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おしんの時代 -貧困児童と虐待の解決、未来の社会のための大胆な投資 

子供の貧困が6人に1人

所得が標準的な水準の半分に満たない世帯で暮らす子供が、およそ6人に1人の割合となったという。約36年前に放送されたNHK朝ドラ「おしん」が最近再放送された。おしんが暮らしたような極貧にあえいだ時代が日本にあったことが遥か昔話となり、世の中では戦後最長と言われる景気が続いている。

それにもかかわらず、6人に1人の子供が貧困家庭に暮らしている事実を、我々はどのように理解すればいいのだろうか。その貧困とはどのような状態なのであろうか、また我々はそれにどのように対処すべきなのであろうか。

 

読売新聞5月8日号

世の中が10連休に浮かれ、家族で過ごした楽しかった休暇中の話や、友人たちと海外で過ごしたOLの笑顔がメディアにあふれる5月8日、読売新聞は子供の貧困についての記事を特集した。その内容を要約し紹介する。


長崎大学准教授 小西祐馬氏
子供の貧困対策が最も必要な時期は0-5歳である。乳幼児期に貧困家庭で育つことがその後のライフチャンスを最も深刻に脅かすことが、海外の研究で明らかとなっている。わが国では乳幼児がいる家庭の経済的支援が手薄で、子育ては家庭任せの状態である。子供が成長した後の学力対策や進学支援に重点が置かれている。親世帯の貧困の所為で精神的な余裕を失って、子供への虐待のリスクが高まり、親から褒められない子の自己肯定感が低くなるため、否定的・攻撃的なコミュニケーションのスタイルが身についてしまう。

これを解決するために1)保育所の活用、2)経済的支援が必要である。厳しい家庭環境から離れて、保育所の給食で栄養も取れて友達と遊び、先生からは褒めてもらえる。目標に向かい、友達と協力する能力も育まれる。経済的に苦しい家庭が必要としているのは就業支援でもなければ、社会教育でもなく「お金」であることがどの調査でも明らかになっている。長期的には国の集めた税金や社会保険料を、子供のいる世帯に手厚く配分する再配分機能を強化することが望ましい。


大妻大学 林明子氏
貧困世帯の子供は、家庭生活の中で過重な家事を担っていることが有り、その対策が必要である。困窮家庭の中では、子供が家庭生活を維持する中心となることがある。勉強をする時間が取れないために授業についていけず、貧困のため部活動などへの参加も制限される。政府方針では子供の教育、生活の支援、親の就業支援等がうたわれているが、それに加えて子供の置かれた状態に即した支援、ヘルパー派遣、配食支援などが必要である。


アフターケア相談所、「ゆずりは」施設長 高橋亜美氏
児童養護施設退所者や貧困、虐待の中で育った人の相談を受けている。20歳-30歳代が中心で40歳代も少なくない。相談から分かることは、貧困家庭の子供の支援は子供期だけでは十分でなく、大人になってからも続く「伴走型」であるべきだ。家庭というセーフティーネットのない彼らは大人になっても生きづらさを感じている。日本の社会は「生活が苦しいのは自分の努力不足だ」と失敗を許さない風潮があるからである。貧困家庭に育ったのは本人の責任ではない。しかし、その影響は大人になっても続き、生きることを困難にしている。つらい時には人に頼っても良いという感覚が育まれるように「伴走する」ことが、同じ社会に生きる一員として我々の役割だ。

 

 

貧困が与える影響

ベーシックインカムを唱えるルトガー・ブレグマンの「隷属なき道」(文芸春秋)には刺激的な見出しが並んでいる1)
「貧困は個人のIQを13ポイントも低下させる」
「福祉はいらない、直接お金を与えればいい」
この見出しからは2つの重要な点が見て取れる。第1は子供の貧困を解決することは個人の可能性を増大させると共に、犯罪を減少させ社会の安定化と発展に結び付くということである。私たちがより良い社会を作るためには、子供の貧困を無くすことが重要なのである。海外の研究では、貧困の中で育った子供は問題行動を起こす傾向が強く、貧困を脱することにより問題行動の減少が明らかとなっている。また貧困から脱する年齢が低ければ低い程その効果は高い。第2は貧困の解決にはフリーマネー(自由になるお金)を直接与えるのが有効だということである。マーガレット・サッチャーは、かつて貧困を「人格の欠陥」と呼んだ。我が国でも高橋亜美氏が言うように「貧困の原因は貧困者が怠惰だから、努力をしないから」という考え方が根強い。それを矯正しようと就労支援や、技能教育、ハローワーク、失業保険、カウンセリング、等々の多大なコストを掛けた政策を実行している。しかしワーキングプアー、非正規労働者、雇い止めなどの活字が並ぶところを見ると、にわかに改善しているとは言い難い。貧困の本質はどうも経済学者チャールズ・ケニーが言うように、「貧乏人が貧乏である第一の理由は、十分なお金を持っていないことにある。」に尽きるようである2)


ブレグマンは貧困を解決するためにはただお金を与えれば良いと主張する。フリーマネーが貧困の撲滅に功を奏した例は、ナミビア、マラウイ、ブラジル、ウガンダ、インド、メキシコ、南アフリカなど挙げればきりがない。そこでは①各家庭がお金を上手に利用し、②貧困が減少し、③収入、健康、税収の面で様々な長期的利益がもたらされ、④プログラムにかかるコストは少ない3)。さらに、生活するのに必要な現金をすべての人に与えるというベーシックインカムの社会実験はすでにイギリス、カナダなどで行われている。当初は失敗とされていたが、その後の解析により実際は大成功であったといわれている(詳しくは「隷属なき道」参照)。貧困家庭にはお金を支給することが求められている。

 

 

宇宙人の「子ども手当」

2010年に民主党主導で実施された「子ども手当」をご記憶であろうか?「宇宙人」と揶揄された鳩山由起夫内閣において実施されたもので、15歳以下の子供を扶養する保護者に対して月額2万6千円を支給するというものであった。財源の逼迫によって1万3千円に減額され、自民党政権に交代した後は児童手当と名前を変えて存続している。当初1600万人(15歳までの子供の人口)x 2万6千円x12ヶ月=4兆9920億円という金額が多すぎると考えられたこと、支給されるのが本人でなく扶養者であること、などから評判の悪い政策であった。親が勝手にギャンブルに使ったらどうするのだ、とか、親が使わずに貯金に回したら「子ども手当」なのに子供のためにならない、などの意見が噴出した。私の周りでも(私を含め)多くが酷評した政策である。

 

しかし今となっては、ひょっとすると悪くない政策であったのかとも思える。できればもっとどーんと、例えば10倍の規模で行なうべきではなかったかと思う。もちろんその背後にある(当時あったのかどうか不明だが)考え方を丁寧に説明する必要はあったろうが‥。

 

現在では最大月額1万5千円、所得制限や年齢による減額なども加えると、年間1兆4000億円程度の予算で運営されている。大雑把な計算では1人の子供が15歳までに最大200万円程度の補助が出る計算となる。これを例えば、全ての子供に月額10万円支給すればどうであろうか。多くの困窮家庭が経済的なストレスから解放されるのではないだろうか。所得に関わらず全ての子供に支給することで中所得層からも歓迎されるはずである。10歳まで支給するとするとざっと10兆円必要である。10兆円は多すぎるとお考えであろうか?

 

しかしすでに我が国では高齢者の介護に10兆円使っており、これはさらに自動的に増加する仕組みが出来ている。無限の可能性を秘めた子供を虐待から守り、貧困から解放することは彼らが成人したのちの日本の社会を良くすることに直結する。ひょっとすると少子化対策にも結びつくかもしれない。

 

 

児童虐待と貧困、機能しない児童相談所ー一切れのパンを配るのに3人の公務員

連日児童虐待の報道が続いている。中嶋らが報告しているように4)多数の研究報告によれば虐待の背景には生活基盤の脆弱性(貧困、経済的困窮、経済的困難感)がある。報道で責められているのは児童相談所の対応であったり、警察の対応であったりする。では児童相談所の相談員を増やしたり、警察を介入させれば問題は解決するのであろうか?いくら相談員を増やしたところで虐待そのものが無くならなければいたちごっこ、不毛な方策になりそうである。権限の委譲のないままに相談員を増やすことは「一切れのパンを配るのに3人の公務員を雇う」という笑えない話に他ならない。思い切って児童相談所は廃止し売却、その費用を加えフリーマネーを全ての児童を持つ扶養者に与えることが良いのではないか。子供を持つすべての家庭に充分な経済的支援を行う。虐待の解決法はこれに尽きる。貧困とそれに起因する虐待の解決は、10年後、20年後の日本の社会の平和と安定につながるのである。

 

1)隷属なき道 ルトガー・ブレグマン著 野中香方子訳 文芸春秋社
2)Charles Kenny. For Fighting Poverty, Cash is Surprisingly Effective. http://www. Bloomberg.com/bw/articles/2013-06-03.
3)Joseph Hanlon et al., Just Give Money to the Poor. (2010) pp.6.
4)中嶋裕子 子どもをめぐる貧困と虐待

岡山大学大学院ヘルスシステム統合科学研究科教授松岡 順治
岡山大学大学院医学研究科卒業 米国留学を経て消化器外科、乳腺内分泌外科を専攻。2009年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科、緩和医療学講座教授、第17回日本緩和医療学会学術大会長。現在岡山大学病院緩和支持医療科診療科長、岡山大学大学院保健学研究科教授 緩和医療、高齢者医療、介護、がん治療の分野で研究、臨床、教育を行っている。緩和医療を岡山県に広める野の花プロジェクトを主宰している。
岡山大学大学院医学研究科卒業 米国留学を経て消化器外科、乳腺内分泌外科を専攻。2009年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科、緩和医療学講座教授、第17回日本緩和医療学会学術大会長。現在岡山大学病院緩和支持医療科診療科長、岡山大学大学院保健学研究科教授 緩和医療、高齢者医療、介護、がん治療の分野で研究、臨床、教育を行っている。緩和医療を岡山県に広める野の花プロジェクトを主宰している。

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