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高額抗がん剤『オプジーボ』について考える

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高額抗がん剤『オプジーボ』について考える

 読者は、オプジーボというお薬のことを耳にされたことがあるだろうか?
オプジーボ(ニボルマブ)は、わが国で開発された画期的ながんの治療薬である。ちなみにオプジーボというのが売っているお薬の名前で、かっこのなかのニボルマブというのが、お薬そのものの名前(一般名)である。もし、ガスターという胃薬を飲んでいる人がいたら、ガスターというのが製品名(売薬名)であり、ファモチジンというのが一般名である。
 このオプジーボは、がん細胞をやっつけるメカニズムが、これまでの抗がん剤とは全く異なっている。単純に言えば、従来の抗がん剤はがん細胞であろうと正常細胞であろうと、細胞そのものを壊すことで、がん細胞を殺してきた。がん細胞の方が、正常の細胞より増殖するスピードが速いので、相対的にがん細胞の方がたくさん死ぬというメカニズムである。すぐわかることであるが、このタイプの抗がん剤は、正常細胞も傷つけるので、吐き気や嘔吐、口の粘膜の荒れ、下痢、脱毛といった副作用が強い。

 これに対して、オプジーボは本来人体に備わった免疫という仕組みを使ってがん細胞を殺すので、上記のような副作用が出にくい。免疫メカニズムによって殺されるのを回避しようとするがん細胞の抵抗を抑えることで、抗がん作用が発揮されていると理解すれば良い。このため、従来の抗がん剤が効かなかった患者にも効くことがわかり、大変な注目を集めることになった。NHKのTV番組をご覧になった読者も多いのではないだろうか。

 

『オプジーボ』栄えて、国滅ぶ!?

 当初わが国では、悪性黒色腫という皮膚のがんにだけ適応を認められていたが、これが肺がんに適応拡大された2015年末から、今度はその超高額な薬価に関心が移るようになった。なぜなら、悪性黒色腫の患者は多くても年間数百人程度であるが、肺がん(正確に言えば非小細胞肺がんであるが、大半の肺がんが含まれる)患者は、2万人と桁違いに多いことから、にわかに医療財政への影響が懸念されるようになったからである。
 特に「里見清一」というペンネームで活発な文筆活動を行ってきた日赤医療センターの国頭医師が、「『オプジーボ』栄えて、国滅ぶ」とセンセーショナルにこの問題を取り上げたことから、マスコミで話題を呼び、テレビや新聞で特集されるようになった。読者の中にも、間寛平さんが出演したNHKの「クローズアップ現代」を見た覚えのある方も居るのではないだろうか。

 

 国頭氏によると、オプジーボの費用は体重60 kgの患者で換算すると,1回当たり約130万円,年間で約3500万円にも上り、奏功率すなわち効く人の率が30%としても、一人治すのに1億円を要し、肺がん患者数から推定されるコストは年間2兆円近くなると試算している。
 年間3500万円というオプジーボの薬価については、国会でも取り上げられ、共産党の小池議員の質問(なぜこんなに高い薬価がついたのか?政府は薬価算定でメーカーに便宜をはかったのではないか?)に対し、政府はルールに基づいた薬価算定であり、それ自体に問題はないと回答していたが、諸外国に比べても薬価が非常に高いのは事実であり、その後官邸からの強い指導で、大幅な薬価の引き下げ(半額割引)がなされた。ちなみに、オプジーボの薬価(100mg)は、日本約73万円で、半額になっても37万円である一方で、アメリカでは約30万円、イギリスでは約14万円(全国保険医団体連合会調べ)とのことであり、我が国の薬価が飛び抜けて高いことは否めない事実である。さらに、英国では、この価格での悪性黒色腫への使用は可能であるが、肺がんへの使用は認められておらず、メーカーは更なる価格引き下げや、一定以上の薬剤費は企業が負担するといった交渉をしている模様である。つまり、英国の薬価はこれよりもさらにもっとずっと安くなると思われる。 

 

 我が国の薬価算定のルールでは、類似薬効といわれる同じような効き目の薬が既にあれば、それを参考にして薬価を付ける方式が一般的であるが、オプジーボのような画期的な新薬は、それができないため、原価計算方式という、コストを積み上げて薬価を計算するやり方をとる。これは電気や水道と言った公共料金の決定法と同じである。そういう意味では、きちんと手順を踏んで付けられた薬価を事後的なルールで大幅に引き下げることは、掟破りでしかない。ただ引き下げ直後に、製薬団体から抗議の声は上がったものの、いまのところメーカー側からの訴訟等の動きは見られない。
 ちなみに、英国の薬価が非常に安いのは、我が国のように薬の効き目だけに注目するのではなく、その費用と効果のバランスを考えた費用対効果評価を行っていることが原因である。よって、患者の少ない悪性黒色腫には15万円でも使用を認めるが、患者の多い肺がんでは、その値段では費用対効果に優れないことから、別途それに見合う値段を交渉しているという次第である。

 

薬価算定論議が浮上

 今回のオプジーボ問題によって、我が国でもにわかにこの英国式の薬の費用対効果評価に注目が集まり、平成30年度からこれを全面的に導入することが決定されている。ただ気を付けなければいけないのは、イギリスでは、費用対効果に劣る医薬品は償還しないという判断を行っていることである。つまり、あるラインよりも費用対効果が悪ければ(たとえば、1年間の健康寿命の延長に300万円以上かかるなら)、その薬は公的な医療システムでは使用できなく(自分で払うのは別)なる。がんの患者からみれば、効く可能性のある新しい抗がん剤が使用できないというのは大問題である。実際日本で普通に使用できる高額な抗がん剤の多くが、英国では使用できていない。オプジーボの薬価が日本の5分の1以下というのは、そうしたしくみと裏腹の関係にあることを知っておく必要がある。「イギリスは日本の5分の1の薬価を実現しているすばらしい国」と手放しでこれを賞賛する向きもあるが、それは大きな間違いである。

画期的な抗がん剤「オプジーボ」の光と影

 ただし、我が国では費用対効果評価の結果は、償還の可否、すなわち医療保険でカバーするかどうかの判断には用いないことを決定しているので、イギリスのようなことは生じない。あくまでも、薬価算定の参考にするだけであるので、その点は安心して良い。

 さらに問題をややこしくているのは、オプジーボの効き方がこれまでの抗がん剤と違うところである。従来の抗がん剤は、一定期間使用してもがんが大きくなるようなら、それは効いていないと判断して、その薬の使用をやめるのが普通である。ところが、オプジーボは、一見がんが大きくなっているように見えた後に小さくなることが多いため、やめ時が決めにくい。つまり現在のところ中止のタイミングが分かっていない。やめたら、がんがまた大きくなる可能性があることから、効いている間は投与を継続することになり、結果としてずっと薬の費用がかかることになる。また、同様の新規の抗がん剤が続々と発売予定であり、延命効果は望めるものの、非常に高額な医薬品が今後市場にどんどん登場してくる。厳しい見方をすれば、高齢者の延命を図るだけの薬に、兆単位の費用を割くことの是非が、国民に厳しく問われている。

 

先述の国頭先生は、患者を75歳で線引きし、それ以上の後期高齢者には、こうした高額な抗がん剤は保険で支払わないことで、保険財政の持続性を維持すべきと提案している。相当過激な意見であり、にわかには賛成できないが、鋭い問題提起だと思われる。
 高額な抗がん剤は、がん治療に希望を与えてくれる一方で、医療財政の破綻という問題を我々に突きつけていると言える。この問題からしばらく目が離せない。

岡山大学大学院保健学研究科 副研究科長 教授齋藤 信也
1983年岡山大学医学部卒業。1987年岡山大学大学院医学研究科修了(医学博士)。
米国ネブラスカ大学外科客員助教授、厚生省中国四国医務局医療課長等を経て、2001年岡山大学医学部講師、2003年高知県立高知女子大学教授、2008年から岡山大学大学院保健学研究科教授(現在に至る)。
2015年から2017年まで医学部副学部長、2017年から保健学研究科副研究科長。
1983年岡山大学医学部卒業。1987年岡山大学大学院医学研究科修了(医学博士)。
米国ネブラスカ大学外科客員助教授、厚生省中国四国医務局医療課長等を経て、2001年岡山大学医学部講師、2003年高知県立高知女子大学教授、2008年から岡山大学大学院保健学研究科教授(現在に至る)。
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