緊急特集:新型コロナウイルス感染症を考える-医療・福祉の専門家の視点から-Vol.5「コロナウィルス禍とマスク」

コロナウィルス関係のオピニオンを求められたが、状況は日々刻々と変わることから、感染症予防や治療といった重要な話は、専門家に任せることにしたい。最新号の総合月刊誌もコロナ特集を組んでいるが、やはり発行までにタイムラグがあり、全国に非常事態宣言が出た現在(令和2年4月17日)から見ると、チグハグ感じは否めない。そのときには最新の情報でも、それが片っ端から古くなることを考えて、今回は、コロナと関係するものの、それ以前から気になっていることについて考えてみたい。それは、マスクの問題である。

アベノマスク

安倍首相が、側近の「国民にマスクを配れば、この騒ぎはすぐに収まります」という進言を受けて、各戸に布マスクを配布することとなった。首相が記者会見等で着用しているあのマスクがサンプルだと思われるが、どうみても小さすぎ、あんなに顎をだしていては、マスクとしての機能が半減すると心配になる。あんなものを一世帯に2枚もらってもしょうがないという意見があれば、ないよりはましとありがたいという人もいるようである。

まず、医療関係者からみれば、いまさら布のマスク?という違和感がある。医療現場で使われている不織布のマスクは、中心にフィルターがあり、ウィルスに対して一定程度のバリアになることと、それを使い捨てにすることで、感染リスクを減らす効果がある。もちろん、咳をしている人が飛沫をとばさないためには、布のマスクでも一定の効果があるが、感染者からの感染のリスクを低減する意味では、紙のディスポマスクに一日の長がある。つまり、布のマスクは、医療用のサージカルマスクが手に入らない場合のやむを得ざる代替手段として、位置づけるべきものである。わかりやすくいえば、医師がアベノマスクをして診療に当たるなら、事態はそこまで逼迫しているのかと、患者が不安になる可能性があるということである。

加えて批判されているのは、その配送代も含めて466億円もかかることである。国の施策として頓珍漢な感じは否めない。くどいようだが、466億円である。

手作りマスク

ドラッグストアに行っても、コンビニでも紙マスクが手に入らないとことを思い知らされた国民は、アベノマスクが配られるのを待つまでもなく、マスクを作り始めている。キッチンペーパーやフィルター機能のある素材で、本物のサージカルマスクをまねるものもあるが、主流は、布製のマスクである。ハンカチを折りたたんで、ひもをつけるだけの簡便なものから、布の間に、フィルターを縫い込んだり、結束用のビニールで被覆した針金をノーズピースにするような手の込んだ本格的なものまで、いろいろと工夫されているようである。ドラッグストアに列をなしていた人たちが、今は手芸店や布を扱う店に殺到しているとも聞く。

看護学生のマスク

話題はコロナから少し離れるが、将来看護師になるべく勉強している看護学生は、そのための重要なプロセスとして、病院での臨床実習にいかなければならない。読者の皆さんは、この数ヶ月の風景で記憶がすっかり上書きされているかもしれないが、少し前までは、たとえ病院であっても、マスクをしている人はそれほど多くなかったはずである。

そうした中で、大学の附属病院からは、「看護学生が病院で実習する際は必ずマスク着用のこと。マスクは病院を出てから外すこと。」という命令をされることが多い。看護師さんにしては少し若くてユニフォーム姿が板についてないマスクの集団(主に女性)を病院内で見かけた患者さんやご家族も多かったのではないだろうか。

表象としてのマスク

このように、コロナ禍以前のマスクには、感染防止効果以上に、「感染に気をつけています」「自分は感染源になりません」というシンボルとしての意味合いが大きかったことがわかる。それでなくても、箸が転んでもおかしい年頃の主に女性が集団で、病院内を歩いていると、いろいろと目につく。悪気はなくてもキャッキャと笑っていると、身内に病人を抱える人にとっては不快に感じる人も少なくない。そうした中で、マスクをして廊下の隅を一列になって静かに歩くことが病院側から強く要請されているのである。ちなみに、集団で行動することの少ない医学生が全員マスク着用ということはなかったはずである。

医学教育とマスク

医学教育の基本は良医の養成である。良医とは、患者の訴えをよく聞き、親身になってそれに応える医師である。近年では、医師教育課程において、患者面接法といって、具体的な診療場面での患者との接し方が、時間をかけて教えられるようになっている。

そこで、強調されるのが、自分が感染したくないためにマスクを装着することの禁止である。コロナウィルスが猖獗を極めている昨今、何を言っているのかと思われるかもしれないが、これは事実である。つまり、マスクをすると表情が見えなくなり、それでなくても不安や恐怖を抱えている患者の気持ちを和らげることができなくなるからである。ためしにマスクをして目だけで表情を作ってみてほしい。それがいかに難しいかががすぐにわかるはずである。人間の表情、特に優しいそれは、口元が見えてこそ伝わるものであり、白衣を着て、大きなマスクの上に銀縁の眼鏡が光っている先生が、マスク越しに冷たい声で話をすると、威圧感は十分であるが、患者の安心感にはつながらない。

そもそも、高齢者は耳の遠い人も多く、医師の表情を読み取ることでそれを補っている人も少なくない。それに加えて、マスク越しのくぐもった声では、聞き取りにくく余計にコミュニケーションがとりにくい。そのため、医学生は診療に当たってはマスクをつけず、患者さんに表情がわかるように接するべきと教えられるのである。

コミュニケーションか感染予防か?

もちろんマスクをした方が、感染のリスクは下がる可能性はあるが、その場合でも、マスクは咳をしている患者さんにかけてもらうものであり、医師は基本的にはマスクはしないことになっている。(くどいようであるが、全国民がマスクをしている現在では、何を寝ぼけたことを言っているのかと思われてもしかたがない。それほど事は切迫している。)

であるなら、看護学生も、看護師も同じはずである。もっといえば、診療場面だけで患者と接する医師と異なり、四六時中患者のケアに当たる看護師こそ、表情を患者に伝えて、コミュニケーションを図らなければならない。そうした看護師になるには、看護学生にもそのような教育を施すべきである。

実際研究により、マスクをした場合としていない場合に、患者に与える印象について調べた結果があるが、やはり、マスクをすると、表情の大半が見えないこと、声がくぐもることで、怖い印象や、うまくコミュニケーションがそれないということがわかっている。

しかし実習病院では看護学生の場合、表象としてのマスクのメリットが、こうしたマスクなしの患者との人間関係教育のメリットを上回ると考えられているのであろう。それほどマスクとはシンボリックなものといえる。

布マスクもしくはアベノマスクの役割

そこで改めて、手作り布マスクあるいはアベノマスクの効果の話である。マスクをしないで咳をしたら、極悪非道の人のような目で見られたという話は枚挙にいとまがないが、おそらく、他人からそう見られないためにも、今の日本社会ではマスクは必須である。

こんな世相だから、マスクくらい華やかな手作りを楽しみましょうという風潮もあるようだが、おそらく象徴性の面からみれば、白いガーゼのマスク(アベノマスク!)に軍配が上がる。手作りの素敵なマスクでも、感染予防効果は同じだろうが、みんなが我慢しているときに何をはしゃいでいるのだと指弾される恐れがある。

そう考えれば、手作りマスクも無理な人たちには、アベノマスクは朗報かもしれない。毎日洗って干して、交互に使えば、少なくともシンボルとしての効果はそれなりにある。私は決して、布マスクをしている人を揶揄しているのではない。今回は触れなかったが、おそらくはマスクをつけることで、手洗い励行や、密集を避けると行った行動変容につながることは間違いない。他人の目に映るマスクの効果よりも、そうした自分自身の感染防止行動につながる効果の方が重要である。そうした積極的な意味でも、現時点では布マスク装着は評価すべきことである。

それでも・・・

令和2年4月18日に、診療報酬でコロナ診療に関して特例で倍の点数(費用)をつけることになったことが報道された。それに要する国費は300億円だそうである。

医療用サージカルマスクの供給不足により、その最大のメリットである使い捨てを止められ、最もやってはいけないとされる、ディスポの使い回しを強いられている医療現場からみると、アベノマスクが466億円で、コロナ診療に従事する医療関係者への処遇改善が、300億円かぁ・・・と、マスク越しにつぶやかざるを得ない。声はくぐもって、お上には伝わらないはずである。


※本原稿の内容についての責任は著者にあり、編集局の意向を示すものではありません。

岡山大学大学院保健学研究科 副研究科長 教授齋藤 信也
1983年岡山大学医学部卒業。1987年岡山大学大学院医学研究科修了(医学博士)。
米国ネブラスカ大学外科客員助教授、厚生省中国四国医務局医療課長等を経て、2001年岡山大学医学部講師、2003年高知県立高知女子大学教授、2008年から岡山大学大学院保健学研究科教授(現在に至る)。
2015年から2017年まで医学部副学部長、2017年から保健学研究科副研究科長。
1983年岡山大学医学部卒業。1987年岡山大学大学院医学研究科修了(医学博士)。
米国ネブラスカ大学外科客員助教授、厚生省中国四国医務局医療課長等を経て、2001年岡山大学医学部講師、2003年高知県立高知女子大学教授、2008年から岡山大学大学院保健学研究科教授(現在に至る)。
2015年から2017年まで医学部副学部長、2017年から保健学研究科副研究科長。
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