格差を解消するための仕組み

ウォルター・シャイデルは「暴力と不平等の人類史」の中で、歴史上多くの場合、平和な時代には格差が広がることを示している。平和な時代に格差を縮小させようとする試みの多くは、失敗に終わっているのだ。その反対に、格差が縮小するのは4つの出来事なのである。4つの出来事とは、「戦争」「革命」「体制の崩壊」「疫病」である。いずれも破滅的な出来事だ。つまり平和な時代は格差が拡大することが必然であり、上記の4つの出来事なしに格差を少なくすることは出来ないようである。「21世紀の資本」で、トマ・ピケティも、戦争とインフレ以外で格差が縮小した例は殆ど無いと述べている。そうすると、破滅的なことが起こらない限り、格差は常に拡大することになるのだろうか。
しかし、ロバート・B. ライシュは、「最後の資本主義」の中で、それでも市場の作り方によって格差は解消できると述べているが、本当のところはどうか?

 

格差の解消には、2つのアプローチがある。1つは、市場をコントロールし、格差が広がらないようにする考え方、2つ目は、市場での格差の発生は仕方ないとしても、再分配によって格差を少なくする考え方である。本当に格差を少なくしようと思うのなら、1つ目の方法を用いて格差が広がることを抑え、さらに残る格差を再分配政策によって縮小することであろう。けれども、市場機能によっての格差解消は、資本主義社会において難しいとされている。特にITの発達や、AIの普及によって、格差が拡大する傾向にある。従って多くの国では、市場機能によっての格差解消よりも、再分配政策を重視している。当然ながら市場機能によっての格差解消が可能であれば、それに越したことはない。

 

市場機能によっての引き起こされる格差は、2つの構成要素から出来ている。1つは、IT企業あるいは金融業の多すぎる利益から起こるものであり、それに伴ってCEOあるいは出資者が過剰に利益を受け取ること、同時にIT企業あるいは金融業に従事する社員の給与がその他の企業に比べて高いことである。企業間の格差は広がっている。儲けすぎに対する批判は多いが、これらの企業に対して利益を抑えるか、あるいは大きな課税をする試みは成功していない。
格差はITの発達共に、かつての物づくり、つまり、手足を使っての動作を中心とした作業から、動作を伴わない労働に変化することによって生まれた。動作中心の作業は器用不器用によって差が生まれるが、その差が賃金の差になるとしても、さほど多くはない。例えば食器を作る場合、1時間に3個作るか、2個あるいは1個作るかによる差異は、共同作業によってかなり解消される。この様な昔ながらの製造業は、賃金の差異を生みにくく、仮に格差が生まれたとしても解消することは容易だろう。生産性が低い社会(発展途上国など)では、多くの職場は製造業だから、社会での格差はあまり生じることはない。しかし、生産性が機械やITによって高まると、生産に従事する労働者は減少、もしくは無くても済むようになる。

 

2つ目に企業内部での格差、いわゆる正規社員と非正規社員との格差である。この格差は、非正規労働者に対する低賃金が原因だ。多くの人が生活するための最低支出はある程度決まっているので、それに達しない場合、最低支出に見合うだけの賃金を提供しないといけない。市場によって低レベルの時間当たりの賃金の上昇を促す方法と(amazonは昨年儲けすぎの批判を受け時給の最低賃金を15ドル(1600円)にした)、制度的に最低賃金額を引き上げる方法と(1時間の最低賃金を1000円以上にすることなど)がある。市場により時間当たりの賃金を上げて格差を解消するためには 
①労働の供給に限度を設けること(その1つに外国人非熟練労働者を制限すること) 
②労動生産性を上げること(特にサービス業ではITの使用無しでも可能だ)、などが考えられる。
特に①の労働力供給の限度を利用する方法が有効だ。

 

業態として増加しているサービス業は、その主体が対人サービスなので(教育、医療介護、小売など)、機械を導入し、IT化してもさほど生産性が上がるわけではない。生産性を上げるためには、業態自体を見直す必要があるのだ。必要なことは、サービス業においても単位時間の賃金を上げることであり、今までのシステムを温存し、代替の労働者(多くは外国人)を雇うことではない。その意味で、外国人労働者の流入を一時停止し、サービスの必要性に着目し、それによってサービス業の単位時間の賃金を上げる道に進むべき方法がある。
その上で最低賃金制度を使い、賃金の底上げを試みると良いのではなかろうか。せめて、日本では最低賃金は1000円以上が必要である。最低賃金の引き上げによって企業経営は苦しくなるが、それでも色々な工夫によって、採算性を引き上げ、生き残りを図らなければならない。救済すべきは企業ではなく、個人なのである。
第2の方法としての再分配による格差の解消は、上記の施策がうまくいかないか、不十分な場合に発動されるべきだろう。

 

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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