認知症という病気はない。と言うのも、物忘れなどの認知機能低下を引き起こす病気はアルツハイマー病、血管性認知症、レビー小体型認知症など多数あり、それらを全部ひっくるめて認知症と呼んでいる。認知症とアルツハイマー病は医学的に同一概念ではなく、アルツハイマー病は認知症の原因疾患の一つに過ぎない。
ところが最近は、医師が何でもかんでもアルツハイマー病と診断するようになってきている。以下に厚生労働省の患者調査のデータを示す。医療機関における認知症疾患患者数に占めるアルツハイマー病の割合は、平成11年を境として飛行機が離陸するかのように年を経るごとに増加していっている。
アルツハイマー病は感染症ではないので、ある年を境に急激に増えたり減ったりすることはない。社会が高齢化することで認知症患者数全体が増えることはあり得ても、その中に占めるアルツハイマー病の割合が増え続けることはあり得ない。ゆえに平成11年以降の激増は自然現象ではなく人為変化である。ではそれは何であろうか。仮説の一つとして考えられるのは、平成11年11月24日の抗認知症薬の発売開始である。医師の習性として薬があれば使いたくなる。そうすることで何かしら治療をしている気になれるからである。その結果、物忘れの症状に対して抗認知症薬を安易に処方し、抗認知症薬は認知症のうちアルツハイマー病にしか効果が確認されていないことから、処方を正当化するためにアルツハイマー病の診断を乱発するようになったというのが実際であるように思われる。平成11年までは認知症患者の5人に1人がアルツハイマー病と診断されていたのに対し、平成26年ではそれが5人に4人となった。これを認知症医療の進歩と言えるだろうか。むしろ後退、否、荒廃と言えまいか。
日本で抗認知症薬を処方されている人の半数以上は、実はきちんと診断されていないというデータがある。
医師向けの認知症診療指針は、認知症が疑われた場合、甲状腺機能低下症、慢性硬膜下血腫や医薬品の影響による認知機能低下などの治療可能性のある状態について調べるよう推奨している(認知症疾患診療ガイドライン2017)。
というのも、例えば甲状腺機能低下症による認知機能低下が明らかになった場合、甲状腺ホルモンの補充で改善が期待できるからである。そのためアルツハイマー病と診断する前に、血液検査で甲状腺機能を調べるよう診療指針は推奨している。ところが最近のレセプト分析によると、抗認知症薬を処方開始される前にきちんと甲状腺機能の血液検査をされていたのは、3人に1人に過ぎなかった(Clin Interv Aging. 2018;13:1219-1223.)。つまり3人に2人は有害無益な薬を処方されている恐れがあることを意味する。
また、仮にアルツハイマー病と適切に診断された場合であっても、抗認知症薬は必ずしも期待通りには効かないことが臨床試験で示されている。抗認知症薬は現在4種類あるが、いずれも日本での発売前に国内で臨床試験が行われている。アルツハイマー病患者を被験者として、抗認知症薬が偽薬と比べて認知症症状を改善させるか否かを調べる試験である。偽薬を上回る改善効果が示されれば合格となって、日本での発売が承認されるという仕組みになっている。試験成績は規制当局(PMDA)のウェブページで公開されており、4種類の抗認知症薬の試験結果を表にすると以下のようになる。
実は多くの試験で抗認知症薬の効果は偽薬を上回らず、不合格であったことが分かる。なおレミニール、イクセロン/リバスタッチ、メマリーの3剤が一度も合格したことがないのに、現在販売が許されているのは試験当時の規制当局が「海外では標準的な治療薬だから」と判断したからである。では現在の海外情勢はどうなのだろうか。
平成30年8月、フランスで抗認知症薬は公的医療保険の対象から外れた。副作用の割に効果が不十分と認定されたからである。抗認知症薬の臨床試験の統合解析によると、効いたと実感できる「臨床的有意差」は10人に1人、とてもよく効いたと実感できる「著明改善」は40人に1人にみられたに過ぎず、個人差はあるものの平均すれば効果が実感できないと示唆されている(CMAJ. 2003;169(6):557-64.)。その割に嘔吐、下痢、めまい、不眠、不整脈などの副作用の危険がある。幻覚や暴力が悪化する恐れもある。これらの事情に基づき上記決定がなされた。「海外では標準的な治療薬だから」という根拠の一角は崩れていると言える。
とはいえ抗認知症薬で著明改善する40人に1人を少数だからと見捨てて良いとは思えず、一切薬を使わないというのも極端である。抗認知症薬は試しても試さなくてもどちらでもいい。試した結果、効果を感じるなら続けていいし、感じないなら止めていい。そして副作用が疑われたらすぐ止めるべきである。薬は使い方を間違えないのが肝要である。
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