2019年は多くの重要外交行事が行われた。これら行事の成功に向けて外務省は多忙を極める特別な年となった。日本が初めてホスト国となったG20大阪サミット(6月:大阪)を始とするG20関連会合、第7回目となり過去最高の40か国以上のアフリカ首脳が集まったアフリカ開発会議(TICADⅦ)(8月:横浜)、そして「令和」となった即位の礼(10月:東京)が特に大きなものであった。さらに、この他にも秋にはラグビーワールドカップ等も開催され、多くの首脳・閣僚等外交関係者が来日した。
現在、私は厚生労働省から外務省に出向し、上記のような重要な機会を捉えて、国際保健分野の重要性を訴えると共に、この分野における日本のリーダーシップを世界に示す国際保健外交を担当している。
国際保健外交という言葉をお聞きになった方は少ないかもしれないが,日本政府は,長年,特に2000年に行われた九州沖縄G8サミット以降,国際保健を外交上の重要分野と位置付けて世界をリードしてきた。
●1961年に導入した国民皆保険制度を50年以上にわたって維持・運営し、日本の人々の健康を向上させる努力を続けてきていること。
●世界で最も高齢化している状況に介護保険制度等で以って対応してきていること。
●「不治の病」と恐れられていた結核を様々な取組で克服してきたこと。
これらを我が国の実経験をベースに、保健分野に取り組むことが国づくりの基盤となると主張してきた。
私自身、厚労省に入ってから20年以上経過するが、国際保健分野に関わる中で、日本の様々な保健・医療制度が、(色々な課題があると共に、必ずしも日本の方々には評価されていないことは承知しているが、それでもなお)人々の生活に極めて重要な意味を持っていることを強く感じている。
今回は、2019年に開催された保健関連会合の内、我が国が深くかかわった行事の幾つかを紹介したい。
G20首脳サミットには、原則G20各国及び地域の首脳(大統領、首相等)が集まり、様々な議論を行う。その場で一から議論をする訳ではなく、まずは各国の首脳をサポートする「シェルパ」と呼ばれる補佐官(日本は冨田浩司G20担当大使(現 在韓大使))が、約1年かけて議題や首脳宣言に盛り込むべき合意事項に関する議論を行う。そして最終的にサミットにおいて各国首脳により正式に承認されるプロセスを経る。その時々の世界の経済、食糧、難民、紛争問題など様々な課題が山積する状況において、どの課題を取り上げるかはホスト国がある程度主導権を持つこととなる。
今回のG20では、日本はグローバル化による変化への不安や不満の声があがる中で、自由貿易の推進やイノベーションを通じた世界の経済成長の牽引と格差への対処、環境・地球規模課題への貢献等、G20としての結束を43パラグラフで構成される「大阪首脳宣言」を通じて世界に発信した。
我が国は上述の通り、国際保健分野を重視する立場にあることから、保健分野については、4パラグラフがそれぞれ①UHC(ユニバーサルヘルスカバレッジ)、②高齢化、③健康危機、④AMR(薬剤耐性)の4つの現在最もホットな国際保健課題にあてられ、G20としての力強い意思を発信することに成功した。
(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/g20/osaka19/jp/documents/final_g20_osaka_leaders_declaration.html のうち30~33パラグラフ参照)
今回のTICADⅦにおける横浜宣言においても、「持続可能で強靭な社会の深化」の項において、UHCや熱帯病(NTD:Neglected Toropical Diseaseses)など感染症の対応等の重要性について明記し,今後の取り組みを明らかにした。また、アフリカの首脳が集まるこの機会を利用して、わが国はGaviというワクチン接種の活動を推進している国際機関の増資準備会合を6名のアフリカの首脳の参加を得て開催した。2000年に設立されたGaviは2020年に20周年を迎えることとなるが、この間に実に約8割の世界の子供達にワクチンが届く状況になり、子供の死亡率の半減に大きく貢献してきた。
今回日本がTICADⅦの機会にGaviの会合を開催することとなったのは、Gaviが与えるインパクトの大きさに加えて、日本が推進しているUHC(ユニバーサルヘルスカバレッジ)を達成するためにワクチン接種がその入り口的な役割を果たすこと、加えてGaviの活動の約6割がアフリカで行われていることを考慮した上でのことである。また、ワクチン接種は経済効果も極めて高く、ワクチン接種に1ドル投資することにより、社会に対する中期的なリターンは54ドルにもなるという試算もある。さらには、現在コンゴ民主共和国で発生しているエボラ出血熱の流行においても、Gaviがサポートしたエボラワクチンがこの拡がりを食い止めている状況にも注目する必要がある。
最後に、9月の国連総会の機会にニューヨークで開催された国連UHCハイレベル会合について紹介したい。毎年9月の第3週のあたりに開催される国連総会(United Nations General Assembly)は世界中から100カ国以上の首脳が一同に会する機会となっており、この機会を利用して様々な重要会合や個別の二国間会合(日米首脳会合等)が開催される。
近年、2015年に国連総会で採択された「誰一人取り残さない」ことを理念とする「持続可能な開発目標(SDGs)」に保健関連の目標が幅広に盛り込まれたことも踏まえ,国際保健分野は国際的にも政治的な関心が高まっている分野であり、毎年のようにAMR(薬剤耐性)、NCD(非感染症(生活習慣病))、結核等保健関連のハイレベル会合が開催されている。本年(2019年)初めてUHCのハイレベル会合が開催されることとなった。首脳が集結するハイレベル会合において政治宣言が採択されるために、各国の外交官(主にニューヨークに在住する国連代表部所属の外交官)は半年以上にわたりこの宣言文の交渉プロセスに関わることとなる。日本政府は、この政治宣言をより具体的で意味あるものにするために、また、各国の政治的なコミットメントを得るために、UHC有志国連合( Group of Friends of UHC and Global Health)を立ち上げ、50カ国以上の参加を得ながら、取りまとめ国(議長:別所浩朗国連代表部大使、担当:江副聡同代表部参事官)として定期的に会合を開催し、このプロセスをサポートした。この結果、UHC政治宣言は最終的に全加盟国の賛同を得て合意された。これら日本政府の貢献が評価され、安倍総理はハイレベル会合の閉会式において、加盟国を代表として閉会挨拶を行い、UHC、とりわけ持続可能なシステムにするための保健財政や栄養や水・衛生等多分野との連携の重要性を世界に力強く訴え、出席した関係者から高い評価を得た。
このように、世界的に国際保健分野を重要視する機運は高まってきており、日本政府も大きな貢献を行ってきた。今後は国レベルや国の中の地域レベルで、こうした機運が具体的に実行に移され、本当の意味で誰一人取り残されない状況を作り上げる必要がある。日本政府は引き続き国際機関を通じた貢献を行うと共に、JICA(国際協力機構)等を通じた二国間援助を通じて、さらにはお互いの機関の強みを活かしながら連携を進めることにより世界の国際保健分野の向上に力を尽くしていきたい。
2020年にはオリンピック・パラリンピックの機会を利用して東京栄養サミット2020(Tokyo Nutrition for Growth Summit 2020)を12月に開催する予定である。子供の死亡率の約半分が栄養失調と関連し、糖分や塩分などの過接種が深く関わる生活習慣病(糖尿病、高血圧等)が、途上国においても深刻な状況となりつつある中、東京栄養サミット2020は世界が栄養問題に取り組む環境を醸成する絶好の機会であり、最大限活用したい。
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