1930年、大不況がイギリスを襲っている時期、ジョン・メイナード・ケインズは、「孫たちの経済的可能性」という小論で、100年後(つまり2030年)には、生産性は現在の4倍から8倍に上がり、労働は1日3時間、週に15時間ぐらいで足りるだろうと、次のように述べている。
「その時、人間は何をするのだろうか。今は勤勉が良いこととされているし、経済問題への対応は遺伝子レベルで刷り込まれているから、多くの人は暇と自由に耐えられないだろう。少なくなった仕事を広く薄く共有して、何とか仕事を続けようとするかもしれない(1日3時間労働とか)。一方で、働く必要が無くなれば道徳も変わり、これまで金持ちや高利貸しを肯定してきた価値観が否定される。本当の生き方をわきまえた人が、余暇を十分に使えるようになる。これまでの金持ちや高利貸し翼賛は、資本蓄積を実現するための方便。それが十分に終われば、尊敬されるのは本当に今を充実して生きられる人物だ。ただし、それが実現するのは百年以上先。その上で、今のうちから人生を楽しむ準備をしておいてはいかが?」
ジョン・メイナード・ケインズ「孫たちの経済可能性」山形浩生訳
しかし、現在私たちの世界ではその様にはならず、週に40時間以上の労働が当たり前であるし、「働き方改革」などが叫ばれるほどで、労働はストレスが多いと見なされている。ケインズはなぜ予測を誤ったのか? 生産性はケインズの予測通り当時の10倍以上になっている。生活レベルが上がったとしても、生産性が10倍になると、労働時間はせめて20時間あるいは30時間にはなっても良いのではないか。なぜ、科学技術が飛躍的に発達しても、私たちは相変わらず、精一杯働かなくてはならないのか?それが大きな疑問である。その上、100年前よりも現在の方が数倍幸せだと言えるかどうか疑問がある。
「働く必要が無くなれば道徳も変わり、これまで金持ちや高利貸しを肯定してきた価値観が否定される・・・」とケインズは述べているが、人間の「強欲」は相変わらずである。
1950年代~1980年代までのいわゆるゴールデンエイジは、第二次大戦での経済の破壊から立ち直るように、戦勝国も敗戦国も同じように経済成長がなされ、所得格差が最小となり、安定した経済がもたらされた。
しかし、1970年代からの不況によって、新自由主義思想が流行し、次第に貧富の格差が拡大した。社会民主主義的考え方は衰退していったのだ。格差は広がる一方で、アメリカでは、上位1%の人が所有する資産は、アメリカ全体の資産の40%に達している。現代の貧困層は、かつてのそれとは大きく異なり、飢え死にすることはない、と言われても、貧富の格差はそれ自体が社会を危うくする原因となることは明らかだ。
「これまでの金持ちや高利貸し翼賛は、資本蓄積を実現するための方便。それが十分に終われば、尊敬されるのは本当に今を充実して生きられる人物だ・・・」にも関わらず、方便と見なされた金持ちや高利貸し翼賛、つまりお金を貯めこむことは目的となり、いまだに「今を充実して生きられる人物」が尊敬されているわけではない。便利な生活は、1980年代、つまり、ケインズの予測から50年経つと先進国では既に実現していたが、欲望は形を絶えず変え、もっともっとお金が必要だと考えるようになっている。今や、消費は、生活上の需要を満たすことでなく、供給側から提供される目先が変わった商品を求め続けている。供給は必要な需要を満たすものではなく、供給側の都合によって(大衆の目先を変えた商品で)新しい需要を作り出しているのだ。経済成長は、必要な需要を満たすものでなく、生活に直接必要性が乏しい供給側が作り上げた需要によって決定されるのだ。
「本当に今を充実して生きられる人物」とはどの様な人物なのか? ケインズの予言から100年近く経つ今、充実した人生とはどの様なものかが、改めて社会一般に問われている。それは、短い人生を生きていくことに対して、どの様に考えるか、一人一人に求められているのである。
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