「子どもに虐待をしてしまう親たち」
子どもに虐待をしてしまう親の回復に関わって15年になります。
子どもへの虐待は、決して許されることではありません。例え、躾のつもりであったとしても、どんな理由や背景であろうとも、正当化されるものでも無いし、免罪されるものでもありません。私が関わってきた親たちがしてきたことは暴力です。子どもへの人権侵害です。しかし、親たちが語られる人生の背景や置かれた環境には、「生き辛さ」「深い心の痛み」が在ることが分かります。人として大切にされてこなかったのです。親からの体罰や虐待、ネグレクト、いじめ、性被害、DV等々、さまざまな暴力に晒されてきたのです。
語りに耳を傾けていると、「自分も同じような立場に置かれ、誰からも助けてもらえなかったとしたら、同じようになるかもしれない」そう思うことがあります。虐待に至った親たちは、特殊な人たちではありません。いろんな状況が重なれば、誰しもなり得ることだと思います。
目黒区の結愛ちゃんや野田市の心愛ちゃんなど、ひとたび虐待事件が発覚すると、テレビや新聞が虐待をテーマに番組や記事に取り上げるので、人々の関心も高まります。虐待をした親の言動への非難の声も高まりますが、一方で、ここに至るまでにこの親子にどんな支援が出来ただろうか、どんな法律や制度、システムがあれば、尊い命を救えただろうかと考えさせられます。このような悲惨な結果をもう二度と繰り返さないためにも、しっかりとした支援体制が必要なのだと痛感し、活動を行っています。
「回復する力を信じて」
虐待を受けている子供たちは、保護の後、実親と暮らせない場合は施設での暮らし、里親との生活などが待っていますが、私たちは実親の虐待を止め、親子が一緒に暮らせることが最善であるという思いから活動をしています。
子どもを虐待してしまう親の回復のためのプログラムの実践を通じて、私はこれまでに、約300人の親と出会いました。親たちはこのプログラムを通じて、自分の内面と向き合い、自分を受け入れ、自分の生き方を変えていきました。親たちの変化や子どもとの関係を修復していく姿に、とても感動します。人間って、なんと力のある存在なのだろうかと幾度となく思いました。
MY TREEでは、「なめらっこ」と言っていますが、虫食いや傷つきのある林檎は、その傷を修復しようと、どんどん甘くなります。人も同じです。傷や痛みを乗り越えて生きてきた人ほど、味わいのある人生なのです。専門的には「レジリアンス」と言います。回復する力です。自分自身を抑圧してきたものを跳ね返す力は、心の回復力と言えるものです。抑圧してきた力が大きければ大きいほど、跳ね返す力も大きくなります。
この力は、誰もが持っている力です。どんなに困難な状況にあっても、回復が不可能としか思えない状態であっても、回復する力は内包されているのです。私たち支援者は、その力を信じることを忘れてはなりません。
「MY TREEの自己回復プログラム」
MY TREEペアレンツ・プログラム(以下MY TREE)は森田ゆり 1)が2001年に開発した子どもを虐待してしまう親の回復のためのプログラムです。
虐待に至った親への支援は、重要ながらその認識がなされていないのが現状であり、様々な支援の中でも最も根本的な部分と言えます。
このプログラムでは、「セルフケア」と「問題解決力」の回復を目的としています。セルフケアは、親自身が自分をいたわり、自らを楽しませることが出来るようになることです。問題解決力は、直面する様々な困難や課題に取り組む力です。新たに力を付けるのではなく、本来持っている力を活用できる能力です。人の力を借りられることも問題解決力の一つです。
MY TREEでは、10人程度でグループを作ります。個人名や住所などは伏せて参加します。互いは、ニックネーム(マイツリーネーム)で呼び合います。そこに2~3人の実践者(進行役)が入ります。1回のセッションは120分です。毎回、5つ(尊重、守秘、正直、出席、時間)の約束事を確認し、丹田呼吸や瞑想などを行います。そして学びの時間です。学びでは、「怒り」などの感情についての理解やコミュニケーションの仕方や体罰に代わる躾の方法などを学びます。ワークなどをしながら、体験的に学んでいきます。後半は自分について語る時間です。一人あたり3分です。話すテーマは自由です。話したいことを話してもらいます。(※詳しくはMY TREEペアレンツ・プログラムについて書かれた本「虐待 親にもケアを」森田ゆり著 築地書館を参照ください)
あるがままの自分を語ることで、受容され共感される感覚を体感し、メンバーの語りに心を震わせ涙する、そういった過程が人の内面の回復に必要です。もちろん回復は順風満帆に進むものではありません。時に心の痛みを伴います。一時的に逆行することもあります。人は、行きつ戻りつ、螺旋状に変わっていくのです。
「必要な親に必要な支援を届けたい」
MY TREEは2001年に開発され、これまでに1138人(累計)が修了しました。現在、全国に13の実践チームがあり、児童相談所や市の子ども家庭課などの行政機関のほか、民間でも実施しています。毎年、70~90人がプログラムに参加されます。全国には、MY TREEを必要とする人は沢山いるはずですが、実際、自主的にプログラムを受けたいと支援を望む人は一握りです。多くが支援に拒否的で不信感を持っています。必要な親に必要なプログラムを受講させることが大きな課題です。アメリカ、オーストラリア、韓国など諸外国がしているように、日本も受講命令のような法的な強制力を制度化することが必要だと思っています。親子分離後に(在宅支援も含む)家族再統合(再構築)が可能になるように親の修復支援が不可欠です。
MY TREEは関東や近畿には実践チームがありますが、北海道、東北、北陸、中国、四国、沖縄にはありません。全国の必要な人に受けてもらえる受け皿となる実践チームの養成、育成も急がれる課題です。
親が変われば子どもも変わります。子どもたちの心が豊かになれば、未来の社会も変わります。私たちは、すべての子どもが「この親でよかった」「生まれてきてよかった」「自分は愛されている」と感じられるような社会を目指しています。
1)森田 ゆり
作家・エンパワメント・センター主宰 、 元立命館大学客員教授。元カリフォルニア大学主任研究員。米国と日本で、多様性人権、子ども・女性への虐待防止専門職の養成に37年携わる。
1985年にCAP(子どもへの暴力防止)プログラムを日本に紹介。1997年からは行政、企業、民間の依頼で、多様性、人権問題、虐待、DVなどをテーマに全国で研修活動。
第57回保健文化賞、産経児童文化賞、朝日ジャーナルノンフィクション大賞、全米ヨーガ連盟賞受賞 . 著書に「虐待・親にもケアを」「子どもの性的虐待」「子どもと暴力」(岩波現代文庫)、「しつけと体罰」「気持ちの本」(ドメスティック・バイオレンス」「多様性トレーニングガイド」「エンパワメントと人権」「聖なる魂」(朝日新聞社)その他、英・日語著書多数
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