「老衰」を予感する 

 抱き起こす患者の軽し冬の月   華苗

 

厳粛な予感を秘めた句である。下弦の月の光の下、その人影が目に浮かぶようだ。

さて、十分に生きた末、自然に死を迎えるという老衰、その老衰の高齢者に寄り添う看取りについて考えてみよう。

 高齢者終末期の余命
まず、人生の最終段階に必要なケアを適切なタイミングで示し、話し合わなければならない。いつ看取りのケアを開始するのか。差し当たって余命の予測が必要と思われる。しかし、この問題について、日本老年医学会の「立場表明」2012をみると、高齢者は複数の疾病や障害を併せ持つことが多くて、多様な経過をたどっているので、がんの場合と比べると余命の予測が困難とされている。日本緩和医療学会の調査においても、非がん疾患の場合、その予後予測や終末期かどうか、緩和ケアを提供すべきかどうかの判断が難しいとしている。

がんと非がん、その終末期の違いは日常生活動作(ADL)の経過に明らかに示される。がんではおよそ死の2ヵ月前くらいから急激にADLが低下し、苦痛、倦怠感などの症状が厳しくなる。腎不全末期も同様である。慢性の心不全や呼吸不全は緩解と増悪を繰り返しながら低下する。難治性の神経疾患、認知症終末期でのADLは長らく低下しており、ADLの変化から予後の予測は難しい。

 余命の予測にこだわることなく、終末期のケアを考える
この問題に対し、英国の総合医の団体の提唱するゴールド スタンダード フレームワークでは、余命の予測にこだわることなく、終末期のケアを必要とする人を早期に同定するよう努めるとしている。高齢者の終末期を12ヵ月以内の死亡が予期される期間とし、その一般的指標として、ADLの低下、要介護、進行性・難治性疾患の合併そして繰り返される入院等に加えて、体重などの栄養指標を挙げている。

日本でも全国老人福祉施設協議会により看取り介護指針・説明支援ツールを打ち出している。この指針では終末期の経過を、①衰弱傾向の出現 ②衰弱の進行 ③回復の望みなし ④逝去間近の各段階に分けて、症状とその説明、意向の確認、なすべきケアが具体的に示されている。それらは生命予後を数字で言い表すためではなく、必要とされるケアを行うために終末期のステップを設定しているのである。

 終末期のADLと栄養
さて、認知症高齢者の多い介護施設入所者について言えば、先に述べたように、ADLは既に長らく低下しており変化に乏しい。しかし、介護、とりわけ食事介助の問題は終末期には徐々に大きな問題となる。摂食嚥下障害、食餌に無関心、食欲低下、傾眠などのため、1時間も以上もかけて食事介助するなど、介護者の負担は増す一方である。

どこまで経口摂取を続けるのか、本人はもとより介護者のためにも、数量的、経時的に示される客観的指標が欲しいところである。特別な検査ではない、普通の栄養指標である。これについては、体重は、少なくとも月に一度は測定されており、食事摂取量は日々、朝昼夕と記録されている。そこで、これらの栄養指標の変動に注意することによって余命の予測が可能になるのではないかと考え、鳥取市の介護施設の入所者を対象にして調査(2013年1月~2016年2月)を行った。

 終末期の体重と経口摂取
まず体重減少については、6ヵ月間に体重の10%(BMI<25)を超える深刻な体重減少が施設入所者の21%に認められた。死亡者に関しては、この「体重減少」は死亡前1年間に85%と極めて高率に認められ、「体重減少」が死亡リスクの重要な指標であることを示していた。

次に、死亡者のうち「体重減少」と「必要エネルギー摂取減少」の双方について調査された者は87名であった。このうち、この6ヵ月間に体重の10%以上に及ぶ深刻な体重減少が始まる時期と、エネルギー摂取が必要量以下(17.5Cal/kg以下)になる時期から、それぞれの死亡までの期間を調査した。その結果、「体重減少」から死亡まで平均6.1ヵ月、「エネルギー摂取減少」から死亡まで3.4ヵ月であった。したがってさまざまな指標をまとめて漠然と終末期というのではなく、この体重と栄養摂取の二つの指標を用いて余命の期間を示しながら、必要なケアを段階的に説明できるのではないかという結論に達した。

体重減少の原因としては、エネルギー消費の亢進あるいは摂食量の減少、この二つのメカニズムが考えられる。高齢者の終末期は要介護で、身体活動が少なく、摂食嚥下障害を伴うことが多いので、摂食量の減少が体重減少を引き起こしていると考えられやすい。しかし、今回の調査では「エネルギー摂取減少」が「体重減少」に先行するケースは極めて少数で、逆に「体重減少」が「エネルギー摂取減少」に先行する例が多数を占めていた。

 終末期体重減少の原因はカへキシア
体重減少については、食事の内容や形態は栄養士が、食事摂取については介護士がそれぞれ注意して対応している。減少の当初には、エネルギーの増量や補給を考慮するが、それにもかかわらず体重が減少するということになれば、体内でのエネルギー消費が何らかの理由で増大し、エネルギー摂取が相対的に下回ったための体重減少と考える。このような代謝異常はカへキシアの病態で見られることが知られている。具体的には、慢性炎症、臓器不全、認知症など、老化を代表する諸疾患による炎症(その原因物質はサイトカイン)がエネルギー消費の増大を引き起こす。これが長期間繰り返されることにより、食べていても痩せるということになるのである。

 「老衰」の成就

老衰の始まりから老衰死に至るまでの間、痩せて食欲が細る中で、本人の苦しみにならないよう配慮しながら食事を調整し、介助に工夫と注意を払うのは栄養士、介護士、看護師である。体重減少が認められた際には、補助食品を用いて摂取カロリーの増量・維持を図り、食欲の低下、嚥下機能の低下のためその維持すら困難となれば、無理のないように食事介助を続けるのである。というわけで「老衰」は、カへキシアという命の終焉を造り出す自然の働きと、そのことをわきまえて看護・介護する人の働きと、この二つの働きによって成就する。だから介護をする人は、冒頭の句1)にあるように、その人の死を予感することができるのである。

1)抱き起こす患者の軽し冬の月 華苗(五五選集Ⅱ やまびこ俳句会 平成24年春)

鳥取市立病院 名誉院長田中 紀章
昭和43年大学卒業後、平成8年から大学にて、がん医療、肝移植、再生医療、緩和医療分野で活動。その後、鳥取での勤務において高齢者医療・地域医療の問題に直面し、病院の組織改革に取り組んだ。現在は、鳥取と岡山の二つの介護施設で臨床に従事する。
昭和43年大学卒業後、平成8年から大学にて、がん医療、肝移植、再生医療、緩和医療分野で活動。その後、鳥取での勤務において高齢者医療・地域医療の問題に直面し、病院の組織改革に取り組んだ。現在は、鳥取と岡山の二つの介護施設で臨床に従事する。
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