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高齢者の免許証返納現象から垣間見えるエイジズムの”影”

高齢者の交通事故についての報道が相変わらず続いている。

 

高齢者の運転事故の割合については、「高齢者の免許証返納について」(本サイトにて2019年5月31日配信)で、既に述べているが、今回は特に「エイジズム」との関連性について考えてみたい。

 

介護保険は、65歳以上の高齢者に対してのみ一部疾患は例外もある)適用されているのだが、それが異常な状態であることについて、世間は無関心である。厚労省も制度の対象を65歳以上という枠を外し、すべての年齢の障害者に広げようと試みていた(現在はあきらめているかもしれない)。この試みは給付対象を広げると同時に、保険料の徴収も20歳以上(現在は40歳以上)とすることを目的としていた。諸外国でも、介護保険に類するような制度は高齢者を対象としないで、障害者を対象としている例がほとんどである。日本は、障害者に対する保障と、高齢者に対する保障が分離している例外的な国である。これは、「エイジズム」を助長している大きな要因だ。つまり、高齢は、それ自体では、何ら救済の対象でもなく、若者と同じように、何らかの障害がある場合のみ社会保障の対象となるべきである。ところが現在の制度では、高齢というだけで救済の対象となるイメージを抱かせる。

 

身体的、精神的な障害が、生活に悪影響を及ぼす数々の問題の一つとして、車の運転は位置付けられる。運転の制限を行う場合、「エイジズム」を広げないためには年齢ではなく、障害の程度に応じた運転制限を行うべきだろう。特に重要な点は運転の適性検査を、すべての年齢で行う必要がある。適性検査での高齢者に対する特殊性を挙げると、年齢を重ねるに従って、急速に機能が低下する例が見られるならば、適性検査の頻度を上げればよいのではなかろうか。例えば、3年に一回の免許更新を、2年に1回、あるいは毎年行うことなどである。

それにも増して問題は、「自主」返納という考え方である。免許証を持っていても車に乗らなければ事故が起こることはない。何も免許証を返納する必要はないのだ。免許証の返納には、極めて「日本的」な雰囲気が感じられる。高齢になって周囲が免許証を返納していると、「何となく」返納しなければならない気分になり、それに従うような傾向だ。

 

この様に「場を読む」ことが、日本の社会では非常に大切だと考えられている。特に地方では高齢化が進み、高齢者は車に頼って生活をしている場合が多い。車の使用方法は場所により、あるいは、個人により多種多様なのである。運転の必要性が高い場合でも、周囲の雰囲気や、子供たちが高齢者の事故を恐れて、親に対して返納を勧める場合もある。能力はあるにもかかわらず、高齢という理由だけで差別を受けるとすれば、この様な免許証返納の動きは、「エイジズム」の典型だ。

 

日本では、問題が起こった場合、問題解決を「自主的に」行う方法がよく採られる。「自主的に」行うことは、それを命令する側が、その結果に対する責任を負わないで、命ぜられる側にその責任を転嫁する手法である。免許証の「自主」返納は、制度を作る側にも取り締まる側や車の改良を行う側にとっても、運転者に責任を転嫁するための極めて日本的な方法だ。真剣に取り組めば、身体的・精神的障害を持つ人たちの運転を禁止することなく、当然ながら陰湿な方法(免許証の自主返納など)を採る必要も無いのだ。障害者に対する色々な補助具やIT技術を駆使して、車の安全な運転を行うことが出来る方法を提案することが出来る。それをしないで、年齢のみを理由として運転を制限するのは、政府の提唱している、高齢者の社会参加を阻害するものである。

 

具体的には、全年齢で免許の指定基準を統一すること。障害者に対する車の運転のための補助具を、運転技術に不安がある場合も適応すること(ただし高齢という理由だけでは適応にならない。具体的な障害が証明される必要がある)、また、地域よって、運転制限をかける場合は、障害の有無による運転制限であって、年齢による運転制限であってはならないこと、などである。

 

認知症の高齢者に対する運転制限は、その症状が運転に対して障害になっている場合は制限する必要がある。ただし、認知症の本質は記憶障害であり、それも、エピソード記憶障害が主体である。車の運転に必要な手続き記憶は保たれる場合が多いと言われる。ただし、認知症により発生する、運転に障害を及ぼす手足の機能低下は、一般的な機能低下と同じように扱えばよい。認知の障害は、その他の疾患でも起こる可能性があるので、必要なら、免許の申請や更新の際に全ての人に認知機能検査を行うことが、エイジズムを起こさないための処置である。

高齢者が4000万人近くになり、逆に生産年齢人口が大きく減少する日本で、高齢者の社会参加は必要である。そのためには、まず、社会の「エイジズム」を排除すると共に、高齢者本人の「エイジズム」的な気分を戒め、社会からの援助を期待せず、社会に対する責任と義務をより強くはっきりと自覚する必要がある。そのうえで、社会に参加できない障害を負った高齢者に対するケアを目指さなければならないのだ。

車は高齢者の社会参加にとって、非常に有用な要素の一つである。

日ごろから車に乗る機会に乏しい有名人や、大都市の住民が免許の返納を行い、それをキャンペーンに利用することは「エイジズム」を助長することになり、厳に慎むべきである。

※エピソード記憶は、陳述記憶の一つで、「個人が経験した出来事に関する記憶」である。
※手続き記憶は、非陳述記憶の一つで、自転車に乗れるようになるとか、うまく楽器の演奏ができるようになるというような記憶で、同じような経験の繰り返しにより獲得される。 ウェキペディアより引用

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。

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