オーストラリアから「子宮頸がん」が無くなる、その一方で日本ではこれからも若い人たちの間に増え続ける

近年になって、様々ながんの原因が感染症によるものであることが、明らかにされてきた。原発性の肝臓がんの多くは、肝炎ウイルスの感染による肝硬変、胃がんはヘリコバクターピロリによる慢性炎症、そして子宮頸がんはヒトパピローマウイルス(HPV)感染による慢性炎症が原因であることが明らかにされた。従って、これらのがんを撲滅するには、その原因である感染症を無くすことが最も合理的であると考えられる。その中で、興味深い論文が昨年Lancet Public Healthに掲載されたので紹介する。1)
1) Hall MT, Simms KT, Lew JB, Smith MA, Brotherton JM, Saville M, Frazer IH, Canfell K.
The projected timeframe until cervical cancer elimination in Australia: a modelling study. Lancet Public Health. 2019 Jan;4(1):e19-e27. doi: 10.1016/S2468-2667(18)30183-X. Epub 2018 Oct 2.

わが国の子宮がんの現状

子宮がんには子宮の入り口付近(子宮頸部)にできる「子宮頸がん」と、子宮の奥(子宮体部)に発生する「子宮体がん」に分けられる。この内、子宮頸がんは20-40歳の若い女性に多く、社会的に大きな影響を及ぼす。我が国では年間1万人が罹患し、約三千人が死亡している。


子宮頚がんは早期の「子宮頸部上皮内がん」とそれが進行した「浸潤性子宮頸がん」とに分けられる。その数は罹患・死亡数ともに年々増加し、特に上皮内がんの近年の増加には著しいものがある(図1)。

どの年齢の人が子宮頚がんにかかっているかを見ると、図2に示すように22歳から44歳にピークがある。さらにこの年齢の子宮頚がんの罹患数は図に示すように年毎に増加している。この年齢層は結婚、出産、育児、就労と我々の社会生活において重要な年齢であることから、子宮頸がんが社会に及ぼす影響は極めて大きいと言える。

現在、我が国においては二人に一人ががん疾患になり、三人に一人ががんで死亡する時代となった。一方で、子宮がんの死亡率は1995年までは順調に低下してきた。だがその後は低下せずに、近年に至っては上昇傾向にある。(図3)

浸潤性子宮頸がんの発生

1987年にツア・ハウゼンが子宮頸がんからH PV16型を分離し、その後、子宮頸がんの原因がHPV感染であることを証明した。この功績により彼は2008年にノーベル医学・生理学賞を受賞した。


日本における子宮頸がんのほとんどはHPV感染が原因と考えてよい。HPVは性交渉によって感染する。発がん性の高いHPV に感染すると約90%の人では免疫の力でウイルスを排除することが出来るため自然治癒する。何らかの原因でウイルスを排除出来なかった人では慢性感染が持続し、ウイルスDNAが細胞内に組み込まれ「前がん病変」となる。HPV持続感染から前がん病変へ移行するのが1割弱、最終的に慢性感染者の1%またはそれ以下が浸潤がんとなると考えられている。日本では年間1万人の子宮頸がんが発症することを考えると、日本のHPV持続感染者、さらにその母集団日本女性におけるHPV感染がいかに多いかがうかがわれる。

 

子宮頸がんの予防

原因が特定された疾病においては、その予防が可能である。子宮頸がんはHPVウイルスの感染を予防することである(1次予防)。これはワクチンによりウイルスの感染そのものを予防することで、前がん病変をも予防する。さらに検診によって前がん病変のうちに発見し、治療を行うことで、浸潤がんに移行するのを予防する(2次予防)。検診には細胞診とHPV感染をチェックするDNA検査がある。細胞診の問題点は偽陰性が多く、検診受診率も40%と低いことである。細胞 DNA検査は感度が高いが、我が国においては未だ承認されていない。WHOはワクチン接種とDNA検診の併用をグローバルスタンダードとしてこれを推奨している。

子宮頸がんワクチン

私たちの体には様々な外来の病原体を排除する働きが備わっている。例えば「麻疹」はウイルスに因って引き起こされるが、一度はしかに罹患して回復すると、はしかのウイルスに対する免疫が獲得されて、感染は起こらない。これを応用したのがワクチンである。HPVワクチンに関しては、ウイルスの表面のタンパク質を合成して、これを抗原として用いる。ワクチンそのものには感染性も発がん性もない。現在国内で承認されているワクチンには2価と4価のものがある。2価のワクチンはHPV16と18型に対する、4価のワクチンはHPV16、18、6、11型のHPVに対するワクチンである。アメリカ、オーストラリアその他ではほとんどのHPVの感染を予防出来ると考えられる(9種のHPVに対する)9価のワクチンが、実用化されている。


ワクチン投与により誘導された抗体は、子宮頸部の粘膜に移行しHPVと結合してその感染を予防する。しかしすでに感染しているHPVを排除する働きは無いため、ワクチンの効果を発揮するためには未感染、言い換えれば性交渉を経験していない若年者に投与すべきである。さらに、女性のみならず男性においても投与を行うべきである。HPVは男性も感染し男性から女性への感染が惹起されるからである。子宮頸がん予防効果を高めるという意味のみならず、男性においてもHPV感染は肛門がんや陰茎がん、中咽頭がんの原因となるからである。


HPVはありふれていてその感染の機会は多いにもかかわらず、ヒトはHPV に対して免疫を獲得しにくいため、感染予防には高い抗体価を持続することが重要である。このため9-14歳においては6ヶ月間に2回接種、15歳以上では3回接種が推奨されている。特に3回目の接種はブースターと言われ抗体価を高めるのに効果的である。

 

オーストラリアでは子宮がんが根絶される?

それでは発表された論文を見てみよう。オーストラリアは2007年から4価、2018年からは9価のHPVワクチンを公費で接種するプログラムを実施してきた。10代の女子は学校で、19から26歳の女性もかかりつけ医で無料の接種を受けることが出来る。2013年からは学齢期の男子にも接種を開始し、性的接触による感染を防止する対策を取ってきた。子宮がん検診も細胞診は18歳から69歳まで2年に1回行い、2017年からはHPVのDNAスクリーニングを25歳から69歳の間5年に1回、70-74歳になるまで行うようになった。15歳におけるワクチン接種率は78.6%にのぼる。年齢調整を行った推計の結果、オーストラリアでは新たに子宮頸がんと診断される症例は(ワクチンを受けていない層がまだ存在するため)2020年までに人口10万対6人以下となり、2028年までに人口10万対4人以下にまで減少する。2066年までに、9価ワクチン接種と5年毎のHPVスクリーニングを続けた場合には、新たに子宮頸がんを発症するのは人口10万対1人以下となる。ワクチン接種のみで、HPVスクリーニングを行わなかった場合には、人口10万対3人にとどまると推計された。9価ワクチンを投与されていない老年層にのみ検診を行った場合でも、オーストラリア全体の子宮頸がんによる死亡は、2034年までには年齢調整後人口10万対1以下となることが推定された。

 

この論文では
1) 若年男女に9価のワクチンを複数回接種すること。
2) 5年に1回のHPVスクリーニングをすること。
によって子宮がんの罹患と死亡を減少させることが可能で、今後20年で子宮がんは公衆衛生学上問題ないレベルまで撲滅できると結論付けている。

 

我が国の現状はどうなっているのか?

我が国においては平成22年からHPVワクチンの公費助成が開始され、平成25年4月から定期接種が開始された。しかし接種後の慢性疼痛、運動障害などの症状が報告され、それをマスコミが大きく報道したのでワクチンに対する安全性の懸念が高まり、わずか2ヶ月後に積極的勧奨が中止された。


公費助成は現在まで続いているものの、その接種率は平成6-11年生まれまでの女性の接種率が70%であったものが、積極的勧奨を中止したことにより平成14年以降生まれの女性では1%以下となっている。そのため、今後ワクチン接種を行っていない世代のHPV感染と子宮頸がんリスクが発生するものと考えられる(図4)。ワクチン接種には集団免疫という効果があり、大多数がワクチンを受けているとHPVの拡大を防ぐことが出来るのであるが、現状ではその効果も期待出来ない。

 

公益社団法人日本産科婦人科学会より引用

日本におけるワクチン接種とその後の多様な症状の関連については、慎重な解析の結果、当該症状とワクチン接種の関連性は科学的・疫学的に否定されている www.mhlw/go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28

 

さらに全世界的にHPVワクチンは、効果的で安全であると認められている。しかしながら厚労省は未だに子宮頸がんワクチン接種の積極的勧奨を出す様子が無い。公費負担による接種は行っております、ご自身でメリットとデメリットを判断して下さい、あくまでも自己責任ですよ、というのが厚労省のスタンスである。

 

厚労省のパンフレットには「HPVワクチンには子宮頸がんそのものを予防する効果は証明されていません」「HPVワクチンは、積極的にお勧めすることを一時的にやめています」と大きく書かれている。これを見るとだれしも積極的に受けようという気にはならない。日本から子宮がんを撲滅しようという気概は一切感じられない。既にオーストラリアの論文で紹介したように、子宮がんの撲滅には、なりたくない人だけがワクチンの受けたのでは、不十分なのである。9価のワクチンを男女に複数回(3回)接種し、HPVスクリーニングを行うことが必要なのである。こういった全国的なプログラムを厚労省以外のどこが出来るというのであろうか?

 

厚労省はAYA世代がんに対する啓発活動と対策を行っているそのそばで、エビデンスのしっかりあるがんの1次予防策である子宮頸がんワクチンの積極的勧奨を行わないのは、片手落ちである。患者団体も高額な新薬の保険収載に対しては熱心に活動するが、9価ワクチンの早期承認や子宮頸がんワクチンの積極的勧奨に対しては(他患者団体との摩擦を懸念してか)ロビー活動が一向に盛り上がらない。

 

ワクチン接種による様々な症状の出た方があるのは事実であるから、要はそのような方々への対応策を万全にした上で、国民に対する啓発活動を行い、コンセンサスを形成して一刻も早くワクチン接種の定期接種を再開すべきであると考える。

 

私には娘が2人居るが、二人はどちらも自費でワクチンを接種をした。(はるか昔のことであるが)。


今のところ私たちに出来ることは、少なくとも周りの女性には公費でワクチンを接種して、ご自分を守るようにと勧めることであろうか。

 

岡山大学大学院ヘルスシステム統合科学研究科教授松岡 順治
岡山大学大学院医学研究科卒業 米国留学を経て消化器外科、乳腺内分泌外科を専攻。2009年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科、緩和医療学講座教授、第17回日本緩和医療学会学術大会長。現在岡山大学病院緩和支持医療科診療科長、岡山大学大学院保健学研究科教授 緩和医療、高齢者医療、介護、がん治療の分野で研究、臨床、教育を行っている。緩和医療を岡山県に広める野の花プロジェクトを主宰している。
岡山大学大学院医学研究科卒業 米国留学を経て消化器外科、乳腺内分泌外科を専攻。2009年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科、緩和医療学講座教授、第17回日本緩和医療学会学術大会長。現在岡山大学病院緩和支持医療科診療科長、岡山大学大学院保健学研究科教授 緩和医療、高齢者医療、介護、がん治療の分野で研究、臨床、教育を行っている。緩和医療を岡山県に広める野の花プロジェクトを主宰している。
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