人間が生活する上で、自然の欲求に任せて行動すると、差別が発生する。人間社会は成熟するに従って、自由、平等、人権、多様性などを実現するために、まず、差別を無くすることを目標とした。自然の状態で差別が発生するなら、人間は「理性」の力で差別を克服しないといけない。自然の状態とは、人間相互間の能力の差、歴史的経緯、あるいは国力の差などで生じる状態だ。自然の状態での差別を理性の力で克服しようとする努力が続けられ、20世紀後半には、「人種差別」を無くしようとする試みが各国で数多く行われ、その後、「女性差別」の撤廃も現在進行中である。この二つと同じように問題となっているのが、「年齢差別」つまり「エイジズム」と呼ばれる。
世界は高齢化真っ盛りである。マルサスが人口論で危惧した人口の膨張とは裏腹に、先進国では人口減少に悩まされている。少子化と平均寿命の延長が起こっているのだ。アジア、アフリカの発展途上国では未だ人口増加が続いているが、早晩、経済成長が進むにつれ、先進国と同様に高齢化が起こる。今までの様に、80歳以上の人は非常にまれであった時代と違い、現在先進国では、80歳以上の人は人口の大きな割合を占めている。その中には、健康で仕事が出来る人も多いが、虚弱で自立が難しいだろうと思われる人も多い。
世間と個人の認識は、前述の過去の歴史的な慣習に縛られている。平均寿命が短く、高齢者が少ない時代には、賢い高齢者の経験は貴重なものだった。また、社会は「いえ」を基軸として成り立ち、その長である成熟した高齢者の地位は高かった。そうは言っても、昔は精々60才代~70才代までしか生きられなかった。高齢者を尊重する社会でも、高齢者が尊重されるのは、財力と地位とを持っている場合、あるいは人間的な力が強い場合である。この様な一般的な高齢者像が規範となり、社会は高齢者に対する一般的、倫理的な向き合い方を決めたのである。恵まれた高齢者像とは反対に、「いえ」の中心になることが出来ない場合や、体力的な比較で劣る高齢者は、「役立たず」として、侮蔑や嘲笑の対象となり、尊厳を失って生活する場合も多かった。つまり、財力を持っていれば尊敬されるが、そうでない場合は尊厳を失うのである。
「いえ」制度が崩壊して、社会の中で個人は個別化し、結果的に個人単位の社会になっても、しばらくの間は、昔の高齢者像が社会規範となっていた。すなわち、社会に君臨し、財力を持っている高齢者と、片や社会から取り残され惨めな生活に陥っている高齢者である。個別化した社会からの攻撃は、後者に対しては、とりわけ強くなった。高齢者とは、もうろくして忘れっぽく、とぼとぼと歩き、病気がちであるとの印象が植え付けられ、侮蔑や嘲笑の対象となった。一方で普通選挙制度を背景として、高齢者の数が多くなると、選挙の票を目当てに、高齢者に対する優遇政策が目立ってきた。医療や介護のみならず、一般の社会生活においても、優遇された料金(イベント会場の入場料、乗り物の料金など)が高齢者に対して提供された。これらの嘲りと優遇策は共に高齢者は特別の存在であることを印象づけ、それを強化する作用を持ったのである。結果として、現在の日本での社会保障政策は、高齢者寄りと言われるようになった。
日本の現在の高齢者に対する制度は、高齢者を社会の一員として処遇するのでなく、社会から隔離し、別集団として扱う傾向を強めるようになっている。これがエイジズム(老人差別)の本質である。「高齢者」のキーワードは、色々な場面で登場する。高齢になって本当に問題となるのは、認知症でも無ければ、ロコモシンドローム(身体的な筋力の衰え)でも無い。社会が高齢者を隔離し、排除する姿勢にあるのだ。社会の姿勢と同期して、高齢者自身も社会に入ろうとする意思がなくなることも注意すべき点である。
高齢は、それだけで社会から区別される問題ではない。身体的、精神的な障害、あるいは貧困が高齢者に存在すれば、それは、社会が救済すべき対象となる。しかし、高齢というだけでは特別の対象とみなしていいわけではない。むしろ、高齢者はできるだけ社会に溶け込んで、社会の一員としての誇りと責任を持たなければならないのだ。
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