診断時からの緩和医療は生存を延長する

肺がんは様々な治療法が開発されていますが依然として難治がんと言われています。特に進行した肺がんは治癒が困難で我が国のがん死亡原因の第1位を占めています。予後を改善するために様々な抗がん剤、放射線治療、標的療法、さらには現在注目を集めている免疫チェックポイント阻害薬などの治療法が開発されています。肺がんの抗がん剤は種類が多く、最初に選択した抗がん剤(1次治療薬)の効果が期待できないと判断した場合には、2次治療薬、3次治療薬と種類を変えて投与し、現在では6次、7次治療薬くらいまで投与されるようになっています。進行肺がんの患者さんは抗がん剤の治療効果に期待しながら治癒を目指して治療を続けています。

進行した肺がんの患者さんの治療で大変興味のある論文が出ています。

 

新たに診断された転移のある肺がん患者さんを2つの群に分けます。どちらの群もその人に応じた抗がん剤を用いた標準的ながん治療を行いますが、一方の群では診断した時から緩和チームが介入します。月に1回以上の緩和ケア外来の診察を亡くなるまで受けます。抗がん剤治療を行う一方で、緩和チームは様々な相談に乗り、治療の意思決定の支援をします。どんな治療を受けるか迷ったりした時にアドバイスを与えるのです。また、適切な支持療法を行い、お薬を投与しながら、日常生活が快適に送れるようにします。緩和チームが介入しないもう一方の群では通常の抗がん剤治療を行います。

 

この試験の結果はどうだったのでしょうか? 

 

緩和ケア早期導入群では、「生活の質」が有意に優っていること、「不安」や「抑うつ」などの精神症状が有意に少ないことがわかりました。

 

もうひとつ驚くべき結果が明らかになりました。診断時からの緩和医療を行った群は明らかに長生きできたのです。

この試験の本来の目的は、進行肺がん患者において早期緩和ケアの導入がQOLに影響を与えるかどうかでした。たしかに早期から緩和医療を導入することによって、生活の質が改善することが明らかになりました。

 

さて、この差はどうして起こったのでしょうか?従来の考え方からすると、緩和医療を行うことによって、抗がん剤投与に伴う様々な症状をよりよくコントロールすることができるので結果的に抗がん剤の投与が多くできたからであろうと推測されました。しかしながら、2つの群の抗がん剤の投与量を調べてみると、有意に早期からの緩和ケア導入群では抗がん剤の投与量が少なく、期間も短いことが明らかになりました。

 

「抗がん剤投与が少ない方が長生きできた」

 

Dose intensity(お薬の投与量)Dose Density(お薬の投与間隔)という言葉があります。腫瘍学の常識として、抗がん剤は耐えられる限りは多く、頻回に投与する方が効果が高いという考え方があります。今回の結果は進行がんにおける抗がん剤の投与方法について一石を投じることになりました。今回の結果は抗がん剤の効果を否定するものではありません。

 

ここで大切なことは、緩和ケアに対する考え方だと思います。
緩和ケアはがんを治すための医療と対立するものではありません。がんの治療を行っているから緩和ケアは行わないという考え方は間違っています。診断の時から緩和ケアを行うことは毎日の生活の質を高め、不安や鬱を減らす効果があります。抗がん剤治療を中止することに大きな不安があることはよく理解できます。しかしながら、侵襲的な抗がん剤の投与をやめることでかえって長生きできることもあるという事実をしっかり認識することも大切です。

いずれにせよ、医療者と治療方法に関してしっかり相談できる関係を保つことが必要になりますね。

 

 

岡山大学大学院ヘルスシステム統合科学研究科教授松岡 順治
岡山大学大学院医学研究科卒業 米国留学を経て消化器外科、乳腺内分泌外科を専攻。2009年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科、緩和医療学講座教授、第17回日本緩和医療学会学術大会長。現在岡山大学病院緩和支持医療科診療科長、岡山大学大学院保健学研究科教授 緩和医療、高齢者医療、介護、がん治療の分野で研究、臨床、教育を行っている。緩和医療を岡山県に広める野の花プロジェクトを主宰している。
岡山大学大学院医学研究科卒業 米国留学を経て消化器外科、乳腺内分泌外科を専攻。2009年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科、緩和医療学講座教授、第17回日本緩和医療学会学術大会長。現在岡山大学病院緩和支持医療科診療科長、岡山大学大学院保健学研究科教授 緩和医療、高齢者医療、介護、がん治療の分野で研究、臨床、教育を行っている。緩和医療を岡山県に広める野の花プロジェクトを主宰している。
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