西行のように「その時」が分り、「自然」に従えればよいのだが、現代ではここに「胃ろう」という医療が介入する。私がそのように考えるようになったのは、認知症高齢者の肺炎を治療したことがきっかけであった。まず疑問に思ったことは、認知症の終末期のようだが、すでに胃ろうが造られていたことである。
胃ろうが造られたのは、本人の希望ではない。だが、食べることができなければ、そのままでは餓死することになる。胃ろうは、食事に伴う誤嚥を避け、肺炎を未然に防ぎ、栄養を補給するための方策であった。しかし、肺炎を防止するためであれば口腔ケアも有力である。本連載第1回で述べたように、私はそう考えて、誤嚥性肺炎患者の口腔ケアを入院中から強化し、在宅においても継続することにした。結果、胃ろうの造設件数は減少した。
いま私は岡山の郷里に帰り、尾道の介護老人保健施設で働いている。この4年間、数多くの胃ろうの入所者を看取りながら、あらためて胃ろうの苦しみについて考えさせられた。確かに、胃ろうから栄養補給すれば食事の際の誤嚥を回避でき、それだけ長く生きられる。
だが、胃ろうからの栄養注入に伴い唾液の分泌が起こり、これはどうしても嚥下しなければならない。はじめのうちはよいが、認知症の進行とともに嚥下障害は進む。喉に停滞した唾液の誤嚥、さらには窒息を避けるため、口腔・咽頭の吸引を頻回に繰り返すことになり、これは本人にとって相当の苦痛を伴う。
このような入所者が増えてくると看護職だけでは手が足らず、介護職も動員される。資格を持つとはいえ本来の業務ではないので、介護職にとっても負担であろう。胃ろうからの栄養注入をひかえれば唾液は減り、吸引回数も減る。しかし、栄養を補給しなければ、早晩、死は避けられない。
この段階でどちらを選択するか、気持ちを確かめたいが、認知症である本人からの言葉はない。吸引回数が増え、それが1日に10回近くになると深夜業務では吸引が間に合わなくなって、窒息による急死となる。これは、だれにも看取られることのない哀しい死である。
そのような胃ろうから撤退して尊厳死を望むなら、最近では、高齢者の人工的水分・栄養補給について、その意思決定のプロセスに関するガイドラインが示されている。この手続きは 最初に胃ろうをつくるか否かを検討するときに説明がほしいところだ。
さて、胃ろうのメリットだが、PEGドクターズネットワークの調査(2011年3月)によると、認知症患者に対する胃ろう造設で、2ヵ月以内の死亡 19%、6カ月以内の死亡 41%、という数字が示されており、胃ろうを造って積極的に栄養を補給してもあまり有効ではない事例が相当数あるものと思われる。ここを見極める必要があるのではないか。この問題はいつも気になっていたが、今から3年前、それを解くヒントが与えられた。摂食嚥下障害のほかにも、高齢者の食べられなくなる理由があるのだ。
平成26年の秋は、多くの看取りがあった。そのうちの1人、100歳長寿で逝かれた方の半年以上も前の体重記録を振り返りながら、私は昼食のシーンを思い出していた。体重が急速に減少していたちょうどその頃、ご本人はよく食べていたのである。食べられなくなるから痩せるとばかり思っていたが、食べていても痩せるということがあるのだ。
その体重変化をみると、1月 43.2kg、4月36.7kg、3ヵ月間で6.5kg、全体重の15%の著明な減少を示していた。しかし、この間、食事摂取量はずっと10割を維持していたのだ。私が異常に気付いたのは、4月に食事摂取にムラが見られるようになり、5月には摂取量が5割と低下した時である。この頃、食事時間は20分程度であった。8月には口中に食物をためるようになり、食事は40分を要し、体重はさらに29.3kgまで減少し、褥瘡ができてしまった。
8月末、家族と看取りについて話し合い、胃ろうなどの経管栄養はせず、末梢点滴のみということで同意を得た。9月には家族にお別れの食事介助をしていただき、まもなく経口摂取不能となってからは点滴を4日間実施し、亡くなられたのである。
食べていてもやせる。激しい運動を続ける若い人ならそうだろうが、あまり体を動かすことのない介護度の高い高齢者にそのようなことがあろうとは意外であった。そこで思い当ったことがある。それはカヘキシア(悪液質)という病態である。もし今、食べられない人がいて、その人が悪液質だとわかれば、積極的な栄養は効果ないと判断するだろう。次回はこのことについて述べる。
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