善意の第三者-vol.1

ある病院からの紹介で、当院の療養病棟に転院して来られた70歳代の男性のお話です。この男性は、内科的な疾患で治療を受けていたのですが、意識レベルが低下して、治療の効果も期待できなくなったとの判断で、緩和ケアを希望されての紹介でした。
こちらに転院される前の主治医との相談で、ご家族は「胃瘻などの延命処置は希望されていない」と確認されたうえでのご紹介であり、担当医もそのつもりで緩和ケアに努めていたとのことです。

 

 

ところが、転院後しばらくして、「胃瘻を付けて欲しいそうです」と、病棟の看護師さんが伝えてきたのです。「えっ、転院の時と話が違うのでは!」と驚愕しながらも即刻ご家族をお呼びして話し合いをしました。

担当医が部屋に入ると、いつもいらっしゃるはずの奥様は見えず、初めてお会いする女性とご長男がいらっしゃったそうです。ただ、不思議なことにご長男は終始下を向いていて、お隣の女性が一人で「胃瘻の効果」をとうとうと述べられ、「是非、付けてほしい」としゃべり続けたそうです。

さすがに担当医も、「ところで、失礼ですが患者さんとのご関係は?」とその女性に尋ねたところ、「知り合いの者です」とのご返事。「患者さんやご家族にとって大切なお話ですので、お名前と連絡先を書いて頂けませんか」と紙とボールペンを渡したところ、「ええーっ、そんなことまで書かないといけないのですか」と拒否され、ご自分の事は明かそうとはしなかったのです。

しかし、10年前までは紹介元の病院に勤務していたとご自分から発したため、「看護師さんとお見受けしますが、今はどちらにお勤めですか」と訊いたのですが、それにも「そんなことは言えません」と、結局ご自分の身に関しては一切口を割らなかったそうです。

どうやら、この方お一人が「胃瘻信奉者」で、ご家族が煽られて今回の騒ぎになったようです。
担当医の「胃瘻に対する考え方は、10年前と随分変わってきていますがご存知ですか」との問いかけには、今度はその女性が下を向いてしまったそうです。

胃瘻については、様ざまな考え方があるのが実際で、お一人お一人の患者さんの状態やご家族のご希望も踏まえて、担当医とよく相談して決めるべきことと考えられます。
今回のように、「善意の第三者」が唐突に現れて自説を披歴することには、まじめに患者さんの事を考えている人達を閉口させることになるのは必至です。当のご長男が終始無言だったことに違和感を持った担当医が、『多分、この女性の勢いに気圧されて来院を決意したのだろう』と察して、「改めて検討した方が良さそうですが、ご家族のご希望もあると思いますし、ご紹介頂いた先生に、もう一度ご相談されてはいかがですか。こちらからも連絡を入れておきますよ」と、話をご長男に向けたのですが…。

その声掛けに、女性は一言の反応もなく、やっと顔を上げたご長男から「それでは、母とも相談して、改めて相談に参ります」とのご返事で、今回のドタバタ劇が幕を閉じたのでした。

 

とどのつまり、どういう経緯で件の女性が絡んできたのかは未だに不明ではあります。今回のように声が大きく、一見正論に聞こえる話を押し付ける、しかも医療従事者らしき雰囲気をちらつかせての「善意の第三者」にはホトホト困ります。この方が代表するように、声高に持論を展開はするものの、責任が自分に及ばないように予防する姿勢には怒りを通り越して呆れます。しかし案外、世間ではそうした方々が重宝がられているのではないでしょうか(テレビのワイドショーみたいですね)。

先に「ドタバタ劇」と書きましたが、「何度考えてもそうとしか言えない」のです。貴重な時間を浪費させられた担当医の言葉ですが、あの女性へのペナルティーも無いなんて真に日本は平和というしかありません。

皆さんの周りにも、こうした「善意の第三者」がおられるのではないでしょうか。そして、あなたがそんな第三者になられないことを祈っています。

 

※「胃瘻」は専用の処置具をおなかの壁(腹壁)から胃の壁に通して、直接胃の中に流動食などを注入することが出来るようにした状態のことで、栄養管理に用いる方法の一つです。胃瘻に対しては、賛否両論があり、詳しくは教科書に譲ります。「意識があり、ご本人が希望する場合」や、「一時的に口からの飲食が困難な時」に造設して栄養管理をして、元気になれば閉じるということであれば、その意義は大きいと言えます。実際、欧米では、こうした患者さんにしか行われません。しかし、一方で、意識が無い寝たきりの状態や治る当ての無い末期の方に、ただ漫然とした延命処置として行うことは倫理的にも問題があると思われます。こうした場合、欧米では「虐待」と言われるそうです(宗教の違いもあって、食べられなくなった時が、天に召される時という考えがベースになっているようです)。
ただ、特別養護老人施設などでは、口から食べさせることになると人手が掛かることから、胃瘻を付けてあれば受け入れるという施設も多いのが日本の現実です。それに呼応してか、胃瘻を付けると自分の病院から退院してもらえる(追い出せる?)という考えのお医者様も存在するようで、盛んに胃瘻造設術が行われたような話を耳にします。
ところが、最近ではそうした風潮への倫理面からの見直しもあって、減ってきているのが実情で、2016年の保険点数の見直しで胃瘻造設術の点数が半減した途端に、造設件数が激減したとも言われており、その裏にあった魂胆が透けて見える気がしてきます。

医療法人 寺田病院 院長板野 聡
岡山県倉敷市出身。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
以来、消化器外科、消化器内視鏡を専門として地域医療に取り組んでいます。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
「臨床外科」(医学書院)にエッセイ「1200字通信」を連載中。
2016年11月15日に短編小説集、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)を上梓しています。
2018年5月9日に「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)を新たに上梓しました。
日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器内視鏡学会指導医、日本大腸肛門病学会指導医、日本消化器病学会専門医、
がん治療認定医、日本医師会産業医、ICD認定医、三重県警察医ほか。
趣味は映画、読書、クルマ。小型船舶1級免許取得。
岡山県倉敷市出身。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
以来、消化器外科、消化器内視鏡を専門として地域医療に取り組んでいます。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
「臨床外科」(医学書院)にエッセイ「1200字通信」を連載中。
2016年11月15日に短編小説集、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)を上梓しています。
2018年5月9日に「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)を新たに上梓しました。
日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器内視鏡学会指導医、日本大腸肛門病学会指導医、日本消化器病学会専門医、
がん治療認定医、日本医師会産業医、ICD認定医、三重県警察医ほか。
趣味は映画、読書、クルマ。小型船舶1級免許取得。

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