AIが固定するかもしれない国間格差

最近「AI Superpowers(AI超大国)」という本を読みました。著者であるリー・カイフーはスタンフォード大学でAIの研究者をした後に、ベンチャーキャピタリストとなった異色のキャリアの持ち主です。2018年11月に出版された本書は一部で大変な話題となっています。

本書ではAIの簡単な歴史と今後の潮流がよくまとめられているのですが、それを紹介するのが本稿の役割ではありません。今日お話をしたいのは、AIの進歩によって途上国と先進国間の格差が一定期間埋まりにくくなる可能性についてです。

AIと格差の話をした時に最もよく議論されるのは、先進国内の仕事がAIによって代替されることです。AIは今のところ人間の感情の代替はできませんが、頭脳の代替をできるものが増えています。結果として人と人とのつながりが重視される仕事や高度な判断力を求められる仕事などを除き、様々な仕事が代替されていきます。例えば本書は、今後15年のうちにアメリカ国内の仕事の40~50%がAIによって代替されると主張しています。

雇用が失われるのを補うのに十分な仕事が数年で生み出される可能性は低いため、結果的に一定数の人が仕事に就きにくくなります。労働時間の短縮や従業員の再訓練をしても、限界があるでしょう。そして、AIによる機械の自律化・自動化によって仕事を失う人がいる一方で、そのような仕組みを作り出した人々は、莫大な富を手に入れます。それは所得格差の拡大をもたらします。ジェフ・ベゾスをはじめ、近年において多くの起業家たちがベーシック・インカムを含めた再配分の議論をしているのは、そのような未来が現実のものになる可能性が高いと予想しているためでしょう。実際、ジェフ・ベゾスが率いるアマゾンの倉庫には既に人間がほとんど存在しなくなっています。

ただし、この「AIによって雇用が失われる」議論はここ数年ずっとされていたものであり、新しくはありません。私が本書を読んでハッとさせられたのは、「AIの進歩により、途上国が先進国にキャッチアップするのが難しくなるかもしれない」という主張です。そして、考えるうちに、実際そういったことが起きる可能性は高いのではないかと思うようになりました。

なぜそうなるのかを説明しましょう。

よくある途上国の先進国へのキャッチアップは、人件費の低さを利用して、価格競争力のある製品を作り、それを海外に輸出することによって実現します。初期は紡績業のような労働集約性が高い産業から始まり、後には製造業がその主役となります。

しかし、AIがフルに導入されて機械の自律化・自動化が進むと、途上国の価格優位性が失われる可能性があります。

例えば、先進国で生産活動をしている企業Xが、自律的に製品を作り続けることができる機械を全面的に導入するとします。そうすると、その企業が生産する製品にかけているコストのうち、人件費の占める部分がほぼ存在しなくなっていきます。

そういった高性能の機械は高額なので、初期的には企業Xが生産している製品における機械関連費&人件費の割合は、途上国で同じ製品を生産している企業Yにおける機械関連費用&人件費より高いかもしれません。しかし、過去のアルゴリズム進化の歴史を見ると、ほぼ確実ですが、 いつか両者の関係が逆転する日がやってきます。

そうすると、企業にとってはモノをどこで生産しても、必要な費用が同じになる日がやってきます。もちろんまだ途上国の土地代の方が安いという利点は残りますが、関税や輸送費などでそれらが相殺されるとなると、途上国で生産された製品は国際的な競争力を失っていきます。結果として、先進国企業らの生産拠点の途上国へのシフトは止まることになります。これまで多くの途上国の農村を発展させてきた先進国企業の工場設置が減っていく可能性があるわけです。

この場合、AIによって雇用が大幅に失われるような産業(自動車製造業など)においては、途上国はこれまで使ってきていた人件費の安さを武器にできなくなります(観光業などは違いますが)。そうすると、これまで輸出で稼ぐうちに教育分野に投資して、国民の高度人材化を進めて先進国にキャッチアップしてきた日本、韓国、台湾や中国のようなことが出来なくなります。キャッチアップをするとしたら一足飛びに先進国レベルの高度人材を育てる仕組みを作る他に方法がなくなりそうです。

技術進歩は止まりませんし止めるべきでもないので、今からやるべきことは何としてでも国内の高度人材訓練を急ぐことでしょう。私の仕事は教育ではありませんが、現地で雇用している従業員らへのトレーニング等を通じて、少しは貢献したいと思っています。

これが杞憂であればいいのですが、機械の自動化・自律化が進展すると、実際にここまで述べたようなことが起きる可能性が高い気がしています。外需にあまり頼らずに成長を続け、人材の優秀さも折り紙付きのインドなどは大丈夫かもしれませんが、多くの途上国において、これまでのようなキャッチアップモデルが成立しなくなると、経済成長率が現在の予想よりも低くなる可能性もあります。

五常・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役社長慎 泰俊
1981年東京生まれ。 朝鮮大学校政治経済学部法律学科卒業。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。モルガン・スタンレー・キャピタル、ユニゾン・キャピタルを経て、2014年7月に五常・アンド・カンパニー設立。仕事の傍ら、2007年にNPO法人Living in Peaceを設立し、代表理事を務める。著書に「働きながら、社会を変える。~ビジネスパーソン『子どもの貧困』に 挑む」(英治出版)、「ソーシャルファイナンス革命 ~世界を変えるお金の集め方」(技術評論社)など。
1981年東京生まれ。 朝鮮大学校政治経済学部法律学科卒業。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。モルガン・スタンレー・キャピタル、ユニゾン・キャピタルを経て、2014年7月に五常・アンド・カンパニー設立。仕事の傍ら、2007年にNPO法人Living in Peaceを設立し、代表理事を務める。著書に「働きながら、社会を変える。~ビジネスパーソン『子どもの貧困』に 挑む」(英治出版)、「ソーシャルファイナンス革命 ~世界を変えるお金の集め方」(技術評論社)など。
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