緊急特集:新型コロナウイルス感染症を考える-医療・福祉の専門家の視点から-Vol.2「新型コロナウイルスパニックの考察」

「新型コロナパニック」とあえて言いたい。新型コロナウイルスが人工合成であると最初に発表したのはインドでトップクラスのインド工科大学です。コロナウイルスとエイズウイルスの組み合わせであるという可能性から、タイ保健省が、続いて日本の国立感染症センターが抗エイズ薬の臨床試験の有効性を発表しました。それは日本の新聞の最初のページに大きく紹介されました。現時点では公にメディアで新型コロナウイルスが人工合成であることが語られています。そして米国と中国がその責任をお互いに非難し合っているのが現状です。

 

人工合成であるとすれば生物テロです。生物テロ鑑別3原則を紹介します。1)死者の発生により社会的不安が増長します。2)伝染性疾患としての感染経路が不明になります。3)明確な政治的メッセージがあります。2)に関してはしばしば野生動物の関与が大きな話題になり、1~2ケ月後には感染経路を証明できなくなります。過去の例を研究してください。

 

17年前の重症急性呼吸器症候群(SARS)が世界を席巻した時に日本には絶対来ないと断言しました。その時の政治的メッセージがわかっていたからです。今回の新型コロナパニックも意図的に起こされたパニックです。中国を巻き込んだ政治的メッセージも明確です。ただし、差支えがあったらいけないので政治的メッセージの内容の公表は控えます。しかし、SARSの時とは完全に異なって、より広範囲に、より短期間で世界中を巻き込んでいます。陰で歴史的な変革が進められているのかもしれません。パンデミックは状況です。パニックこそが目的です。パニックは人々から正常な判断能力を奪います。

1)何故に歴史的な世界的パニックが必要だったのでしょうか。各国ともに非常事態宣言を発令。人、物、金に加えて経済活動が1ケ月間以上ストップしています。そのために各国の中央銀行により経済対策として歴史上稀にみる膨大な資金が巷にあふれ出ています。
2)何故にロシアとサウジアラビアが突然に原油戦争に突入したのでしょうか。両者ともに国家財政を無視して、価格を1バレル20米ドル前後までに急落させたのでしょうか。
3)何故に日本だけ新型コロナウイルスによる死者数が圧倒的に少ないのでしょうか(各国に比較すれば、実にいい加減な緊急事態発令の内容にもかかわらず)。感染者数が60~70%になれば集団免疫ができて終息します。ポイントは死者数です。実に不思議の国-日本です。

 

歴史が繰り返すとすれば、上記の3点の組み合わせで平成バブルを思い出します。原油が北海油田の発見により格別に安くなった時代です。1986年(昭和61年)12月から1991年(平成3年)2月までの51か月間に、日本で起こった資産価格の上昇と好景気でした。もし、現時点で各国の金融緩和であふれている世界の資金が、各国に比較すればよりマシな状況にある、不思議の国-日本に流れ込んだら。間違いなく令和の大バブルが発生します。


どうして日本でバブルを起こす必要があるのでしょうか。理由は簡単です。日本国民の自覚はありませんが、日本国民が世界で一番の金持ちだからです。この金持ちに更なる借金をさせるのです。バブルとは借金ぶくれの状態のことです。しかし、日本バブルが崩壊するとどうなるのでしょうか。借金が戻せなくて担保も取られます。スッポンポンになります。

 

何故に日本政府は2024年に新札発行をあらかじめ決めているのでしょうか。変ですね。あと3年後です。太平洋戦争敗戦後の1945年と1946年に何が起こったのでしょうか。新札発行、預金封鎖と財産税です。何故か経済学でいう80周年サイクルになります。では、誰が日本国民のお金をねらっているのでしょうか。それは各自が勉強してください。もし新型コロナウイルスが自然発生と思うなら太平天国の夢の夢。勉強は不要です。

現代医学では新型コロナウイルスに対する有効な方法論はまだ開発されていません。一方、漢方などの東洋医学は「気」の医学です。「気」を免疫力と言い換えても大きな間違いではありません。北海道の医師たちがこの新型コロナウイルスパニック中に補中益気湯(漢方薬)を服用していたと聞きました。補中益気湯は10ケの生薬のうち8ケの生薬が「気」を産出する脾胃に関する、理にかなった疲労回復の湯液です。鍼灸でいえば、足陽明胃経の三里の経穴(ツボ)は有効です。太平洋戦争中に敗走する日本軍において、漢方と鍼灸に心得のある軍医が疲労困憊している兵士たちに、衣服をもぐさの代用として、この三里の経穴にお灸を実施させて無事に帰還させた逸話が残っています。 

 

最後に、この原稿は幻想かもしれません。

 

※本原稿の内容についての責任は著者にあり、編集局の意向を示すものではありません。

AMDA(アムダ) グループ代表・認定非営利活動法人AMDA 理事長菅波 茂
1972年岡山大学医学部卒業、77年同大学院修了。在学中にアジア放浪の旅に出て、その多様性に魅了され、81年に菅波内科医院開業の傍ら、84年にAMDA(アジア医師連絡協議会)を設立し、開かれた相互扶助をモットーに、国際的緊急人道支援活動を展開している。その活動は国連の認めるところとなり、2006年には国連経済社会理事会から日本のNPO法人としては初の「総合協議資格」を得ている。現在は、AMDAグループ代表及び認定非営利活動法人AMDA理事長を務め、岡山に続く活動の新拠点となるマレーシアの首都クアラルンプールに在住、多角的国際活動に傾倒している。
1972年岡山大学医学部卒業、77年同大学院修了。在学中にアジア放浪の旅に出て、その多様性に魅了され、81年に菅波内科医院開業の傍ら、84年にAMDA(アジア医師連絡協議会)を設立し、開かれた相互扶助をモットーに、国際的緊急人道支援活動を展開している。その活動は国連の認めるところとなり、2006年には国連経済社会理事会から日本のNPO法人としては初の「総合協議資格」を得ている。現在は、AMDAグループ代表及び認定非営利活動法人AMDA理事長を務め、岡山に続く活動の新拠点となるマレーシアの首都クアラルンプールに在住、多角的国際活動に傾倒している。
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