少子高齢化社会における小児医療―我が国は少子高齢化社会に対し未来日記を欠く―

●少子高齢化社会:高齢者人口4割の社会は100%やってくる。


日本の「人口置換水準」1)は2.07と推定されている。一人の女性が二人の子供を産めば人口は維持出来る計算であるが、現実はそうではない。「生涯無子率」は約3割、100人の女性の内30人は一生子供を産まない(原因は「独身」「子供嫌い」「不妊」)人口置換水準2.07を達成するには、70人で207人を生む必要があり、平均3人の子供(207人÷70人=2.96人)を抱えることになる。 1)人口が増加も減少もしない均衡した状態となる合計特殊出生率の水準のこと。日本の合計特殊出生率(2018)は1.43

現在の日本では「28歳前後で結婚、30歳で第1子を出産、35歳前後で第2子を出産」が標準である。第3子出産は、必然的に高齢出産となる。3人出産のためには、結婚を5年程度前倒ししなければならない。さらに、働く女性の増加、男女共同参画、核家族化等の社会環境の変化を踏まえたうえで3子を望むならば、(例えば、22歳で就職、1年後に結婚、その2年後に初子、更に数年後に2子出産という計算となり)、それは企業にとっても厳しい。

2040年頃には、団塊ジュニア世代が65歳以上となり、高齢人口がピークを迎える。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2042年、65歳以上の高齢者は3935万人に達し、人口の40%が高齢者となる。地方においては、その割合は更に増える。病院においても、医師・看護師の高齢化が進む。介護施設に至っては、老々介護が進み、移民を受け入れない限り、まともな介護サービスは受けられなくなる。高齢者人口が4割の恐ろしい社会は、現実である。

●少子高齢化社会の悲惨な状況の問題は、『お金』の問題である。


年金・健康保険制度は、現役世代が保険料を支払って高齢者を支える仕組みになっている現在、これからは現役世代が確実に減っていく。2020年の時点では1人の高齢者を1.87人の現役世代が支えている推定だが、2042年には高齢者1人を1.34人の現役世代が支え、2050年には1.23人、2060年には1.18人の現役世代で、1人の高齢者の面倒を見ることになる。現在の40代が高齢者になる頃には、年金の給付額は大幅に減るのは間違いない。現行制度では現役世代が潰れてしまう。社会保険が持ち堪えるられなくなることは明らかである。解決策は一つ、高齢者の社会保険の給付を減らすことである。高齢者の医療費自己負担割合は5~6割と増加すると共に、高額療養費制度も縮小・廃止される可能性もある。国の介護保険制度も完全に逼迫している。

生涯無子率3割を踏まえ、人口置換水準を維持するためには、子供を育てる家庭は平均3人の子供を抱える必要がある(前述)。核家族化により、保育所等を利用せざるを得ない。また、家計に余裕のない多くの家庭では共働きを余儀なくされ、仕事と子育てに疲れ果てたお嫁さんの姿が目に浮かぶ。無論のこと、国は少子高齢化社会に対しての処方箋を示し得ていない。

●出生数は減少傾向にあるが、低出生体重児は逆に増加し、医療費は増加する。


出生数は減少傾向にあるが、高齢妊娠が増加している。それに伴い早産等のハイリスク妊娠が増え、低出生体重児は増加している。その結果、外科手術を受ける患児は増え、小児外科医の需要が高まっている。低出生体重児は臓器の未熟性による様々なリスク因子を有する。動脈管開存症・水頭症・網膜症は、それぞれ心不全・発達障害・失明を引き起こす。この他に、呼吸不全・壊死性腸炎・腹壁破裂などの重篤なリスクもある。ハイリスク妊娠・出産には母体胎児集中治療部(MFICU)を有する総合周産期母子医療センターでの適切な周産期管理が必要となる。

新生児外科疾患の多くは、胎児超音波検査などで出生前に診断可能だ。ハイリスク症例は総合周産期母子医療センターに搬送され、蘇生・手術を前もって計画する。先天性横隔膜ヘルニアは娩出後直ちに気管内挿管を実施、産科・新生児科・麻酔科・小児外科のチーム医療の下に手術を行う。壊死性腸炎・腹壁破裂で、大量腸管切除にて短腸症候群となった症例は、小腸移植の適応となる。高齢出産に起因する低出生体重児に対応するには、高度に集約した診療体制が必要で、必然的に医療費の増加は不可避である。

●厳しい日本の財政状況の中、子供を持つ家庭が幸せな『未来日記』を描けるのか。


2018年3月の時点で、国の借金は1087兆8130億円に膨れ上がっている。借金を返すにも、国の基本的な収支を表すプライマリーバランスは赤字であるから、借金は減るどころか増える一方である。現時点でも返せないのに、今後は、人口減によってさらに税収が減る。高齢者増加により医療費も介護費も増加する。もはや生易しい方法では返せないことは明らかである。かかる状況のなかで、小児医療に対して手厚い施策がとれるのか疑問である。税収を上げるには、消費税の増税以外はあり得ない。10%どころか、20%~30%もあり得ない話ではない。消費増税は、年金の給付、保険料の支払いのみならず、家計にも大打撃を与え、益々、子育てが困難となることは必至である。

国は確かに小児医療等に力を入れているが、小児医療そのものは、妊娠・出産の結果の補完でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。制度としての小児医療、医療費等の扶助、環境整備等は確かに出産後の安心を提供してくれるが、これから結婚し子供を持つ家庭の幸せな『未来日記』を提供するものではない。本当の少子化対策とは、疲れ果てた姿しか思い描けない未来ではなく、女の子の夢が「お嫁さん」となることだ。

独立行政法人国立病院機構福山医療センター院長岩垣博己・長谷川利路・中島正勝
昭和55年3月岡山大学医学部卒後第一外科入局、同年7月岡山済生会病院出向、同年11月から3ケ月間、タイ国カンボジア難民サケオキャンプに派遣(JICA)。昭和60年8月第一外科に帰局、平成3年11月第一外科助手、同年11月から2ケ月間、スーダン国ハルツーム市イブンシーナ病院に医療技術協力派遣(厚生省)。平成11年4月第一外科医局長、同年7月第一外科専任講師、平成19年3月岡山大学退職、同年4月独立行政法人国立病院機構福山医療センター副院長、平成25年4月院長昇任(現在に至る)。
昭和55年3月岡山大学医学部卒後第一外科入局、同年7月岡山済生会病院出向、同年11月から3ケ月間、タイ国カンボジア難民サケオキャンプに派遣(JICA)。昭和60年8月第一外科に帰局、平成3年11月第一外科助手、同年11月から2ケ月間、スーダン国ハルツーム市イブンシーナ病院に医療技術協力派遣(厚生省)。平成11年4月第一外科医局長、同年7月第一外科専任講師、平成19年3月岡山大学退職、同年4月独立行政法人国立病院機構福山医療センター副院長、平成25年4月院長昇任(現在に至る)。
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