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緊急特集:新型コロナウイルス感染症を考える-医療・福祉の専門家の視点から-Vol.3「認知症の人が通所リハビリテーションをする意義と新型コロナウイルスの影響」

抗認知症薬の発売前に日本人アルツハイマー病患者群を対象に行われた抗認知症薬の臨床試験(治験)の多くは、実薬の効果が偽薬のそれを上回らず不合格に終わった(注1)。その原因については様々な考察がなされたが、そのうちの一つに介護保険の介護サービスが患者群の症状に大きく影響し、それがかく乱因子となって治験で薬効が検出できなかったというものがある。

治験データの解析によると、偽薬群においてはデイケアやデイサービス等の介護サービスを利用した集団は、利用しなかった集団と比べて半年後に症状が改善した患者の占める割合(改善率)が多かった(Modern Physician 2016(10)1065-8)。ほとんど全ての認知症診療指針は、ケアやリハビリテーションといった非薬物療法を第一選択とするよう推奨している。

                    (Modern Physician 2016(10)1065-8より改編)


ある70代の男性は、以前から少し物忘れがあったが大病で入院した後に急激に悪化し、1分前のことも忘れるようになった。物忘れのことを妻に繰り返し指摘されても理解できず、逆に興奮して妻に反論したり妻を叩いたりしたので、精神科病院に入院させようと考えた妻に連れられて筆者の外来にやってきた。

血液検査は異常なかったが頭部画像検査で著しい脳萎縮がみられ、ミニメンタルステート検査という30点満点の認知機能検査をすると僅か6点だった。点数が低いほど認知機能が低く、23点以下だと認知症と判断される検査である。中等度ないしは高度のアルツハイマー病と思われた。話を聞いてみると、外出の機会がほとんどなく終日自宅で夫婦二人過ごしているという。非薬物療法を第一選択とする診療指針に従い、デイサービス通所を強く勧めた。効果はてきめんだった。通所先での男性は実に礼儀正しく穏やかで、レクリエーションにも積極的に取り組み、自宅でも妻に声を荒げることがなくなった。半年後のミニメンタルステート検査は27点だった。

同時期にやった時計描画試験(10時10分の時計の絵を描く試験)を以下に示す。診療指針通りの医療がいかに重要かお分かり頂けると思う。なお、抗認知症薬は薬効が乏しい割に興奮などの精神症状を悪化させる危険があるので、本例には一切投与されていない。

(患者が描いた絵を筆者が再現したもの。通所前はそもそも時計の体をなしていなかった。通所開始半年後は長針の位置の誤り以外は問題ない時計となっている)


別の80代女性は高齢者向けマンションで独居生活をしていたが、税務署関係の書類の書き方が全く分からないと親戚に訴えたので、認知症発症を懸念した親戚に連れられて筆者の外来にやってきた。ミニメンタルステート検査は29点だったので認知症というほどの認知機能低下はないと確認されたが、親戚によると本人は生来頭脳明晰なのでこの程度の書類に苦戦するのは異常だという。正常と認知症の境界状態である軽度認知障害と診断して外来で経過をみることにした。本人から話を聞いてみると、館内で入居者が集まって行うカードゲームや室内ゲームなどの様々なグループ活動が毎日のようにたくさんあるので忙しいという。それだけ対人刺激があれば認知機能に良い影響があると期待できるので、忙しくともグループ活動を頑張って続けるよう励ました。

そこへ、コロナ騒動である。入居者同士の距離をとるのが重要とされ、グループ活動は一挙に禁止された。もともと外出の機会がなかったので、終日自室で過ごす生活となった。本人は物忘れにそれほど変わりはないと言うが、時計描画試験を実施してみると変化は明らかだった。以下にグループ活動に参加していた時期と中止2週間後の結果を示す。

(患者が描いた絵を筆者が再現したもの。グループ活動参加中は長針と短針の区別がつきにくい以外は問題ない時計だったが、中止2週後は文字盤が反時計回りになり長針の位置がおかしくなっている)


このまま自室にこもる生活を続けていると本当に認知症を発症してしまう恐れがあると筆者は考え、WHOが認知症予防策として適度な運動を推奨していることを本人に伝え、人混みのないところで1日30分程度の散歩を一人でするよう説いた。今の日本では人混みのないところで一人で散歩をしても感染の危険が少ないからである(注2)。その後、本人は毎日の散歩を継続し、今のところ明らかな認知機能障害はみられていない。

流行状況によってデイケア・デイサービスが閉鎖される地域が今後増えていくと予想される。ケアやリハビリテーションが認知症診療指針で推奨されているとはいえ、今は感染対策が最優先なので是非もない。認知症の人の通所先が閉鎖された場合に重要なのは、料理、掃除、洗濯などの家での決まりきった用事を今まで通り続けることと、散歩などの感染の危険が少ない運動の機会を作ることである。閉鎖はされていないが流行が心配される地域においては通所を続けるかどうか迷う場面もあると思われるが、通所によって感染する機会が増えるという点と通所によって認知機能が改善される部分があるという点の両方を考慮して決断頂ければと願う。

(注1)Opinions「認知症医療の荒廃-抗認知症薬に関する公開情報の分析から-」https://web-opinions.jp/posts/detail/202

(注2)参照:厚生労働省「新型コロナウイルス感染症への対応について(高齢者の皆さまへ)」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/yobou/index_00013.html


※本原稿の内容についての責任は著者にあり、編集局の意向を示すものではありません。

兵庫県立ひょうごこころの医療センター精神科医師小田 陽彦
神戸大学医学部卒業。兵庫県立ひょうごこころの医療センター精神科医師。認知症疾患医療センター長。医学博士。日本精神神経学会専門医・指導医。日本老年精神医学会専門医・指導医・評議員。
[主な論文]
Myocardial scintigraphy may predict the conversion to probable dementia with Lewy bodies. Oda H, Ishii K, Terashima A, Shimada K, Yamane Y,Kawasaki R, Ohkawa S. Neurology. 2013 Nov 12;81(20):1741-5.
神戸大学医学部卒業。兵庫県立ひょうごこころの医療センター精神科医師。認知症疾患医療センター長。医学博士。日本精神神経学会専門医・指導医。日本老年精神医学会専門医・指導医・評議員。
[主な論文]
Myocardial scintigraphy may predict the conversion to probable dementia with Lewy bodies. Oda H, Ishii K, Terashima A, Shimada K, Yamane Y,Kawasaki R, Ohkawa S. Neurology. 2013 Nov 12;81(20):1741-5.
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