社会学者 上野千鶴子さん(認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長 )に、「新卒一括採用」を中心とした日本特有の制度の弊害ついてお話をお伺いしたシリーズの後編。(インタビュアー 橋本俊明/公益財団法人橋本財団 理事長)
上野氏:最近、経営者の間で「広域転勤は管理職昇進に必須かどうか」という議論が起きているようですね。橋本さんは、どう思われますか。
橋本:財団法人なので金融機関との付き合いは多いんですが、支店長が2〜3年で変わっていくんですよね。激しい転勤サイクルですよね。
上野氏:それが、どういうポジティブな効果を招くと思います?
橋本:名目は、癒着を防ぐということらしいですけどね。
上野氏:そう。でも、その数年の間に培った地域とのネットワークをゼロにする結果になります。
橋本:本当に、もったいないと思います。
上野氏:すぐ転勤するから、彼らの目は本社を向いている訳でしょう。
橋本:この広域転勤は、働く女性にとって不利な条件となりますか。
上野氏:もちろんです。家庭破壊ですからね。これまでは広域転勤が管理職昇進の必須条件でしたから、最近、ようやく必須ではないという企業が増えてきました。二人共が働くワーキングペアレンツが主流になっていけば、広域転勤を強制しない企業も出てくるでしょう。近年、男性も「こんなの嫌だ」と忌避する傾向が強くなってきました。妻が無職じゃないから、妻の帯同が難しくなったので。最近の現象としては、人材を確保するため、地域限定社員を希望する男性が増えてきました。企業は地域限定社員を人件費を切り下げる口実に使っているようですけどね。
橋本:社会をより良くしていくための正攻法は、長時間労働をやめ、平等型企業を目指すというように、女性が働きやすい環境を整えることなんでしょうね。ところで、今の安倍内閣は「働き方改革」を盛んに推奨していますが、どうお考えですか。
上野氏:有名無実です。口先だけで企業に対して実効性がありません。安倍政権が作った法律は、女性活躍推進法も候補者男女均等法も、罰則規定がなく、強制力を伴わないので、実効性ゼロです。
橋本:なかなか厳しいですね。
上野氏:データを見たら変化がないことが分かります。女性の活躍「見える化」サイトを作りましたけれど、努力義務のみで強制力がありません。
橋本:ところで日本の若者の失業率が低いのは「新卒一括採用」によるメリットだと言う人もいます。その点については、いかがですか。
上野氏:ヨーロッパは若者の高失業率社会です。だけど、今だって有効求人倍率は高いですからね。採用市場が流動化すれば既卒の人にもチャンスが増えますから、むしろ失業率が高いか低いかは、全体として好況か不況かの影響の方が、はるかに強い。ヨーロッパの若者の高失業率はEUの不況の影響がすごく強かったですから、私はシステムの問題より景気の問題だと思います。
橋本:外国の大学では、成績が卒業レベルに達しなければ卒業させないから、入学者が全員卒業するとは限りませんよね。卒業できなかった学生は、どうなるんですか。
上野氏:海外は大学中退者がすごく多いです。中退者でも、単位を蓄積していけば、時間をかけて卒業することもできますから、一旦仕事して授業料を稼ぐ場合もあります。アメリカの大学の授業料は日本よりずっと高いですからね。社会人になってから大学に戻って10年、20年かけて卒業する人もいます。
橋本:そういうことを日本の大学でやって、仮に18歳で入学して28歳で卒業した人は、企業は「要らない」ということですか。
上野氏:日本は新卒採用市場ですからね。今の「新卒一括採用」のやり方は、教育者としては非常に迷惑に思っています。採用シーズンになると、学生も浮き足立ちますから。通年採用やスポット採用があればいいんですが、学生たちは、一浪・一留・海外留学、これが全部マイナスになると思っています。規格品の粒揃いの中で競争させていく社会では、一歳年齢がズレるだけでも規格外であるということがハンデになる、そういう不安感を彼らは持っています。八代尚宏さんの著書『人事部はもういらない』を読んで、私はものすごく納得しました。なぜかと言うと、私たち研究者の業界には新卒一括採用というシステムはなく、全部スポット採用だからです。研究者の場合は、空きポストが出たら、自分の同僚を選ぶ訳です。ピアが同僚を判定して選ぶという制度で業界全体がまわっていて、研究者は転職を重ねていきます。研究者の業界は、業績主義と能力主義が他の業界に比べれば比較的フェアに判断されるので、転職しない人は能力が低いとみなされます。それで何のふつごうもありません。
橋本:「日本は正規社員の解雇規制が非常に厳しいから、中途採用市場が活性化しないんだ」とよく言われますよね。それについては、いかがですか。
上野氏:労働力移動に対する公的なバックアップが弱過ぎます。解雇規制の緩和と、労働力移動の公的な支援はセットで考えないといけません。一方だけ実施すると破綻するでしょう。ヨーロッパの失業保険は日本より長期で手厚いし、保障の水準も高い。リカレントのチャンスも、職業教育の機会も多いですよね。いろんな意味で支援が大きく、労働力移動が比較的容易だという事情があります。
橋本:解雇規制緩和を積極的に取り入れて、もう少し、労働力を流動化するべきだという意見については、どう思われますか。
上野氏:一般的には賛成です。そのための公的なバックアップがあれば、という条件付きです。
橋本:日本の社会は、今後10年〜15年で、どう変わればいいと思われますか。
上野氏:組織が変わるには「変えなきゃ」という内発的な動機付けがなければ絶対に変わらないですよね。
橋本:そうですね。
上野氏:じゃあ、その内発的な動機付けがいつ生まれるかというと、危機が生じた時です。でも、私は経営者の人や管理職の人と話すと、「この人たち、危機感がないな」と感じることが多いです。「このまんまじゃボクらは沈没する」とは思っていない。この人たちが「変わらなきゃ」って思う時は、いつだろうかと考えると、怖くなりました。彼らが危機感を覚えた時には、もう手遅れなんじゃないかと。橋本さんは、どう思われますか。
橋本:最近、学生も経営者も内向きになっていますね。一時、1990年代ぐらいには、外向きになった感じがしたんだけど、もう1回、ぐっと内向きになっていった。
上野氏:不況の影響が大きいですよね。さらに、人口規模が減り、市場規模も縮小していくと、ますます守りに入っていくのでは?
橋本:国内市場は、これ以上は拡大していかないですね。それなら、政策的に何かできるとすれば、どこから手をつければ一番いいですか。
上野氏:査定評価システムを個人ベースにしていくことが一番大事だと思います。その査定評価に透明性を与え、こういう貢献をすれば、こういう報酬が返ってくるということが働く人にちゃんと分かるということですね。採用や人事の公開性や透明性を高めれば、結果としてダイバーシティはついてくる。大学も企業も同じです。
橋本:このまま動機付けがなく、変わらなければジリ貧になるんですよね。
上野氏:どうしたらいいんでしょうね。
橋本:次の重要なテーマとしてまた考えましょう。
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