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人生の終わらせ方-終末期を考える

5月に「人生の終わらせ方‐終活の勧め」を書かせて頂きました。実は、「あなたの場合は、ご自分でどうなさりたいのですか」というご質問に対して書いたものでしたので、漠然とした内容になってしまったのではないかと反省しています。ただ、自分の行く末を考える良い機会になったと同時に、もうしばらくすると自分も死んでいくのだという実感も湧いてくるもので、「どうせ死ぬなら、生きているのが面倒くさくなる」という気がしてきて、しばらくの間ちょっとブルーな気分に陥りました。

さりとて、やはり目の前に自分を待っている仕事があり、生活をしていかなければなりません。ということで、面倒でも「その時」までは生きていなければならないわけですから、粛々と生を全うする方向に気持ちを切り替えなければなりません。
そんな時、廣橋 猛さんが紹介されている「4タイプの終末期」を目にしました。こちらを参考に、ここではもう少し具体的に自分の「終わり方」を考えてみたいと思います。

廣橋 猛さんは、ご自身の著書「素敵なご臨終」(PHP新書)で、人が死んでいくパターンをおおむね4つに分類して紹介されています。

 

第1は「がん」です。「がん」の治療を行うか否かは別にして、症状が出始めると弱りはしますが、案外、ぎりぎりまで元気でいることが多く、最後の2カ月くらいで急速に機能が低下すると言われています。

第2は「心臓・肺の病気の末期」です。「慢性疾患」と呼んでも良いかもしれませんが、発病後には治療を継続するものの、徐々に機能が低下していきます。その内に、何度かガクッと病状の悪化や機能の低下を来たし、少し持ち直しながらもそれを繰り返して次第に弱っていき、最後は比較的急に進んで最期を迎えることになります。

第3は「認知症・老衰」です。これはご想像通りに、何か特徴的な症状が出るのでもなく、心や体がゆっくりと弱っていき、併せてゆっくり機能が低下していくことになります。機能の低下が起こり、生活に支障が出てくれば、介護などの支援が必要になってきますが、自宅に居れば、何となく生活していけるパターンです。

第4は「突然死」です。それまで元気だった人が、ある日突然に亡くなるパターンです。昔から言われている「ピンピンコロリ」という状態で、心筋梗塞や脳血管障害などが原因になるものです。

 

では、自分はどのパターンが良いのかと考えてみます。先ず比較的はっきりと答えが出せる「嫌だ」と思うものから説明させていただきます。

 

一番に嫌だと思うのは、第4のパターンです。逝く方は「ピンピンコロリ」で良いかもしれませんが、遺された家族や同僚は大変です。勿論、日頃からきちんとエンディングノートを用意して、ご家族との最期に関する話し合いができていれば良いのでしょうが、それでもお互いに心の準備も無いままに、「挨拶」も無しではちょっと寂しいのではないでしょうか。正直、自分が突然死すると考えると、場所も日時も選べないのですから、周りに迷惑を掛けることにもなり、是非にも避けたいパターンではあります。

 

では、第3の認知症や老衰はどうでしょうか。この問題に関しては、所謂平均寿命を考える時に、日本のように平気で「寝たきり」患者を作るような国では、単に数字の上での「長寿」をそのままに良く生きた年月と受け入れることには抵抗があるようです。そこで健康にその人らしく生きている期間という意味合いでの「健康寿命」が提唱され始めています。健康寿命を延ばすためには、労働寿命を延ばすことが良さそうですが、併せて貢献寿命や成長寿命も保たなければ、「お荷物」になることになり、老害に注意しなければなりません。認知症にせよ老衰にせよ、そうなってくると自分で「老害」と気付けないでしょうから、家族に事前に伝えておかなければなりません。しかも、こうした状態になった時、往々にして肉体は元気ということが多く、本人はさておき、家族などの関係者は、いつ終わるとも知れない看護に疲れてくるのも事実で、自分的にはご遠慮したい終わり方ではあります。

 

さて、こうして考えてくると、廣橋先生が第1、第2とされたパターンのどちらかが望ましいことになりそうです。幸い、現時点で心臓や肺の疾患が無い事から、残りは第1の「がん」ですが、こちらも現時点では認められていないので、「もし、死ぬのなら」との前提で考えると、「がんが良い」という結論になってきます。(幸いにも、まだ大きな病を得ていない自分にとっては、真に贅沢かつ罰当たりな話になってきます。)

 

※「死ぬならがんが良い」と書いてきて、どこかで聞いたセリフだと調べてみたら、(私は読んでいませんが)「どうせ死ぬなら『がん』がいい」(宝島社新書、近藤 誠、中村仁一著)という本がありました。この本の存在を知った時、現場で緩和ケアや看取りをしていて矛盾しない感想を持ったため、記憶にあったようです。

 

では、何故、自分がいよいよ最期を迎えるパターンに第1の「がん」を選ぶのかについて考えてみましょう。

 

実は、何よりもその医療現場に自分がいることが、このパターンを選ぶ最大の理由と言わねばなりません。最近のがんの医療環境を考える時、安全な手術術式の確立と抗がん剤の進歩、普及が挙げられます。さらには、再発や切除不能がんで終末期が近づいた時の緩和ケアの進歩と普及にも目覚ましいものがあります。そして、何よりも自分がそうなった場合には、そうした医療や介護を受けたいと思わせるだけのレベルになってきていると申し上げても過言ではないということです。

 

廣橋先生は、「がん」の場合、およそ亡くなる1,2か月前に急に状態が悪くなるとおっしゃいます。「トイレに自分で行けないほど歩けなくなったり、食事がちゃんと摂れなくなったりしたら、予後3週間以内の可能性が高くなります」と言われています。先の認知症や老衰では、医療や介護が一体いつまで続くものか分からない不安に比べると、確かに辛い現実ではあるけれど、覚悟ができるという点では良いように思えます。亡くなる側も、「その時」を考えながら逆算することで、伝えるべき事柄を伝える時が来たのだと悟ることができそうです。

廣橋先生は、「亡くなる最後の数日前は、ほとんど寝ているようになります」と述べておられ、私の看取りの経験ともよく一致しています。さらに「無理に起こそうとせず、そっと見守ってあげるべきでしょう」と、「その時」への覚悟を持つことを勧めていらっしゃいます。そして、患者の負担になる過剰な点滴は控えることもお勧めになっています。真に看取りを経験された方の意見に賛意と敬意を表したいと思ってしまいます。

さて、亡くなる数日前から数時間前になると、不規則で浅い呼吸になってきます。これを見逃さず、ご家族に声をかけて然るべき人たちに連絡するようにお話するのも医者の務めと感じていますが。それができるのも、真摯に「最期」に向き合う覚悟のある医者でなければできない姿勢と信じています(中には、医者でありながら、そうした場面を避けている医者もいるのが事実です)。

口をパクパクして顎を使って呼吸をしたり肩で呼吸をするようになりますが、苦しいのではないことをご家族に伝えるのも大切な務めになってきます。

 

「患者さんやご家族の理解、ご了解があって」ではあるものの(そうなれるように努めるのが医者の仕事ですが)「適切な緩和ケアができれば、決して苦しまずに死ぬことができます」と廣橋先生は述べられていますが、まさに同感です。と同時に、医療者側である間はそうできるように努めて、然るべき時が来たらこうした先生にお世話になることが、自分の終活の最大の命題となるのではないかという思いに至りました。

 

廣橋先生は、「患者だけでなく、家族が後悔しないようにすることも大切」と説いておられますが、これまでに述べてきたことも、実はほとんどがご家族への説明となっていることに気付かされます。そして、「遺されたご家族は、必ずといってよいほど悩み、自責の念に駆られる」ものだと語り、患者さんの生前から家族も一緒に話し合うことで、それを拠り所に、少しでも「できることはした」という気持ちになれるのだと、家族への配慮も示されています。これらのことは、数年前に自分の父親の最期を看取った時のことを思い出させますが、あの時ほど、自分が父の最期に関われる医師をしていることに感謝したことはありませんでした(それでもなお、悔いは残るものですけれど)。

 

今回もまた、止めどない話になったようですが、廣橋先生のお話から、自分が経験してきたことが無駄でなく、また間違いでなかったと感じると同時に、より具体的な終活が出来そうです。

 どうやら、今回の検討でも、先にも書いた「今を生きることが、同時にその時を迎える準備でもある」ということにたどり着いたように想えます。

 さて、皆さんは4つの内どのタイプがよろしいでしょうか。一度ゆっくりと考えてみられては如何でしょうか。

 

医療法人 寺田病院 院長板野 聡
岡山県倉敷市出身。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
以来、消化器外科、消化器内視鏡を専門として地域医療に取り組んでいます。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
「臨床外科」(医学書院)にエッセイ「1200字通信」を連載中。
2016年11月15日に短編小説集、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)を上梓しています。
2018年5月9日に「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)を新たに上梓しました。
日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器内視鏡学会指導医、日本大腸肛門病学会指導医、日本消化器病学会専門医、
がん治療認定医、日本医師会産業医、ICD認定医、三重県警察医ほか。
趣味は映画、読書、クルマ。小型船舶1級免許取得。
岡山県倉敷市出身。
1979年大阪医科大学を卒業後、同年4月に岡山大学第一外科に入局。
以来、消化器外科、消化器内視鏡を専門として地域医療に取り組んでいます。
現在の寺田病院には、1987年から勤務し、2007年から現職に。
「臨床外科」(医学書院)にエッセイ「1200字通信」を連載中。
2016年11月15日に短編小説集、「星になった少女」(文芸社)、「伊達の警察医日記」(文芸社)を上梓しています。
2018年5月9日に「看取り請負人 死なせ屋ゴンがゆく」(ルネッサンス・アイ社)を新たに上梓しました。
日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器内視鏡学会指導医、日本大腸肛門病学会指導医、日本消化器病学会専門医、
がん治療認定医、日本医師会産業医、ICD認定医、三重県警察医ほか。
趣味は映画、読書、クルマ。小型船舶1級免許取得。

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