未曾有の被害をもたらした西日本豪雨から1年。中でも、地域のおよそ27%が冠水するという被害となったのが、倉敷市真備町です。今回は、その真備町で活動する特定非営利活動法人 岡山マインド「こころ」の代表理事、多田伸志さんに、「災害弱者にとっての西日本豪雨」といったテーマでお話を伺いしました。
多田さんは、精神科病院で当たり前であった閉鎖病棟や身体拘束を否定すべく数多のチャレンジを続けてきた「まきび病院」の一色隆夫院長のもとで、精神保健福祉士として「しばらない病院」の実践に参加してこられました。その「まきび病院」での取り組みを原点に、病院という枠を超えてまちの中での実践をと、17年前に“病”を抱えた仲間たちと立ち上げたのが、岡山マインド「こころ」というNPO。精神障がいを抱える人々が地域の中で共に暮らし、自ら事業を行っていこうということで、グループホームの運営の傍ら地ビールの醸造とビアホールの運営という活動を展開されています。
昨年の悪夢。私たちは、ある意味で恵まれた被災者でした。なぜなら、「まきび病院」に避難することができたのです。「まきび病院」は高台にありますから水に浸かることはなく、給水車のお世話にはなりましたが、恵まれた3週間を過ごすことができました。逆に、一般の避難所に向かわざるを得なかった場合を考えると、正直、ぞっとする思いです。
その後、浸水した私たちの施設も様々な方のご支援できれいになり、戻ってくることができたのですが、周囲は人っ子一人いない状態。精神科病院に何十年も閉じ込められていた人を、何とか地域の中で暮らしてもらいたいということで創ったグループホームなのに、まちの人がいなかったら、何のために出てきたか分からないわけです。そこで、私たちが今やれることをやって、まちの人らが帰ってきてもらえるようにと、「地ビールと音楽の夕べ」、「まちコン」というイベントを毎月やり続けてきました。会場準備から地ビールやコーヒーの販売、子どもたちの遊ぶコーナーなど、この一年、彼らは本当によくされたと思います。彼らにとってみたら、ともすれば周囲から疎んじられる存在である自分たちを、こうして受け容れてくれたまちの人たちへの恩返しという思いもあったのではないでしょうか。
ところで、この真備地域でお亡くなりになった51名の方。その約8割にあたる42名が、「避難行動要支援者名簿」に登録された方であったという事実があります。また、51名のうち、建物内で亡くなられた方は43名なのですが、お一人を除いて42名が一階部分で亡くなられたという調査結果もあるのです。さらに、その半数は、二階建ての家屋。これは「油断して逃げ遅れた」という単純な話ではなく、「逃げたくても逃げられなかった」ということではないでしょうか。もっと突っ込んで言えば、「避難所へ行けば迷惑がかかる」と、避難を躊躇した方もいらっしゃったのではないかと思うのです。
実際、あの状況の避難所で、例えば、オシメを替えなければならないお婆さんが何日も過ごせるでしょうか。なるほど、行政では、「避難行動要支援者名簿」というリストを整備し、「福祉避難所」というものも設定されています。しかし、そのリストが、現場でどう活用されているか。また、「福祉避難所」をどれほどの「避難行動要支援者」が知っていたのか。甚だ心許ないわけです。
確かに、行政側も想定し得ないような災害でした。そして、現場の最前線で奮闘されていた担当者の方々には、感謝の思いしかありません。しかしながら、「災害弱者」と呼ばれる方々が、犠牲になってしまったのも事実です。いわゆる土石流のように一瞬の間に襲ってくる土砂災害と違って、今回は、確かに浸水が驚くほど速く進んだというデータもありますが、それでも「逃げる」ことのできた災害でした。それが、危機回避の最後の砦とも言える「垂直避難」さえできないで、犠牲になられた方がいる現実。これを重く受け止めなければならないのではないでしょうか。
今、倉敷市では、災害公営住宅の建設を進めようとしています。効率を考えれば、これは、市営住宅の跡地などに何戸かまとめて、集合住宅のようなカタチで200戸くらいが建てられるのでしょう。でも、私たちが提言しているのは、200戸を数カ所の市営住宅の敷地内に建てるのではなくて、各被災地区、エリアごとに10戸ずつくらい建てられないか。しかも、嵩上げして3階建てにしてはどうかというものです。この1階をコミュニティの集会所にして、避難情報が出たら、まず、ここに集まってもらう。そして、いよいよ水がくるかもしれないとなったら、2階、3階へと垂直避難するわけです。やはり、高齢者などにとって、歩いて行けるところに避難所があるというのは、大きな安心になるでしょう。
災害時には、この施設に、地域の福祉事業所も、その機能を移して、担当制で避難住民への支援もできたらいいと思います。そうなれば、福祉サービスを守りながら、利用者さんを含め、その地域の人たちすべてに目配せできるはずです。そんなシステムを、この真備の地で実現できたらと考えています。
国にしても、市にしても、防災と福祉は別の機関、部署で、当然、縦割りの弊害があるわけです。であるならば、特に災害弱者とされる人たちの備えは、地域が主体となって進めるべきだと思います。地区防災計画は自分たちでつくる、「安心できる場所」の確保も、そこへの誘導も、それぞれの事情に合ったものでなければならないのです。これは、行政だけでは無理。確かに今、個人情報の問題で難しい部分もありますが、向こう三軒両隣、コミュニティの結束によって取り組んでいくべきですし、医療・福祉の事業所もキチンと地域に参画すべきです。
私たちは、精神障がいという、言ってみれば最も忌避されかねない存在でありながら、地域社会に溶け込み、まちづくりをしようと取り組んできましたから、ここで地域の人達と一緒に、もう一回、優しいまちを作り直そうと考えています。例えば「真備連絡会」という医療・福祉の仲間たちが共鳴した任意の連絡会は、昨年11月1日に被災者を支援する「お互いさまセンターまび」を開所して、「移動支援」と「生活支援」を始めました。「お互いさま復興」といスローガンを掲げて、この5月15日には「一般社団法人お互いさま・まびラボ」という、被災者同士で助け合うまちづくり会社も立ち上げました。本気でダイバーシティを創ろうと、活動を始めているところです。被災してしまった私たちだからこそ、できることがある、そして「声の小さな者」からのまちづくり、そして役割りづくりからまちが起き上がっていく。そう信じて、歩んでいきたいと考えています。
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