方箋管理:薬剤師

特に終末期医療で負担の大きいのは医師、看護師と臨床工学技士といわれています。感染症の医師は現時点で1,564人です。患者/医師比率は15くらいとしたら、仮に1,000人が従事したとしても(そんなの多分無理ですが)年間キャパシティは40万人程度です。


現時点で人工呼吸器の臨床工学技士は14,376人で、これもすぐ育ちません。看護師は患者2人に1人はいたら望ましいですが、これも訓練された人である必要があるでしょう。訓練期間もそうですが、リスクを負ってこのタイミングで医療従事者になる気概がある人がどれほどいるのかも大きな問題です。とはいえ、こういうフェーズにおける日本人の公共心は非常に強いので、人は集まるかもしれませんが。

結論
ベッド以外の医療キャパが3倍に増えたらそれは奇跡でしょう。
そして、その奇跡ケースにおいても、集団免疫獲得には3年がかかります。ベースケースは5年くらいでしょうか。

ジレンマに直面する先進国は終息に18ヶ月以上かかる、途上国の回復は早い

ここまでを総括すると、最善のケースは奇跡的にワクチンが18ヶ月で量産体制に入ること、その他の解決策が見いだされることでしょう。そして、(想像したくないから書いていませんが)このウィルスが突然変異して毒性を増さないことです。

そうでない場合、将来シナリオは「医療崩壊が食い止められるか」、「ロックダウン・自粛が続くか」、「財政支出が継続されるか」の3つの組み合わせで決まります。個人的に望ましいと思っている順番を並べると、次の通りとなります。Eにならない限り最低でも3年コースです。

A. 人命救助最優先。巨額の負担を将来世代に後回し
  医療崩壊が防げるか: イエス
  ロックダウンや自粛: 継続
  十分に保障されるか: イエス

B. 食い詰める人が圧倒的に増え、社会不安が増大

  医療崩壊が防げるか: イエス
  ロックダウンや自粛: 継続
  十分に保障されるか: ノー

C.多くの死者が生じるとともに、巨額の将来世代負担

  医療崩壊が防げるか: ノー
  ロックダウンや自粛: 継続
  十分に保障されるか: イエス

D. 大量の死者と食い詰める人々が生じ、社会不安が極めて大きくなる

  医療崩壊が防げるか: ノー
  ロックダウンや自粛: 継続
  十分に保障されるか: ノー

E. 多くの死者が出るものの、経済は早めに回復

  医療崩壊が防げるか: ノー
  ロックダウンや自粛: しない
  十分に保障されるか: n/a

(社会が再度脱都市化していき、低い人口密度の都市モデルが再構築される、という理想が実現するのにも数年がかかるでしょう)


先進国の民主主義国家の多くにとって、大勢の国民を殺す意思決定をするのには相当な覚悟がいります。だから、ポーズとしてはロックダウン・自粛を続け、ちょっと経ったら緩めるけどまたどこかで感染拡大が起きて、またロックダウン・自粛+保障/保障なしのデスマーチを、ギリギリまで続けるのでしょう。すなわち、ある程度の時間をかけて、A→B→D→Eに進む気がしています。


一方で、財政キャパシティが小さい途上国や財政難にある国に関しては、限界が早めにやってきて、早々にEに進むのではないでしょうか。


いずれにせよ、IMFをはじめとして世界中が予測しているように、途上国のほうが回復は早いはずです。途上国は今年の中盤には回復するのでしょう(先進国は来年後半)。

長期変化の方向性

ここまで、事態が長期化するということを書きました。まだ最悪の最悪は考えられていないけれど、変化の方向を占うにあたって考えるべきは次の三点だと思っています。

A.元々起きていたトレンドのうち、本件が加速させるものはなにか

すでに起きている変化はネットによるリアルの代替、データドリブンのサービスの拡大などです。世の中で起きていたミーティングの8割はリアルである必要が無いものだったので、それがビデオ会議に切り替わるのは自然の潮流でした。ネットの遠隔診療や、オンライン教育なども同様です。選挙活動もネットが舞台になりうるのでしょう。そうすれば、握手の数とかよりも、政策の質で政治家が選ばれるようになるかもしれません。

大企業が零細企業を駆逐する(例:大規模店舗が商店街を壊す)というのも長く続いているトレンドで、本件はそれを一気に加速させる可能性があります。

あと、実務をしないのになんとなく人と仲良くなれるとか、パーティにたくさん出入りすることで仕事を得ていた人も苦しくなるでしょう。実直に仕事をしている人にとっては非常に好ましい変化だと思います。

他にも様々な変化が生じると思います。


B. 変化する生産関係はなにか


例えば、ロックダウン期間が長ければ長いほど、グローバルに拡がっていたサプライチェーンがまた国内に切り替わる可能性が高くなります。個人的には、中国が半ば無理矢理にでも工場を全部再稼働させたのは、そうしないと世界の工場としての地位を失い、覇権国家になるのが遅れるからだと思っています。


また、海外投資の引き上げも急速に起きています。そのために途上国政府の多くがデフォルトの危機に瀕していて、IMFが救済にはしっています。民間レベルでも、移動が難しいためにガバナンスが利きにくいので海外投資からExitという案件は増えるかもしれません。


こういったDe-globalizationはここ2週間くらいよく話されていることです。例えば、The EconomistのBriefingでも、Ray Dalioのトークなどです。


事業・組織モデルも中央集権型なものはワークしにくくなる。分散型で各人に権限が与えられるようなものがうまくいくのでしょう。


あと、人に会って感動を与えることが難しくなるので、映像の作り込みの重要性は高まると思っています(先日のイギリス女王のスピーチと、ボリス・ジョンソンのスピーチは感動的だった)。私も早速動画配信に必要な道具を買い揃えました。


C. それでも変わらない人間の根源的な欲求はなにか

今年のフジロックフェスティバルは自粛せざるを得ないのかもしれませんが、ライブが世の中から消滅したら、私は生きる喜びの結構な割合を失ってしまうと思います。

ペストが3世紀蔓延しても、スペイン風邪があれだけの人間を殺しても、人間は集まることをやめませんでした(ちなみに、スペイン風邪のときは多少はSocial Distancingが流行ったらしいです)。当時の人々は私たちより無知だったから、終息後にまた集まるようになったのでしょうか。もしくは、集まることは人間の根源的な欲求なのでしょうか。

アンラッキーだった人たちはサーフィンをしないといけない

最後に、現在起きていることを少し遠目に、長い時間軸で捉え直してみたいと思います。

現在地球に存在している生物種は数百万以上(昆虫次第では数千万とも)といわれています。地球はそれだけ多様な生物の住処ではあるのですが、これまでに存在してきた生命のうち、99.9%は絶滅して遺伝子を現代に残していません。地球の歴史では多くの大量絶滅期がありました。恐竜が絶滅した白亜紀末では生物種の70%が絶滅し、ペルム紀末の大量絶滅では90〜95%の生物が絶滅しました。

生物種の絶滅の多くは、他の生物種に捕食され尽くすことや、生息地域全体が隕石で無くなる、ウィルスにかかるといった理由で起きるわけではありません(だいたい、ウィルスは宿主が絶滅すると存続できないので、そうならないようにプログラムされています)。一番大きな絶滅要因は気候変動などの環境変化です。環境が変化することによって、これまでの環境に適応し繁栄していた種があっという間に不適応者になり、絶滅の憂き目に遭うのです。


これからの事業環境変化は、過去の大量絶滅に較べれば可愛いものでしょう。97%以上の人類は(たぶん)死にません。それでも、今回の環境変化は企業や組織の淘汰をもたらすのでしょう。


生物も組織も、環境に適応したものが生き残る。環境への適応パターンは基本的に次の二つです。


A. たまたま新しい環境に自分たちが適していたこと(ラッキー)

B. 新しい環境変化に対して素早く適応してきたこと(努力)

大量絶滅レベルの環境変化においては基本的にAのパターンしか生き残りませんが、今回ぐらいの変化であればBでも生き残りは可能だと思っています。


素早い環境適応において大切なことは、次の三つです。

・波を読む  :希望的な観測を捨てて事実を虚心坦懐に見つめる
・すぐ動く  :最善と考えられる重要意思決定を可能な限り早く打つ
・早期仮説改定:初期仮説にこだわりすぎず、打ち手を変え続ける

要はサーフィンのようなものです(やったことないですが)。小さい波を読み違えるくらいなら死にませんが、大波を読み誤ったら死んでしまいます。それがこれから1年はずっと続くのでしょう。だから、組織のリーダーは業務時間の結構な部分を考え事に費やすべきだと私は思います。


ウィルスは多くの生物を殺す一方で、その生物種の進化を促し、環境適応を助けてきました。生物のDNA構造の変化には気の遠くなるような時間がかかりますが、個人や組織の変革はそれよりずっと早く実現可能です。後で振り返ったときに、この時期のお陰で会社が強くなったと言えるよう、これからも全力を尽くしてよりよい組織、よりよい事業を作っていきたいです。 


最後に、このような時期だからこそ、世界中でより多くの人が金融アクセスを必要としています。世界中で金融包摂を推進するため、今後も粛々と事業に取り組んでいきます。


※本原稿の内容についての責任は著者にあり、編集局の意向を示すものではありません。

五常・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役社長慎 泰俊
1981年東京生まれ。 朝鮮大学校政治経済学部法律学科卒業。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。モルガン・スタンレー・キャピタル、ユニゾン・キャピタルを経て、2014年7月に五常・アンド・カンパニー設立。仕事の傍ら、2007年にNPO法人Living in Peaceを設立し、代表理事を務める。著書に「働きながら、社会を変える。~ビジネスパーソン『子どもの貧困』に 挑む」(英治出版)、「ソーシャルファイナンス革命 ~世界を変えるお金の集め方」(技術評論社)など。
1981年東京生まれ。 朝鮮大学校政治経済学部法律学科卒業。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。モルガン・スタンレー・キャピタル、ユニゾン・キャピタルを経て、2014年7月に五常・アンド・カンパニー設立。仕事の傍ら、2007年にNPO法人Living in Peaceを設立し、代表理事を務める。著書に「働きながら、社会を変える。~ビジネスパーソン『子どもの貧困』に 挑む」(英治出版)、「ソーシャルファイナンス革命 ~世界を変えるお金の集め方」(技術評論社)など。
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