エイジズムとしての定年制度

先進諸国でエイジズムについてのアカデミックな視点では、「定年制度」がその代表格だと言われる。なるほど「定年制度」は、エイジズムを表しているのみならず、社会制度を左右する大きな問題である。政府は「定年制度」に対して、現在は65歳までを義務付けている定年後の継続雇用を、さらに70歳に引き上げる高年齢者雇用安定法改正案を2020年の国会に提出する予定であると言われている。これは元気で意欲のある高齢者に経験や知恵を社会で発揮してもらえるようにと、されているが、高齢者の生きがいと70歳までの就業を混同しないようすべきだ。政府が進めようとしているのは、年金財政を改善するために、現状の年金給付を延長し、70歳からの給付を意図している。そのために70歳までは年金以外の収入を得ることを目指しているのだ。これは、年金財政の悪化を食い止めるために、年金の支給年齢を遅らせる目的で、定年を引き延ばし、年金が給付されない期間を乗り切る(収入を確保する)政策であり、エイジズムとは関係ないし、エイジズムをなくすることとも関係はない。ましてや、高齢者に生きがいを与えるものでもない。少し迷惑な話である。

 

日本での「定年制度」は、年功給と深い関係がある。いわゆるメンバーシップ雇用においての年功給は、若者に低賃金を強いる代わりに、終身雇用を保証する制度である。この場合、年齢を重ねるに従って給与が増えるので、一定の年齢で退職をすることが企業にとって賃金をコントロールする必須条件になる。「定年制度」はそれ自体がエイジズムの代表であるが、定年延長あるいは定年の廃止は、それのみでは企業に対して過大な負担を強いることになり、同時に、かえって60歳代のエイジズムを助長する。60歳を境にして、給与の大幅な減少や、仕事の変更がなされるからである。従って、「定年制度」の廃止あるいは延長には、エイジズムをなくするためにも年功給与制度の見直しが不可欠である。

新卒一括採用によって企業に入ると、若い間は低い賃金で我慢し、企業内でのOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)によって能力が高くなることを前提に、次第に給与が上がる。この給与の上がり方は、社員の生活実態と連関する。政府の想定する標準的家庭が、夫婦と子供二人世帯であるように、子供が生まれて家族が増えるに従って、給与が自動的に上がり、定年近くまで昇給を繰り返すのが、日本の年功給制度である。この制度の前提は、男性のみが家計を支えることである。生活に即した給与体系と言えるが、現在では、想定している夫婦と子供二人の世帯はそんなに多くはないし、多くの家庭は共働きだ。その上、企業側にとっても外国企業との競争が激しくなっており、社員の丸抱えと、生活に合わせた給与を保証することは困難になっている。しかし、この様な年功給制度においては、入社から給与が上がり続ける社員に対して定年制度がないと、人件費は増加する一方だ。日本で定年廃止ができにくい原因は年功給制度にある。

 

しかし、企業によっては一方的な年功給を改めて、50歳ぐらいを給与のピークとして、その後の昇給を停止したり、退職を促す動きもある。一方で、欧米では解雇規制の有無にかかわらず、ジョブ型雇用が一般的である。メンバーとして迎え入れ、その後にゆっくり教育を行うのではなく、企業が不足する人材を人材市場から調達するのである。その点、新卒一括採用から始まるメンバーシップ雇用を通例としている日本の企業は、定年を変更あるいは廃止する際には、同時に年功給制度も見直す必要がある。年功給制度の見直しには、新卒一括採用の停止、ジョブ型雇用によって、市場から中途採用の促進、能力給の導入により、年齢ごとの給与でなく、役職あるいは資格による給与制度を作る必要がある。

日本では、2013年に高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢者雇用安定法)が一部改正・施行され、以下の3つの措置のいずれかを取るよう企業に義務付けている。


①65歳まで定年を引き上げる 
②65歳まで継続雇用制度を適用 
③定年を廃止する 

以上である。日本は制度的にドイツなどと近いので、高齢者の雇用を促す方策は、エイジズムとは関係なく、年金制度の安定のために行われている。

しかし、日本においてこのような「定年制度」の廃止あるいは延長は、企業にとって高齢者の雇用を促進することにはならない。企業にとって定年延長を行うためには現在の年功給制度が問題となるのである。年功給制度は次第に崩れつつあるが、それでもピークは50歳前後である。つまり、20歳前後から雇用された労働者は、相変わらず次第に給与が年功的に上昇する。そして、50歳代でピークに達する。その後は、給与が下がるわけではなく、せいぜい維持される程度だ。60才を超えて会社に残る場合は、給与の大幅な低下を覚悟しなければならない。エイジズムを無くする前提としての年功給制度の廃止は、まず、新卒一括採用をやめることから始めないといけない。そして、サラリーマンは転職を普通のこととして受け入れる必要がある。65歳の労働者でも、30歳の労働者でも同じ様に能力を見極めて雇用するようになって初めて、エイジズムが解消する。

 

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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