魚が減った原因

魚は、日本人にとって欠かせない食料だ。しかし、マグロの資源管理が問題となり、うなぎの資源減少のために、漁獲の制限が必要となる時に、マスコミでは、あたかも漁獲量の規制によって庶民が大きな損失を被るかのような報道がなされる。また、クジラの規制では、諸外国が日本に対して無理難題を押し付けているような報道もなされている。しかし、実態を見ると、1988年の日本の漁獲量は1278万トンで、世界(1億トン)の13%を占めていたが、約30年後の2016年には、436万トンと大きく減少し、漁獲量が伸びている世界全体(2億トン)のわずか2%になっている。

一般的に、地域の開発は、環境の保全と相反する場合が多いと考えられている。例えば、地元に工場を誘致すると、周辺への環境問題の発生やさらに言えば、原発に対する事故の懸念と地元への資金の還元など、相反することも多い。開発行為はその地域に一定の富をもたらすが、その富が地域に万遍なく配分されているかどうかが問題なのだ。地域の環境を損なったために、一部の人には利益をもたらすが、一部の人には苦痛を与えるような開発かどうか、である。漁業資源管理は、SDGsが唱える、開発と資源管理を調和させるべき典型例である。

 

水産資源管理は、エネルギー問題などと並び、継続して行うためには、地域の環境問題以前の、資源そのものが開発によって失われるかどうかの問題だ。従って、開発可能な資源管理を行わなければならない重要な分野である。その他の資源と同様に、水産資源管理は地球資源に対して、人間が多大な影響を与える状態が次第に明らかになっている。

 

アメリカ大陸からサーベルタイガーがいなくなったのは、ホモサピエンスがアメリカ大陸に移動した時期と同じであることはよく知られている。人類は自分たちが考える以上に、地球環境に大きな影響を与えている。その期間は、既に数万年に及んでいる。人類が地球に大きな負荷を与えている代表例は、環境問題である。地球温暖化を初めとして、人類が地球環境を悪化させている事例は数多く上げることが出来る。また、地球上に生息する動植物に対しても、人類が行う開発は大きな影響を与えることは周知のことだ。

 

しかしながら、陸上資源とは異なり、海の中の海洋資源は直接見ることが出来ない。アフリカでの、ゾウやライオンの減少は見た目に明らかであるが、魚資源の減少も人間の捕獲によって大きな影響を受ける。その上、ライオンやトラを人間が食べるわけではないが、水産資源は、一部のもの(イルカなど)を除くと、食料と直結している。最近出版された「日本の水産資源管理」(片野歩 坂口功著)では、この辺りの事情が明らかになっている。

 

農林水産省は、農業においても既存の農家の意向に左右され、科学的に妥当であると思われる対策を打ち出せず、日本の農業の衰退を招いている。農業と同じように、漁業においても、既存の漁師に配慮するあまり、科学的に立証された対策を怠っている。農業とは異なり、漁業は、日本だけの問題でなく近隣諸国あるいは世界と関連する問題になり、外交との共同作業が必要となる。日本の外交が上手くいっていないのは周知であろうが、水産業も同様だ。それにマスコミの一般庶民への迎合と、無知が輪を掛けている。

海洋資源は、SDGsの典型的な事例である。つまり、開発とその持続可能性とが直結しているのだ。その大きな理由は、魚は卵から成魚になるまでのライフサイクルが極めて短いのが起因していると考えられる。この様な漁獲量と資源との関係を、黒潮の大蛇行、地球温暖化、あるいは外国漁船の乱獲だとするような焦点のすり替えはよくない。

 

生物学的に分かっている資源量は、生物学的許容漁獲量;ABC(Allowable[またはAcceptable] Biological Catch)と呼ばれる。これに基づき、総漁獲可能量;TAC(total allowable catch)が設定される。科学的な検証が終わっているので、TACがABCを下回ると、水産資源は増加し、その反対の場合は減少する。極めて単純な論理である。そして、TACを守らせるためには、個別割り当て制度;IQ(Individual catch Quota)が必要である。

 

この様な水産資源の理論は、東日本大震災の後、津波による被害と放射線漏れ事故による影響で、その地域の漁業がストップした数年後、水産資源の大幅な回復が見られたことで証明された。また、大西洋のクロマグロは規制によりABC(生物学的許容漁獲量)が回復し、2014年にTAC(総漁獲可能量)が倍になったとの事例もある。海の資源の枯渇は、そのほとんどが獲りすぎのためである。それを止めるためには個別割り当て制度;IQが必要である。ノルウェーなどの漁業先進国が行っている政策は、漁獲高を科学的に類推し、生物的許容量以下に抑えるものである。そして個別の割り当ては、総量に対する国ごと、あるいは漁船ごとの比率になる。一定の量しか獲れないとなれば、小さな魚や、対象外の魚を獲らなくなる。ノルウェーなどの漁業先進国では、漁獲量が安定し、その結果漁業収入も安定して、漁業従事者の給与が良くなり若者が漁業に戻ってくる現象が起きている。持続可能な開発目標は、この様に設定されるべきだろう。SDGsに沿った行動は、抽象的でなく、目に見えるこの様な分野から行われるべきである。

 

日本の長期停滞は原因がいろいろ指摘されているが、水産資源管理に見られるように、既存の事業者の意向に過度に左右され、望ましいと思える対策が取れないことも原因の一つになるだろう。

 

公益財団法人橋本財団 理事長、医学博士橋本 俊明
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
1973年岡山大学医学部卒業。公益財団法人橋本財団 理事長。社会福祉法人敬友会 理事長。特定医療法人自由会 理事長。専門は、高齢者の住まい、高齢者ケア、老年医療問題など。その他、独自の視点で幅広く社会問題を探る。
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