「老衰」が日本人の「死因第3位」に浮上したのはなぜなのか?その誘因とは?

日経メディカルの2019年7月号に、2019年6月7日の厚生労働省から出された2018年の人口動態統計月報年計(概数)によると「老衰」が三大死因の一つに初めて加わった、とありました。死因の第1位と第2位はこれまでと同様に、悪性新生物(腫瘍)、心疾患(高血圧性を除く)でしたが、「老衰」が「肺炎」を抜いて3位になったというのです。

 

この変化には、2017年4月に発表された日本呼吸器学会の「成人肺炎診療ガイドライン2017」が大きく影響していると見られています。このガイドラインでは、肺炎の患者さんの背景を考慮したうえで、積極的な治療を行わないことを初めて推奨したのです。

 

一方で、死亡診断書※1の直接死因が「肺炎」や「誤嚥性肺炎」とされる多くの症例で、実は加齢性変化による衰弱が原因となって死亡していることが分かってきたのです。そのため、今回のガイドラインの変更を機会に、「誤嚥性肺炎」で死亡した場合でも、死亡診断書の直接死因として「肺炎」を記載するだけではなく、その原因として「老衰」を書き加える医師が増えてきたと推定されようです。

 

実際、何もかもをひっくるめて「老衰」と書くには抵抗があるにしても、先(Ⅰア)に一応「肺炎」と明記しておいて、次(Ⅰイ)にその原因として「老衰」を追記するのであれば、書く側の医師の精神的負担もかなり軽減されることになります。そして、死亡統計には死因の一番下にある「老衰」が採用されるというわけです。

 

※1:厚生労働省医政局から出されている平成30年度版の「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」では、(6)「死亡の原因」の項の一般的注意に、「④死因としての「老衰」は、高齢者で他に記載すべき死亡の原因がない、所謂自然死の場合のみに用います」とあります。さらに、「ただし、老衰から他の病態を併発して死亡した場合には、医学的因果関係に従って記入することになります」とあって、(例)として、「(ア)直接死因:誤嚥性肺炎、(イ)(ア)の原因:老衰」となっています。先にも書きましたが、この場合の死因統計には、死因の一番下((エ)まであります)のものが採用されます。

 

実は、この前半の記述が「老衰」を死因として記載しにくくさせていた訳で、今回新たに記載された「ただし」以降の記述が、先のガイドラインと併せて、今回の統計上の「老衰」増加の誘因になったことに間違いなさそうです。何しろ、その昔、私が医者になった頃には、「死因に老衰と書くな」とさんざん言われた記憶がありますし、民間保険でも「老衰は病気ではないので保険金が出ない」という話までありました(今は、大丈夫かと思います)。

 

なお、手元にある平成16年版のマニュアルでは、「老衰」に付いての記載がありません。また、平成25年版では、平成30年度版と同じ記載が入っていますが、平成30年度版に書いてある(例)は無くて、依然として「老衰」とは書きにくい状況であったと記憶しています。

 

日本医事新報社の6月25日のWeb医事新報での「死亡診断書の死因の書き方【肺炎などを合併した認知症高齢者の直接死因とは】」には、死因として「老衰」や「認知症」を書くことへの質疑応答が載っています。

 

医療現場では良くあることですが、高齢化に伴う衰弱(これを一般に「老衰」と呼んでいます)に因って、一日のほとんどを寝て過ごすようになり、次第に経口摂取も減っていきます。嚥下能力が落ちてきて、痰や唾でさえ、自力での排出も難しくなってきます。こうなると、いわゆる誤嚥性肺炎を併発ということになります。やがて、「その時」が来てご臨終となりますが、この状態は「肺炎」が直接死因として良いのでしょうか。

 

また、認知症は体の衰弱と相前後して起こることもあれば、身体は元気で、食欲も旺盛で動き回る(こうした状態の方が、周りの人たちにとっては余程手がかかり、迷惑です)場合もあります。そして、徐々に(時には何年間もかけて)体力の衰えが顕著になり、先の例のような経過をたどります。この場合には、「認知症」を死因にした方が良いのでしょうか。

 

さらに、若い頃からの不摂生が祟って高齢化してゆく中で肺炎を繰り返す方もいらっしゃるでしょう。肺炎の治療を受けるものの、効果がなかなか出ない内に体力が低下して寝たきり状態になります。最後は「老衰」の場合と同じような状況になりますが、この場合には「肺炎」を死因として良いのでしょうか。

 

こうした問題に対して、「明確な回答はない」ということで、最後には担当した医師が、病状の経過から何が主たる要因となっているのかを臨床的に(ということは、医師の経験と死亡診断書の書き方やこうした死因の統計などに関する報告をベースに)判断することになります(これを「医師の裁量権」と言います)。

 

ところで、確たる原因が分からない、これまででいうところの「老衰」や「認知症」の方の死因を特定するために、病理解剖がなされることがあります。

 

「病理解剖」は、病気の有り無しや何の病気であったのかを調べるための解剖です。通常は、法律で強制的に行われる司法解剖とは違って、主治医が必要性を説明したうえでご遺族の承諾のもとに行われます。

 

解剖を行う病理医は、学者肌の方が多く、臨床(理論通りにはいかない世界です)をご存じない方が多いので(私の勝手な印象です)、目の前にある病気の状態をそのまま報告されます。元々それが病理解剖の目的なのですが、このことが、過去において、肺炎を起こすことになった「老衰」や「認知症」が隠された、あるいは無視されてきた原因になった可能性があるのではなかったかと考えています。

 

認知症の患者さんの死因を検討した結果に、7割弱の患者さんが肺炎で死亡したとする報告があるとの記載がありました。このことは、認知症が進んで行く中で、嚥下機能(食物を飲み込む仕組み)障害を伴ってきて、最終的に誤嚥性肺炎で亡くなるのは自然な経過であると考えられることを示しています。


結局のところ、そう考えられる医者は、死因を「認知症」と記載するでしょうし、最終的な誤嚥性肺炎に拘る方は、「肺炎」を死因とすることになります。(個人的には、前者の立場です。)

2019年7月15日に某A新聞の一面に、死因の第3位に「老衰」が入ったと発表されておりました。それは「高齢化の結果」といった浅い分析だけが書かれていて情けない思いをしましたが、一般の方々の認識はその程度なのだと思い知ったのでした。これから先、本当の高齢化、多死社会の到来の中で、ここで述べたようなことをきちんと勉強した医者が看取りに当たって頂けることを願ってやみません。

余談ですが、最近、「総合診療医」なる専門医が出来ました。しかし、元々、医師とは全員が「総合診療医」であったはずで、そのうえで個々に自分の専門とする科目を極めていったのではないでしょうか。それが、あまりにも専門化志向が高じたため、逆に「総合診療医」などという新たな専門医を作ることになったとは、歴史の皮肉でしょうか。

 

で、あれば、「看取り専門医」なる制度を立ち上げても良いのではないかとさえ思えてきます。もっとも、「看取り専門医」になる医者が極端に少なくなるかもしれません。残念ながら多くの医者が「死」を知らないか関わろうとしない現代の医療環境では、「看取り専門医」になろうとせず、これはこれで困ったことになりそうです。

 

もっとも、元より、専門科目に関係なく、医師は看取りが出来るはずですし、死亡診断書を書く責任もあるのですが、大学の授業では「生かす」ことが優先され、看取りに対する授業が、あまり無いのも事実です(少なくとも、昔の私の時代ではそうでした)。

 

さて、自分はどんな死因であの世に逝くのやら。こればっかりは自分で報告書を書けないのが残念です。

医療法人 寺田病院 院長板野 聡
岡山県倉敷市出身。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
以来、消化器外科、消化器内視鏡を専門として地域医療に取り組んでいます。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
「臨床外科」(医学書院)にエッセイ「1200字通信」を連載中。
2016年11月15日に短編小説集、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)を上梓しています。
2018年5月9日に「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)を新たに上梓しました。
日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器内視鏡学会指導医、日本大腸肛門病学会指導医、日本消化器病学会専門医、
がん治療認定医、日本医師会産業医、ICD認定医、三重県警察医ほか。
趣味は映画、読書、クルマ。小型船舶1級免許取得。
岡山県倉敷市出身。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
以来、消化器外科、消化器内視鏡を専門として地域医療に取り組んでいます。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
「臨床外科」(医学書院)にエッセイ「1200字通信」を連載中。
2016年11月15日に短編小説集、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)を上梓しています。
2018年5月9日に「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)を新たに上梓しました。
日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器内視鏡学会指導医、日本大腸肛門病学会指導医、日本消化器病学会専門医、
がん治療認定医、日本医師会産業医、ICD認定医、三重県警察医ほか。
趣味は映画、読書、クルマ。小型船舶1級免許取得。
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