特別インタビュー:「社会と人に真摯に向き合う人 - Vol.3 『児童虐待とファミリーホームという立ち位置』

これもまた、現代社会の歪なのでしょうか。日々、伝わってくるニュースの中に、児童虐待による痛ましい事件の報道が絶えません。世界保健機関(WHO)では、児童虐待(child maltreatment)を、「18歳以下の子供に対して起きる虐待とネグレクト」と定義していますが、その要因には、様々なものが複雑に絡み合っているようです。もちろん、加害者側の要因を取り除く対策も重要ですが、一方で、被害に遭った、あるいは遭いかねない子どもたちを守り、保護する施策も充実させていかなければなりません。それを所管する児童相談所が、十分に機能できていないともされる中、児童養護施設とともに、最前線で子どもたちのシェルターとなっているのが、里親さんであり、ファミリーホーム(小規模住居型児童養育事業)ということになります。今回は、岡山県津山市で、「ファミリーホームAnneの家」を運営される松本さんご夫妻に、児童養護施策の現実と課題について、お話を聞きました。

 

増え続ける児童虐待!!

今、日本の児童虐待件数は、年間で約16万件です。これは、あくまでも児童相談所が対応した件数であって、現実には、表面化しない事案も相当数あるでしょう。人口2億3千万人のアメリカでの件数が、ざっと300万。1億人のイギリスで100万件ですから、日本でも、100万件に到達するのではないかとも言われています。
なぜ、これほどまでに児童虐待が増えてきたか。そこには、様々な要因があるでしょうが、一つには、子育てのスキルという問題があると思います。つまり、そのスキルがないまま親になってしまうということです。もちろん、誰しも最初から持ち合わせてはいないのですが、大家族であれば、それを教えてくれたり、補助してくれる存在がいました。それが、核家族となって、子育てをするべき親が孤立してしまっているわけです。具体的には、躾と言えば叩くという選択肢しか知らない。そして、躾と暴力・虐待の境目が分からない。そんな、いわば未熟な親が増えてきているということでしょう。
一方、もっと根深い問題もあります。発達障害や知的障害などがある方が、次々に子どもを設けるというケースが多く見られるのです。中には、9人の子どもがいて、すべて父親が異なるという母親もいました。こうした場合、多くは身体的虐待よりも心理的虐待、そして育児放棄(ネグレクト)となってしまいます。

 

ファミリーホームという制度の現状。

児童虐待に遭った子は、児童相談所(児相)を通じて、児童養護施設(グループホーム)で養育するか、里親さんが預かるというのが、旧来の選択肢でした。それが、平成21年度から、その中間的な存在としてファミリーホームという定義が生まれました。里親が、<個人>の立場で4人までの児童しか預かれないのに対し、ファミリーホームは<第2種社会福祉事業>ということで、5〜6名まで児童を預かることができます。あくまでも、里親が大きくなったものであり、施設が小さくなったものではないという位置づけで、ニュアンスとしては、里親の温もりをもった施設ということを求められているのでしょうか。厚生労働省は、これを推進しようとしており、私たちも3年前、一般の里親からファミリーホームへと転換しました。


ただ、厚労省が思うようには伸びていないというのが現実です。児相が、被虐待児童を紹介する先として、まず里親、そしてファミリーホーム、施設となるわけですが、実は、支給される措置費の中の人件費に基づく事務費が、施設は児童定員数に応じてカウントされる<定員制>なのに対し、ファミリーホームは、実際の委託児童数によっての<現員制>。つまり、児相側は、施設の定員を常に満たしておかなければ、費用対効果が下がることになり、それも伸び悩む一因でしょう。


また、現場としても、形式上は施設と変わらないほどの規制がありながら、求められることは里親と同じ。なかなか中途半端な立ち位置です。一応、専業の養育者と、その配偶者(同居人)の他に、非常勤の補助者を2名まで雇えるのですが、現状、3人を預かっているうちでは、1名の補助者に手伝ってもらっています。その人材を、どこから見出すか。人件費の捻出を含めて頭を悩ます問題ですが、うちでは、美作大学の社会福祉学科から児童福祉司の資格取得を目指す学生さんにお願いするというスキームを作らせていただいています。当初は、卒論のために取材を依頼してきた学生さんに、「体験してみては」となったのが始まりでしたが、今では、学校内に「里親支援サークル」まで創ってもらい、その中から1名に、給料の代わりに家賃と食費等を負担するということで、住み込みで手伝ってもらっているのです。

 

人材育成に寄与し、レスパイトケアの受け皿に……。

そもそも里親をすることになったのは、実は、家内と結婚する際の約束でした。屋号にも掲げているように、家内が、子どもの頃に読んだ「赤毛のアン」に感銘を受けたというのが、この事業を始めたきっかけなのです。里親を始めて既に20年になりますが、家内は10年前、「もっと医療の知識を」と看護師になると宣言。見事に国試にも合格し、病院勤務を始めました。そこで、私は、別に営んでいた事業を畳み、主夫として里親に専念するようになったのです。

この土地は、自然環境が素晴らしいのですが、何より、すぐ近所にある小学校の先生方が、代々、とても温かく子どもたちを迎え入れてくださるので助かっています。ですから、ファミリーホームに転換する際も、隣の敷地を買って、耐火仕様で全室床暖房の別棟を建てました。家内も勤めを辞めて専念するようになったのですが、看護師の資格があることで、乳児を預かる場合はもちろん、うちにやってくる子は、発達障害を発症しているケースがほとんどなので、とても心強い存在です。


ところで、今、児童虐待の事件がある度に、児相の対応が問題視されます。そこには、公務員の宿命とも言える定期異動の問題があるのではないでしょうか。児童養護に関して、まったく関わりも知識もなかった方が、いきなり異動で着任する。ケースワーカーの資格を持っている方でも、一人で150件もの案件を抱えている。これでは、引き継ぎなど、有効に行われるはずがありません。そんな状況を憂いて、私は、美作大学に先述のサークルを創ってもらい、実地研修の場も提供して、人材育成に寄与していきたいと考えているのです。


また、児童虐待をする親側へのケア、さらには経験の浅い里親に対してのケアとして、育児に疲れたり悩んだりした時に、短期間気軽に子どもを預けてリフレッシュしてもらう「レスパイトケア」という仕組みが注目されています。厚労省も、これを推進しようとしているわけですが、現状、やはり予算面のことがネックとなっているようです。私は、これこそが、児童虐待の予防の緒になりはしないかと思います。そこで、児相をはじめ行政任せにするのではなく、ネットワークを組んでいる仲間とも協調して、NPO法人を立ち上げて取り組んでいけないかと準備を始めているところです。

 

NPO法人 Anneの家 代表  美作地区里親会会員松本芳也・淳子夫妻
NPO法人 Anneの家 代表 美作地区里親会会員。淳子夫人と二人三脚で里親として20年、多くの子どもを育てる。2017年4月からファミリーホームの運営をスタート。現在は、岡山県と岡山市からの委託で3人の子どもを育てている。
NPO法人 Anneの家 代表 美作地区里親会会員。淳子夫人と二人三脚で里親として20年、多くの子どもを育てる。2017年4月からファミリーホームの運営をスタート。現在は、岡山県と岡山市からの委託で3人の子どもを育てている。
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