あなたはアーミッシュになれますか?

アーミッシュの人々

 

アメリカの中西部、ペンシルベニア州にはアーミッシュと呼ばれる約30万人の人々が生活しています。アーミッシュはキリスト教の一派を信じるドイツ系移民のコミュニティで、移民当時の生活様式を守るために電気を使用せず、電話も使わず、自動車ではなく馬車を交通手段としています。地域により程度の差はありますが、自分たちの信仰生活に反すると判断した新しい技術・製品・考え方は、取り入れることを拒否します。旧来の生活様式を基本に、農耕や牧畜を行い自給自足の生活を営んでいます。人々は自分たちのコミュニティの中で協力しあい、他のコミュニティとも一定の原則の基に、ある程度の交流を持っています。最近はスマホやPCを使用している人も居るそうですが、コミュニティでは基本的に100年以上前と同じ幸せな日常が繰り返されています。

 

このような人々がいる一方で、私たちは生活の快適さ、便利さへの飽くなき追求を続けています。今では全ての情報が繋がった「コネクティッド」の社会が生まれようとしています。

信用は通貨よりものをいう

 

最近の中国では、スマホで自分の信用度を計測するアプリが流行していて、合コンの席ではこの信用度をスマホで見せ合うのだそうです。信用度が高ければそれだけ魅力的なのでしょう。さらに就職や婚活サイトには、この信用度指数を表示するようになっているとのことです。信用度が高い人と低い人が居た場合、どちらを選ぶかというと、やはり高い人を選びます。最近の中国では多くの企業が採用の際に、この信用度を重視する方向にあると言われています。

 

では、この信用度はどのような指標を基に判断されているのでしょうか?発表されている信用の点数化は5つの領域、1)身分特質(ステイタスや高級品消費など) 2)履約能力(過去の支払い履行能力)3)信用歴史(クレジットヒストリー)4)人脈関係(交友関係)5)行為偏好(消費面の際立った特徴)に分けて行われていると言われています。資産、職歴、収入、犯罪歴や交通違反はもちろんのこと、普段の生活での好ましくない行動、例えば指定場所以外に自転車を止めたりするような些細な行動も記録されるようです。レンタル自転車を借りた場合の支払いの状況や、返還の状況が悪ければ、次からは借りられなくなるのです。信用度を下げる行動が続いた場合、電車や航空機に乗れなくなったり、ホテルにも泊まれなくなったり、住宅ローンの借り入れが難しくなったりという事態が生じているのです。逆に普段から信用度を増すべく気を付けて行動し、その結果高い信用度が得られた場合には、先ほどの婚活サイトや借入利息をはじめ様々な点で他の人より優遇され、さらには多くの社会的特典が享受できると言われています。ここで注意しないといけないことは、評価される側にはその信用度がどのように計算されているのかは全くわからないということです。信用度を計測するアルゴリズムはアプリの製作者が極めて恣意的に決めることができ、とんでもない指標を潜り込ませていたとしてもだれにも分かりません。そして、私たちはその信用度を受け入れるしかないのです。

スマホ無しには生活できない社会

 

それもこれも今日の中国では、現金決済はほとんどなく、スマホでQRコードの読み取りによるキャッシュレス決済が行われているからです。レストランやホテルの支払いだけではなく、屋台や大道芸人に対するチップでさえQRコードによるキャッシュレス決済なのです。そしてこのアプリは銀行口座と連結しているだけでなく、様々な情報と連結されコネクティッド社会が出現しているのです。スマホによる社会活動が全ての情報のソースを形成しているのです。そして中国では個人情報の保護よりも、国としてのあり方を優先するため、必要であれば国家としてあらゆる情報にアクセスすることが、法律で可能となっているのです。

医療の世界の情報共有

 

医療の世界で情報が共有された場合には、どのようなことが起こりうるのでしょうか?
私たちが医療機関に受診する場合には、その情報をスマホで見ることが可能となります。全国どこの医療機関を訪れても既往歴、検査歴、画像診断などがすぐに取り出すことができるようになります。これにより複数の医療機関を訪れた場合には無駄な検査や投薬が減少することが期待できます。セカンドオピニオンも気軽にできるようになるかもしれません。さらにAIと連動すれば、そこらへんの医師よりよっぽど正確な治療法を示してくれる世の中になります。情報を共有することは、効率の良い医療には欠くことができないのです。

 

一方で、私たちの個人情報は私たちだけのもの、というわけにはいかない状況が出現します。他の人に知られたくない家族の病歴、遺伝子情報なども全国どこからでも取り出せるようになる(取り出すかどうかは別として)のです。それ以外にも私たちが何気なく過ごしている日常の行動が、大きな意味を持つようになります。そこで、メタボリックシンドロームと診断され、改善を求められているAさんの事例をお話ししてみます。

 

Aさんは父も母も糖尿病でした。大学生になると喫煙を始め、最近まで1日に3箱を喫煙していました。飲酒の習慣もあり、毎日コンビニでハイボールを3缶、コンビニ弁当とインスタントラーメンの生活を続けています。就職後は夜遅くまで働き、睡眠時間は平均4時間という生活を続けていました。運動は会社へ通勤する際の徒歩だけです。さてこのようなAさんが、コネクティッド社会に50年間生きた場合には、どのようなことが起こる可能性があるでしょうか?

どこかの誰かに個人データが管理される

 

1)家族歴から、糖尿病に罹る確率が高いことが分かる。
2)コンビニの購入記録から、禁煙・禁酒ができておらず食生活も乱れていることが明らかとなる。
3)アプリの行動記録から、運動をしていないことが判明する。

 

私が保険会社の営業マンならば、健康上のリスクが大きいAさんの保険料は高く設定したいと思います。また、私がAさんの上司であれば、仕事に支障をきたす可能性を考えれば、任せる仕事の内容も考慮するかもしれません。

 

一方で、疾病の予防という見地からすると、このような生活が明らかになった場合には、早めに生活指導を行い、行動を常にモニタリングすることにより、疾病の発症を未然に防ぐことも可能となるでしょう。禁酒、禁煙、運動、望ましい食生活ができているかも白日の下に晒されます。

 

今までは何気ない日常の行動は、データとして記録されることは無かったため、泡のように消え去っていたわけですが、スマホの普及によってそれが記録できるようになると、私たち自身の個性をくっきりと浮かび上がらせることができるようになったのです。それがビッグデータとなりその人の「ひととなり」を判断する根拠をなしているのです。

信用を得るために行動を制限する社会

 

信用は通貨よりも強大な力を持っているとしたら、そしてそれが我々の日常行動で日々左右されるとしたら、、、。私たちは産まれた時から信用度を上げるための行動を努力するしかないでしょう。もしこれをすると、信用度が1下がるのでやめておこう、運動をすれば信用度が2上がるのでランニングを始めることにしよ、、、。スマホ無しに生活することができなくなった社会においては、このようなことが起きる可能性が高いのです。産まれた時から、就職や結婚のため、住宅ローンのために行動を自己規制しないといけない社会が出現するのではないでしょうか。

今後、中国はどんどん「お行儀の良い人」が増えていくと思われます。これにより、社会の安定、治安の維持、体制の維持に極めて都合の良い状態が現れるでしょう。
多分同じことが世界の国々で起きてくると考えられますが、それが私たちの幸せにどのような影響を及ぼすのか、私たちは壮大な実験を行っているのでしょう。

あなたは現代のアーミッシュになれますか?

 

このような社会を拒否する場合には、どうすればよいのでしょうか?スマホを持たず、政府の言うキャッシュレス化にも目を背け、周りの情報社会から隔絶された生活を送ることが、我々にできるでしょうか?全ての社会がスマホ無しでは生活できない方向に動き出したならば、それに一人で抗うことは難しいでしょう。
マイナンバーと年金記録、医療情報の連結に強く反対している人も、もっと情報の管理された社会に既にどっぷり浸かっているのです。知らない間に。もしそれを良しとしないとすれば、我々には現代のアーミッシュになるしかありません。私たちにその覚悟があるのでしょうか?私たちにとって幸せな社会とはどのようなものなのでしょうか?

岡山大学大学院ヘルスシステム統合科学研究科教授松岡 順治
岡山大学大学院医学研究科卒業 米国留学を経て消化器外科、乳腺内分泌外科を専攻。2009年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科、緩和医療学講座教授、第17回日本緩和医療学会学術大会長。現在岡山大学病院緩和支持医療科診療科長、岡山大学大学院保健学研究科教授 緩和医療、高齢者医療、介護、がん治療の分野で研究、臨床、教育を行っている。緩和医療を岡山県に広める野の花プロジェクトを主宰している。
岡山大学大学院医学研究科卒業 米国留学を経て消化器外科、乳腺内分泌外科を専攻。2009年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科、緩和医療学講座教授、第17回日本緩和医療学会学術大会長。現在岡山大学病院緩和支持医療科診療科長、岡山大学大学院保健学研究科教授 緩和医療、高齢者医療、介護、がん治療の分野で研究、臨床、教育を行っている。緩和医療を岡山県に広める野の花プロジェクトを主宰している。
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