日本人の学生さんたちと、大学の授業でこんな例題について考えてみました。ある企業の困りごとの例です。あなたなら、この職場の問題をどう解決しますか。
「染色会社で、営業部門と製造部門が対立しています。営業は、顧客の細かい要望や急ぎの注文にもこまめに応えて、信頼関係を築こうとしています。しかし製造現場からは、“小口の注文に振り回されるのは困りもの。だって暗い色の後に明るい色に染めるとなると、より注意深く念入りに洗わなければなりません。私たちはせっかく明るい色から暗い色に染められるように周到な計画を立てて、染料の無駄も手間も省こうとしているのに・・。営業ときたら、それを台無しにしてしまうのです・・”という声が」
さあどうでしょう。学生さんたちからまず出てくるのは、「相手の立場を、お互いに理解しないといけない」という意見です。相手の身になって考えるべきだ。こうしたらどうなるか、何が困るのかを、想像することだ。そうすれば、自分たちの立場の意見ばかりは言わなくなる。解決のために、お互いが協力し合おうという姿勢にもなる。身勝手なことを言い合うから、解決しないのだ。会社の利益を目標にして、一致協力を・・というわけです。
次に、解決策を聞いてみます。すると、「相互に見学に行きましょう」「人事交流をしましょう」「一緒に飲みに行きましょう」「お花見を合同でやりましょう」などが出てきます。つまり、学生さんたちはお互いを思いやることで解決の道が見えてくると発想し、協調性や一体感を大事にして親睦を深めようとしている、と言えそうです。
実はこれは「多文化世界」(有斐閣)という書籍に出ている話です。そこでは、国によってこの答えは違ってくる可能性がある、という話題が展開されています。実際にイギリス、ドイツ、フランスの学生さんたちの回答に特徴が見られたという、面白いエピソードが紹介されています。どんな違いなのか、想像してみて下さい。ポイントは、それぞれの「文化」です。
少し具体的なヒントを出しましょうか。上記の本は、社会心理学者のホフステードが、世界のIBM支店を対象に行った価値観調査をまとめたものです。その結果によると、イギリスはドイツよりも、少し融通無碍といいますか、調整を利かせる文化だそうです。フランスも、この点ではイギリスに近い数値が出ています。さらにフランスは、イギリスやドイツと比べると、立場の上下による格差をわりと受け入れる傾向があります。一方でイギリスやドイツは、比較的差が少ないことを好むようです。心理学の研究としては、上下の差が顕著なことを「権力格差が大きい」不確実さを許容する場合は「不確実性の回避が小さい」と表現しています。
これら二つの視点を組み合わせますと、フランスは権力格差の大きさと不確実性の回避が高い文化ですから、つまりは権限の勾配がついた、確実な見通しの立つような組織を好むと予想できます。イギリスは権力格差が小さく、不確実性の回避が低い文化なので、現場が自由にできる臨機応変の組織が合っているでしょう。ドイツは、不確実性の回避が高く、権力格差も小さいことから、規則を立てて、きちんと見通しの立つ組織を好むのではないか、というのです。
実際の回答は、これによく合致したものだったそうです。フランス人の学生は、「この会社では、“社長”が、しっかり現場に指示を出すべきだ」と答える傾向がありました。イギリス人の学生は、「“部長”の二人が、しっかり調整すべきだ」だそうです。では、「“ルール”がないから困るのだ、基準を作ればいいではないか」は、どこだかわかりますよね。はい、ドイツ人の学生さんが好む答えでした。
この本は、「異文化間心理学」の参考書に良いと思って選んだものでした。でも、単に紹介するだけでは面白くありません。そこで問題を引き付けて考えるために、皆さんならどうですかと聞いてみたわけです。すると「調和」の発想が真っ先に出てくるところに、日本の文化を感じ取ることができました。職場の問題に、お酒で!という解決策が出てくるのも、興味深いところでしょう。
その後、経験豊富な社会人の方々も多く集う、放送大学の授業でも訊いてみる機会がありました。やはり、調和を大事にする発想は共通していました。ユニークな答えもありました。「技術革新で機械の性能を上げる」です。頼もしい解決策に、往年のテレビ番組「プロジェクトX」を思い出しました。技術立国日本の立志伝とでも言えるような、開発物語が多く取り上げられた人気番組です。技術の工夫と経営の努力は、やはり両輪と言えそうです。
外国の方と一緒に働く機会は、これから一層増えていくでしょう。文化的価値観を背景にした考え方にも、随所で出会うようになるでしょう。そんな時、心理学の目で「文化」を観ていくと、結構面白い洞察ができるのではないかと思います。
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