想像してみてください。もし、“住所”が無かったら、私たちは暮らしていけるでしょうか。この社会は、言うまでもなく、ありとあらゆる「契約」で成り立っています。雇用はもちろん、クレジットカード、銀行口座、電話、運転免許、キャッシュレスサービスなども、“住所”があってこその「契約」です。もちろん、どこかに部屋を借りて、“住所”を定めれば問題ないのですが、そもそも住まいが無い人、つまり“住所”が無い人が、容易に部屋を借りることができるでしょうか。実は、様々な事情で、そんな事態に追い込まれてしまった人が、この社会には大勢います。しかも、そこには、なかなか行政サービスの手が届きにくい現実があるようです。そんな中、そういった人たちに“一時的な居所”を提供しようと、全国でも珍しい『民間シェルター』を運営し、奮闘されているNPO法人おかやまUFEさんが岡山にあります。
今回は、その副理事長の阪井さんと、事務局スタッフの永松さんにお話を聞きました。
私たちは、本業で不動産業を営んでいるのですが、ある日、入居者の方が錯乱状態で電話をかけてきました。「誰かが俺を殺そうとしている」と言うのです。すぐに会いに行きましたが、彼は、アルコール依存症と統合失調症を患っているということが判りました。
1ヵ月の入院後、退院した彼を、家族は「内密に」と言い残して去っていったのです。彼には、そのまま、そのアパートで暮らしてもらいましたが、半年後、彼が入院していた病院から、患者さんの退院後の住まいについて相談がありました。そこで、驚くべき現実を目の当たりにしたのです。この空き部屋や空き家だらけの日本で、精神障害があるが故に、住むところがない。まず、障害があるからと、世間体を気にして自宅を追い出される。不動産業者や大家は、障害を理由に拒絶する。ようやく「入居可」の物件があったとしても、とてつもなく条件の悪い部屋。そんな状況に愕然としたのです。
そんな経験から、精神障害のある方の暮らしを支援しようと、NPO法人おかやまUFEを設立。平成29年度には国土交通省の補助を受け、「住まいと暮らしのサポートセンターおかやま」を立ち上げ、増加する空き家対策と、高齢者や障害者などの住宅確保要配慮者住まいの確保に関する相談窓口として運営を始めました。
すると、様々なことが見えてきたのです。「住むところがない」と困っているのは、精神障害の方だけではありません。例えば、家庭内暴力等を受けた被害者や刑余者など、何らかの事情で、それまで生活していた地域で一時的に暮らすことができなくなった人たちがおり、これらの方々は、一時的な“居所”、即ち「シェルター」のニーズがあることが判ってきたのです。
「シェルター」には、その日からすぐに生活できるよう必要最小限の生活用品が揃っています。
最初に「シェルター」を始めたきっかけは、法人の理事長が国選弁護人を務めた、ある男性の、「執行猶予が付いたら、暮らしていけない」という訴えでした。彼は、刑務所の中に、安住と食事を求めていたのです。その男性を、自社で保有する部屋に入居してもらったのが皮切りで、様々な「住宅確保要配慮者」に“居所”を提供してきました。
彼らが、“居所”を失った理由は様々です。その理由に応じて、公的機関が運営する「シェルター」もあるわけですが、そこには、様々な制約があります。現在では運用の見直しがされている部分もありますが、かつては、例えば、婦人保護施設の場合、実子であっても13歳以上の男の子は一緒に入れなかったり、一律に携帯電話の所持を認めないといったこともありました。
そういった部分を緩やかにしているのが、私たち民間の「シェルター」の特長かもしれません。だから、その利用者のほとんどは、公的機関からの紹介によるものです。
また、もう一つの特長は、これは病院や施設などのように、長期的な入院・入所を想定するものではなく、あくまでも一時的な“居所”を提供するものだということ。居所、即ち「住所」を得ることによって、生活保護の手続きや就職活動が可能となり、その後、新たな住まいに移り住んでいくか、あるいは、シェルターとして入居した住まいを改めて賃貸借契約を結ぶことで安定した暮らしを築いていくことが目標になります。
言い換えれば、利用者が、地域に戻って自立して暮らしていくことが出来るようにするための足がかりの一つが、この「シェルター」ということです。DVなど、様々な事情を抱えた方が利用するものであるため、場所を秘匿する必要があることから、住所の公開や友人の招き入れは禁止ですが、携帯電話の利用、外出などは、もちろん自由です。その上で、自立を支援するため、利用者の状況に応じて、専門家や関係機関と連携して、金銭管理や食事のサポート(フードシェアリングやフードバンクとの提携による食材の支援等)なども行っています。また、居場所の提供として、当法人が運営する「よるカフェうてんて」を開催しています。
この「シェルター」を運営していて、最も気になるのは、家庭内での性的虐待を受けた女の子の問題です。未成年で義父から性的暴力を受け、関係性に感づいた母親から「私の男を寝取った」と逆に妬まれ、風俗で働くことを強要される。その子を保護しようとしても、未成年の場合、「親権」という切り札のもとに、身勝手な親の元へ帰さざるを得ないなどの事例があまりにも多いのです。成人しても、住まい=居場所を得るために風俗で働くという女性が後を絶たない現実。また両親に保証人になってもらえない少女たちを、保証人不要のアパートに住まわせ、家賃滞納が出始めたら、やがて水商売や風俗で働くことを強要していくような悪徳業者も有ります。もちろん、公的な施策として、様々な支援策や施設がありますが、縦割り行政の矛盾、硬直した規定など、依然として問題が多々あるように感じられます。
例えば、住宅確保要配慮者の受け皿であるはずの公営住宅は、保証人を必要とする等の入居要件が厳しく、そういった方々の住まいの選択肢となりにくいことも課題でした。
そこで、「公営住宅はセーフティーネット(安全網)のはずの保証人確保という条件を作って拒むこと自体がおかしいのでは?」と岡山市の市会議員の勉強会などを通して訴え、2018年12月、岡山市では全国に先駆けて保証人規定が廃止されました。これは他の自治体へも広がりを見せており、全国的な動きになっています。
民間シェルター等の自らの活動だけでなく、行政へも積極的に働きかけ、社会の歪や制度の狭間のようなところから生じる不幸から、“居所”を提供することで、自立への足がかりとしてもらいたい。それが私たちの取り組みです。
こういった問題は、もちろん岡山というエリアに限ったことではありません。
民間のシェルターがない地域ももちろん有ります。私たちの本業が不動産業ですので、自社の物件をNPO法人が借り上げる形で運営しています。そういうスキームだから可能な部分も有りますが、適切に理解していただいたうえで、この取り組みを全国に拡げていきたいと、今、ネットワーク作りにも奔走しています。
近い将来、行政自らがこのような事業を行う際の土壌作りになれば、と考えています。
※ Opinions編集部スタッフが、実際にシェルターでお二人にインタビューをさせていただきました。
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