この度、「Opinions」は、社会学者 上野千鶴子さん(認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長 )に、「新卒一括採用」を中心とした日本特有の制度の弊害ついてお話をお伺いしました。その様子を前編後編の2回に分けてお届けいたします。(インタビュアー 橋本俊明/公益財団法人橋本財団 理事長)
橋本:上野さんは、男女の働き方差別に対して積極的に発言なさっていますが、本日は、その点も含め、特に欧米にはない日本特有の制度「新卒一括採用」とその後の定期昇給・年功賃金制度、終身雇用について、ご意見をお聞きしたいと思います。まずは「新卒一括採用」の現状について、どう思われますか。
上野氏:日本の高度成長期には人材確保の一つの方法だったと思いますが、大学進学率が5割を超え、海外学歴取得者も増えています。教育機関から直ちに職業の場に接続する、こんなシステムがいつまで続くのか、問題だと思っています。ところが、「なぜ、新卒一括採用が問題で、なぜ、やめなければいけないか」という点において企業側の合意ができていません。だから、橋本さんに今回、このテーマをいただいて、私は喜んで来ました(笑)。橋本さんご自身は、新卒一括採用の何が問題だとお考えでしょうか。
橋本:介護事業を手がけていた頃、現場の職員は9割が中途採用でしたが、人手不足を解消するために「新卒採用」を始めたんです。しかし、新卒を200〜300人も採用すると4月に人件費がどんと膨らむ。「どうして、こんなことをしなければならないんだろう」と疑問に感じていました。中途採用で不足した人材を補うだけなら、ある時期、急に人件費が膨らむことはないからです。ところが、上場企業は人材不足でないにも関わらず、新卒一括採用をあえて行っています。なぜでしょうか。
上野氏:これまで何の不都合も感じていないからです。日本の多くの企業が新卒一括採用により同一年齢の同質性の高い集団を作り、体育系型の人事管理システムを行ってきました。専門用語で「ホモソーシャル」と言いますが、粒揃いの男子たちを競わせ、社内選抜し、スペシャリストを育てずにジェネラリストを育てる。このジェネラリストは、ただし、組織スペシフィックなジェネラリストですから、組織環境が変わると使い物になりません。だから転職できないし、しない。結果、そうやって居着いた人たちに、より高い報酬を与える「後払いシステム」が日本型雇用です。
橋本:体育会系の、競争に勝てる人材を必要としているということですか。
上野氏:そうです。ある時期、それが非常に上手く機能したんです。人を使う側の着眼点は、2つのリソース。意欲と能力です。日本の企業は、能力で採用してる訳じゃない。能力の高い人でも、意欲がないと高い能力を発揮しないけれども、能力が平均的でも意欲があると能力以上の力を発揮することがある。だから、日本は集団的な管理によって、「一緒にがんばるぞ」という同調性の高い集団を横並びに作り、それを競わせることで人事管理してきたのでしょう。
橋本:すると、能力が高い人を、少し抑えるということになりますよね。
上野氏:そのとおりです。ある経営者は「頭のいい人は3割でいい。あと7割は胃の強い人で」と言っていました。頭のいい人たちは、お互いに潰し合うから、と言うんです。だから、モチベーションを維持して、平均的な人たちに平均以上の能力を発揮させるような横並びの人事管理を続けてきた。だから評価されるのは能力じゃなくて組織ロイヤリティなんです。
橋本:忠誠心ということですか。
上野氏:女が、こんなに企業で昇進しにくい理由は、私は「企業が女の組織ロイヤリティに猜疑心を持っているから」だと思っています。
橋本:なぜ、そう思うんですか。
上野氏:だって、女は組織と心中しようと思っていないので。
橋本:それは上野さんだけではないんですね?(笑)
上野氏:女が組織ロイヤリティを持てない最大の理由。それは、東京大学入学式の祝辞でも言いましたけど、自分の貢献が正当に報われない経験を、女の人たちがたくさん持っているからです。男と同じように貢献しても、あるいは男以上の貢献をしても、女だという理由で正当に報われない経験をたくさんした女性は、モチベーションを失います。そして、会社を見限ります。私は、それを「アスピレーションのクーリングダウン(意欲の冷却効果)」と呼びました。そういうことを日本の企業は、あの手この手で女に対してやってきました。
橋本:男に対してと女に対して、そんなに違いますか。
上野氏:これまで研究者の間では、女が働き続けられないのは「女性に家庭責任があるからだ」と考えられてきました。ところが、女性にやりがいのある仕事を与え、正当な評価が伴うと女は頑張るということが調査から分かりました。ところが、ある女性社会学者が、同レベルの能力と採用条件で採用されたIT企業の男女SEの10年後の比較調査をしたんですね。スタートは同じだったはずなのに、女性SEは保守・点検業務に固定され、男性SEは新規開拓や顧客対応などのチャレンジングな仕事を与えられた、その結果、10年経つと男女の間に能力の差とポストの差が付いていました。結局、「こんなところで自分は成長できない」と悟った意欲の高い女性は辞めていく。女の力を生かさないという巨大な外部不経済を引き起こし、損失を生んでいるんですね。
橋本:しかし、この人事は、女性のためを思ってやっている訳ですよね。
上野氏:配慮という名の差別ですね。その結果、「男向け」「女向け」配置を無意識にやってしまう。これをアンコンシャス・バイアスと言います。橋本さんみたいなトップの人って、世の中がどう動いているかっていうことに敏感ですから、私と会おうなんてお思いになるんでしょうが、就職がすなわち就社になり、そのまま横並びに管理されて上がってきた中間管理職層は、会社に誰よりも長時間いて、他の世間を知らないから視線が完全に内向きなんです。外を知らないから、社内の慣習を疑問を持たずに再生産してしまう。この人たちを「粘土層」と呼んでいます。
橋本:一括採用され、訓練されると、そうなってしまう訳ですか。長時間労働は変えられるでしょうか。
上野氏:いいことを聞いてくださいました。差別型企業と平等型企業とを比較研究したエコノミストの川口章さんは、平等型企業の方が差別型企業よりも売り上げ高経常利益率が高い、ということを実証した研究の中で「差別型企業は平等型企業に移行するか」という問いを立てました。答えはNOなんです。
橋本:それは、なぜ?
上野氏:差別型から平等型へと移行する内的な動機づけがないからです(笑)。差別均衡でも均衡は均衡。具合の悪い均衡でもそれでまわってるからです。社会学者の山口一男さんは、それを「劣等均衡」と呼びました。実際、女を上手に使うと利益が上がる、儲かることは、いろんな実証研究から証明されています。つまり経済合理性が高い訳です。企業というものはプロフィットを追求するものでしょう。それなら経済合理性の低い企業は、経済合理性の高い組織へと自ら自己変革をするかと問いを立てたことになりますが、答えはNOでした。
橋本:NOなんですか? 収益性は違うというデータが出てるんでしょう?
上野氏:今、日本の企業の収益率は平均4〜5%だそうですね。
橋本:そうですね。
上野氏:国内だけで比べると「まあ、そんなもの」と経営者も思っているようです。ところが、投資家の目から見たら収益率のグローバルスタンダードは、どれくらいですか?
橋本:いわゆるROEという、資本に対する利益率は15%ですね。
上野氏:そのとおり。国際標準は15%だけど、国内だけで見ると低位安定で周りも低いから変わる理由・変える理由を、彼らは見出さないのでしょう。でも、マーケットに国境はないですから、このままだと日本企業はジリ貧で「巨艦沈没」すると予言しています。
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