慎泰俊です。アジアの途上国でマイクロファイナンスを仕事にしています。今回はスリランカのお話をしたいと思っています。
2019年4月21日にスリランカの8箇所で、同時多発爆破テロが起きました。その様子は日本でもニュースで流れていましたので、記憶に残っていることと思います。
正直なことをいうと、私は自分が働いている国でテロが起きても、自身の身の危険を気にすることはそう多くありませんでした。というのも、テロが起きるのは往々にしてお金持ちの現地人及び外国人がよく集まる高級ホテルや高級レストランであって、私が日常的に時間を過ごす場所ではないことがほとんどだからです。
表立って口にされることは余りありませんが、現地に住む一般の人々も同じように考えているように思います。「テロといっても、狙われるのはお金持ちと外国人だけで、自分たちには関係がないことだ」という声なき声を私などは感じ取っています。テロリストがこういう人々を狙うのは、お金持ちや外国人が被害に遭うことに、ニュースバリューがあるからです。 先進国に住む人々は、途上国の普通の人々の数十人・数百人が亡くなっても、さして気にしないことが多いです。ロヒンギャ問題のように、被害者が数万人・数十万人になって初めてそれはニュースになる一方で(ちなみに規模は違えど似たような問題はよく生じています)、資産家や外国人であれば数十人が被害に遭っただけで、大々的にニュースで取り上げられます。そこに命の軽重を見出してしまうのは私だけでしょうか。
話を戻しましょう。
今回のテロの大きな特徴は、一般のスリランカ人たちの精神状態にも影響を与えたことです。というのも、爆破されたのが単に外国人と富裕層が訪れる高級ホテルだけではなく、一般の人々が訪れる教会などもターゲットにされたからです。だからこそ、今回のテロのスリランカ人への影響は大きかったです。多くの人々が、自分たちも標的になるのではないかと恐れるようになりました。
結果として、多くの人が被害に遭うことを恐れ、街に出なくなりました。多くの地域で夜間外出禁止令は解除されたものの、いつも車で溢れる街が、ゴーストタウンになったかのように静かな状態が続きました。さらに、大型車の車両運行が一部で引き続き制限されているため、国内物流にも影響が出ています。登校時の被害を恐れる親や児童・学生も多く、出席率が10%にも満たない学校も少なくありませんでした。
事件から時間が経ち、全体的に状況は改善されています。5月上旬には事件との関与が疑われるムスリム200名が国外退去処分され、また犯行グループと思しき人々の逮捕も進み、それらとの銃撃戦もある程度落ち着いてきました。政府は「テロリストの95%は処分済みで、残りについては我々のコントロール下にある」と説明し、人々に日常生活に戻ることを人々に呼びかけています。実際に町の交通量は8割くらい元の状態に戻ってきています。
しかし、まだ回復していないのが観光業です。今回のテロを受けて、多くの先進国の外務省がスリランカの危険レベルを引き上げ、不要不急の渡航を取りやめるよう呼びかけています。7月末現在には状況が改善してきたものの、多くの旅行会社がスリランカ旅行をキャンセルし、空港および外国人用のホテルが静まり返るということが3ヶ月ほど続きました。スリランカのGDPの約10%を占める観光業には大打撃であり、経済への停滞が心配されています。直接的な観光セクターへの影響のみならず、観光客がよく訪れる地域では地域全体の経済状況が悪化しています。それは、私の仕事である、現地のマイクロクレジットの延滞率の上昇にもつながっています。
この国で働き始めて4年の歳月が経ちますが、スリランカはかなり難しい国の一つであると個人的には感じています。この国の人口構成は多数派のシンハラ族が8割、インドにルーツを持つタミル族(多くはイギリス人が植民地時代に奴隷として連れてきた)が1割、ムスリムが1割なのですが、この多くも少なくもない比率が微妙な問題をもたらしているように思えるのです。
つい最近まで、タミル族の過激派組織との内戦がこの国では26年間続いてきました。その背景にあったのは、シンハラ族によるタミル族に対する差別でした。
内戦の終結と共に、この問題はある程度落ち着いてきたように見えるのですが、それに引き換えてやってきたのがムスリムの問題です。インドでほぼ無くなってしまった上座部仏教のルーツの国でもあるスリランカにおいて、ムスリムに反感を抱く仏教徒が少なくないように私は感じています。ヘイトスピーチ(例えば、スリランカで毎年生まれる子どもの半分がムスリムである、といったちょっと計算すれば荒唐無稽と分かるようなもの)も日々増えているようです。今回のテロの遠い背景にはこういった宗教対立もあったのではないかと個人的には思っています。
ここまで書かせて頂いたのは、決して「だからスリランカから手を引くべきである」という主張をするためではありません。全ての国には複雑な背景があり、そのために生じる難しさがあります。ある国の暗い側面は、その国の歴史上不可避であるものだったり、その国の国民性と表裏一体のものであったりすることが多いと、私は実感しています。一つ一つの欠点を取り上げて、その国を捨てるのではなく、そういった難しさを踏まえても共に歩む姿勢を忘れないでいようと思っています。それこそが、その国を愛するということなのだと私は思うわけです。
東 大史の記事を見る
池松 俊哉の記事を見る
研究助成 成果報告の記事を見る
小林 天音の記事を見る
秋谷 進の記事を見る
坂本 誠の記事を見る
Auroraの記事を見る
竹村 仁量の記事を見る
長谷井 嬢の記事を見る
Karki Shyam Kumar (カルキ シャム クマル)の記事を見る
小林 智子の記事を見る
Opinions編集部の記事を見る
渡口 将生の記事を見る
ゆきの記事を見る
馬場 拓郎の記事を見る
ジョワキンの記事を見る
Andi Holik Ramdani(アンディ ホリック ラムダニ)の記事を見る
Waode Hanifah Istiqomah(ワオデ ハニファー イスティコマー)の記事を見る
芦田 航大の記事を見る
岡﨑 広樹の記事を見る
カーン エムディ マムンの記事を見る
板垣 岳人の記事を見る
蘇 暁辰(Xiaochen Su)の記事を見る
斉藤 善久の記事を見る
阿部プッシェル 薫の記事を見る
黒部 麻子の記事を見る
田尻 潤子の記事を見る
シャイカ・サレム・アル・ダヘリの記事を見る
散木洞人の記事を見る
パク ミンジョンの記事を見る
澤田まりあ、山形萌花、山領珊南の記事を見る
藤田 定司の記事を見る
橘 里香サニヤの記事を見る
坂入 悦子の記事を見る
山下裕司の記事を見る
Niklas Holzapfel ホルツ アッペル ニクラスの記事を見る
Emre・Ekici エムレ・エキジの記事を見る
岡山県国際団体協議会の記事を見る
東條 光彦の記事を見る
田村 和夫の記事を見る
相川 真穂の記事を見る
松村 道郎の記事を見る
加藤 侑子の記事を見る
竹島 潤の記事を見る
五十嵐 直敬の記事を見る
橋本俊明・秋吉湖音の記事を見る
菊池 洋勝の記事を見る
江崎 康弘の記事を見る
秋吉 湖音の記事を見る
足立 伸也の記事を見る
安留 義孝の記事を見る
田村 拓の記事を見る
湯浅 典子の記事を見る
山下 誠矢の記事を見る
池尻 達紀の記事を見る
堂野 博之の記事を見る
金 明中の記事を見る
畑山 博の記事を見る
妹尾 昌俊の記事を見る
中元 啓太郎の記事を見る
井上 登紀子の記事を見る
松田 郁乃の記事を見る
アイシェ・ウルグン・ソゼン Ayse Ilgin Sozenの記事を見る
久川 春菜の記事を見る
森分 志学の記事を見る
三村 喜久雄の記事を見る
黒木 洋一郎の記事を見る
河津 泉の記事を見る
林 直樹の記事を見る
安藤希代子の記事を見る
佐野俊二の記事を見る
江田 加代子の記事を見る
阪井 ひとみ・永松千恵 の記事を見る
上野 千鶴子 の記事を見る
鷲見 学の記事を見る
藤原(旧姓:川上)智貴の記事を見る
正高信男の記事を見る
大坂巌の記事を見る
上田 諭の記事を見る
宮村孝博の記事を見る
松本芳也・淳子夫妻の記事を見る
中山 遼の記事を見る
多田羅竜平の記事を見る
多田伸志の記事を見る
中川和子の記事を見る
小田 陽彦の記事を見る
岩垣博己・堀井城一朗・矢野 平の記事を見る
田中 共子の記事を見る
石田篤史の記事を見る
松山幸弘の記事を見る
舟橋 弘晃の記事を見る
浅野 直の記事を見る
鍵本忠尚の記事を見る
北中淳子の記事を見る
片山英樹の記事を見る
松岡克朗の記事を見る
青木康嘉の記事を見る
岩垣博己・長谷川利路・中島正勝の記事を見る
水野文一郎の記事を見る
石原 達也の記事を見る
野村泰介の記事を見る
神林 龍の記事を見る
橋本 健二の記事を見る
林 伸旨の記事を見る
渡辺嗣郎(わたなべ しろう)の記事を見る
横井 篤文の記事を見る
ドクターXの記事を見る
藤井裕也の記事を見る
桜井 なおみの記事を見る
菅波 茂の記事を見る
五島 朋幸の記事を見る
髙田 浩一の記事を見る
かえる ちからの記事を見る
慎 泰俊の記事を見る
三好 祐也の記事を見る
板野 聡の記事を見る
目黒 道生の記事を見る
足立 誠司の記事を見る
池井戸 高志の記事を見る
池田 出水の記事を見る
松岡 順治の記事を見る
田中 紀章の記事を見る
齋藤 信也の記事を見る
橋本 俊明の記事を見る