2018年のノーベル生理学・医学賞を、京都大学の本庶佑(ホンジョ・タスク)先生が受賞されました。受賞の理由は、免疫療法の一つであるオプジーボなどの「免疫チェックポイント阻害剤」の開発に結び付く研究であって、新たながん治療への道を拓いたというものでした。
10月1日の受賞報道に接し、日本人として、さらには医療者の一人として誇らしくかつ嬉しく感じたことは確かですが、同時に、医療の最前線にいる医者の一人として、一抹の不安がよぎったことも事実です。そして、それは翌日の2日、既にネットの中でも論じられることになり※1、私の心配が私だけのものではなかったと確信することになりました。
※1:「ノーベル賞で相談殺到、誤解して欲しくない免疫療法」BuzzFeed、10月3日配信
皆さんも一度は耳にしたことがあると思いますが、「副作用がない夢のがん治療」の如く謳った心地よいフレーズで「免疫療法」が紹介されています。その多くは、今回のオプジーボのような薬剤ではなく、「がん免疫細胞療法」※2といったもので、少し話が違うのです。本庶先生の受賞が「免疫療法」ということであるため、その治療に関して誤解が生じるのではないかと懸念したのです。私がそうした不安を持った理由は、現在、巷で行われている「免疫療法」の中には、詐欺まがいの治療があり、患者さんの不安な気持ちに付け込んで、自由診療を良いことに法外な金額の請求をしている施設が見受けられるという事実からでした。ある施設では、その内容をカモフラージュするかのように、今回取り上げられているオプジーボも使用されているようですが、本来の使用手順を逸脱した上に、既定の半分以下の量で、しかも法外な請求をすることもあり、なんともやり切れない想いでいます。
実際、新しく使用が可能になった胃がんの場合などに例えると、オプジーボの使用は通常の抗がん剤を使用して効果がない場合にしか使えないという決まりがあるのです。通常の治療では待ち切れない患者さんや、オプジーボの名前に釣られた患者さんたちが、こうした落とし穴に落ちているように見受けられます。
さらに、今回の報道の中には、その治療で良くなったという元総理大臣などの後日談を紹介しています。しかし、残念ながら、この治療で全ての患者さんが治っているのでは無いという事実は、こうした時の報道の常であって正確には伝えられていません。それを報道陣の節操の無さ、不勉強と謗るのは簡単ですが、今回の報道は命に関わることだけに、受賞の喜びに浮かれて大切なことを置き去りにしているように感じて、今後の動きを危惧しています。
さて、今回の受賞に水を差す気は毛頭無い事をお断りした上で、冷静に現実を見ていきましょう。
オプジーボは、当初、悪性腫瘍としては珍しい悪性黒色腫の治療薬として承認されました。薬剤の保険点数(医療費)は、開発費も考慮し、使用頻度などから決められるようですが、当初は100mgが約73万円でした。使用する際には、体重1Kgあたり3mgという用量で2週間に1回の投与ですので、60㎏の方で180mg、1回に約130万円、月2回なら260万円の計算になります。その後、1回を240mgに固定することになったのですが、それでも1回約175万円です。当初は希少疾患や、治療法も少ない病気が対象でしたので「高くても仕方ない」といった状況でしたが、対象の病気に肺癌が認められた時から、使用量が爆発的に増え、その高額な医療費が医療経済に与える問題として取り上げられるようになったのでした。
通常は薬の値段は2年に1回薬事審議会で決められるのですが、何故かオプジーボは審議される時期を待たずして急遽2017年2月に100mgが約37万円と一気に半額に値下げされました。さらには、胃がんも対象に入れられたためか、2018年度の薬価改定では、さらに100mgあたり約28万円まで値下げされたのです(これでも十分に高価です)。
この値段の高さは、先の自由診療をしている施設にとっては美味しい話となったようで、今回のノーベル賞の受賞を待つまでもなく、既に「免疫療法の落とし穴」と化し、医療に関しては当然ながら無知で善良な多くの患者さんを飲み込んできたのです。
今、マスコミなどで見聞きする免疫療法の多くが、まさに、モラル無き医療であり、医療者ではなく商売人、いや白衣を着た詐欺師による犯罪まがいの治療とまで言っても許されそうな感じさえしています。勿論、本庶先生を規範として、真摯にたゆまぬ研究に没頭し、いつの日にか真の新しい治療法となるように努力を重ねていらっしゃる先生方を知った上で、ここでは、敢えて、その問題点を書かせて頂きました。
もし、そうしたことで不安を感じている方がいらっしゃいましたら、先ずは今診てもらっている先生に相談されて、貴重な時間とお金を無駄にせず、きちんとした治療を受けられることをお勧めします。
※2:アメリカでは、FDA(米国食品医療品局、日本で言えば厚生労働省のようなお役所)は、所謂「がん免疫細胞療法」を承認しておらず、いわば「人体実験」と同等と考えられており、もしも医師が患者に免疫療法を施しているのが発覚した場合には逮捕されてしまいます。
日本でも、「がん免疫細胞療法」に関しては、一般の患者さんに使える臨床のレベルでは有効性が証明されていないのです。(「客観的な医学的エビデンス(証拠)が無い」と言います)、厚生労働省は許可していない治療法となります。従って、保険が使える治療とは認められておらず、どうしても受けたい方には自由診療として行われるのです。
実は、この「自由診療」では、医療保険が使えず全て実費を自己負担になりますが、逆に言うと医療保険の決まりごとに縛られないので、その使用の客観的な評価も受けなくて済むのです。これが免疫療法を行っている側にとっては思う壺で、治療を行う者が費用を自由に決められるということにもなります。ひょっとすると、保険が使えるようになると、現在やっている施設では「割に合わない」と言って、手を引くことになるかもしれないですね。
私の知るところでは、「1回の投与が150~200万円、通算で5、6回は受けて頂きますが、前払いして下さい。途中で脱落された場合(ということは患者さんがお亡くなりになった時?)でも残金の返金はしません」といった具合です。
昨年11月には、厚生労働省が調査したところ、全国に約430あるがん拠点病院の内の5病院で有効性が確立していない保険外適応のがん免疫療法を臨床研修ではなく、自由診療として行っていたことが分かったそうです。これまで書いてきたように、エビデンスの無い治療であり、経済的理由から行ったのではないかと情けなく思いますが、罰せられたという話は聞いていません。厚生労働省は、拠点病院で有効性が確立していない治療を実施する場合には、原則臨床研究として行う(と言うことは、費用は施設が負担することになります)ように指定要件を見直す方針だそうですが、何とも寛大かつ悠長なお話と感じるのは私だけでしょうか。こうした行政の優柔不断な対応もまた、日本でこうした不可解な治療が行われ続けている理由の一つとも言えそうです。
追記:本庶先生も、受賞後のご講演で、「わらにもすがる思いの患者に科学的根拠のない免疫療法を提供し、お金もうけに使うのは非人道的だ」と述べられています。また、厚生労働大臣との面会の折に、「オプジーボの薬価が高すぎる」と苦言を呈されたと報道されていることを申し添えます。
研究助成 成果報告の記事を見る
小林 天音の記事を見る
秋谷 進の記事を見る
坂本 誠の記事を見る
Auroraの記事を見る
竹村 仁量の記事を見る
長谷井 嬢の記事を見る
Karki Shyam Kumar (カルキ シャム クマル)の記事を見る
小林 智子の記事を見る
Opinions編集部の記事を見る
渡口 将生の記事を見る
ゆきの記事を見る
馬場 拓郎の記事を見る
ジョワキンの記事を見る
Waode Hanifah Istiqomah(ワオデ ハニファー イスティコマー)の記事を見る
芦田 航大の記事を見る
岡﨑 広樹の記事を見る
カーン エムディ マムンの記事を見る
板垣 岳人の記事を見る
蘇 暁辰(Xiaochen Su)の記事を見る
斉藤 善久の記事を見る
阿部プッシェル 薫の記事を見る
黒部 麻子の記事を見る
田尻 潤子の記事を見る
シャイカ・サレム・アル・ダヘリの記事を見る
散木洞人の記事を見る
パク ミンジョンの記事を見る
澤田まりあ、山形萌花、山領珊南の記事を見る
藤田 定司の記事を見る
橘 里香サニヤの記事を見る
坂入 悦子の記事を見る
山下裕司の記事を見る
Niklas Holzapfel ホルツ アッペル ニクラスの記事を見る
Emre・Ekici エムレ・エキジの記事を見る
岡山県国際団体協議会の記事を見る
東條 光彦の記事を見る
田村 和夫の記事を見る
相川 真穂の記事を見る
松村 道郎の記事を見る
加藤 侑子の記事を見る
竹島 潤の記事を見る
五十嵐 直敬の記事を見る
橋本俊明・秋吉湖音の記事を見る
菊池 洋勝の記事を見る
江崎 康弘の記事を見る
秋吉 湖音の記事を見る
足立 伸也の記事を見る
安留 義孝の記事を見る
田村 拓の記事を見る
湯浅 典子の記事を見る
山下 誠矢の記事を見る
池尻 達紀の記事を見る
堂野 博之の記事を見る
金 明中の記事を見る
畑山 博の記事を見る
妹尾 昌俊の記事を見る
中元 啓太郎の記事を見る
井上 登紀子の記事を見る
松田 郁乃の記事を見る
アイシェ・ウルグン・ソゼン Ayse Ilgin Sozenの記事を見る
久川 春菜の記事を見る
森分 志学の記事を見る
三村 喜久雄の記事を見る
黒木 洋一郎の記事を見る
河津 泉の記事を見る
林 直樹の記事を見る
安藤希代子の記事を見る
佐野俊二の記事を見る
江田 加代子の記事を見る
阪井 ひとみ・永松千恵 の記事を見る
上野 千鶴子 の記事を見る
鷲見 学の記事を見る
藤原(旧姓:川上)智貴の記事を見る
正高信男の記事を見る
大坂巌の記事を見る
上田 諭の記事を見る
宮村孝博の記事を見る
松本芳也・淳子夫妻の記事を見る
中山 遼の記事を見る
多田羅竜平の記事を見る
多田伸志の記事を見る
中川和子の記事を見る
小田 陽彦の記事を見る
岩垣博己・堀井城一朗・矢野 平の記事を見る
田中 共子の記事を見る
石田篤史の記事を見る
松山幸弘の記事を見る
舟橋 弘晃の記事を見る
浅野 直の記事を見る
鍵本忠尚の記事を見る
北中淳子の記事を見る
片山英樹の記事を見る
松岡克朗の記事を見る
青木康嘉の記事を見る
岩垣博己・長谷川利路・中島正勝の記事を見る
水野文一郎の記事を見る
石原 達也の記事を見る
野村泰介の記事を見る
神林 龍の記事を見る
橋本 健二の記事を見る
林 伸旨の記事を見る
渡辺嗣郎(わたなべ しろう)の記事を見る
横井 篤文の記事を見る
ドクターXの記事を見る
藤井裕也の記事を見る
桜井 なおみの記事を見る
菅波 茂の記事を見る
五島 朋幸の記事を見る
髙田 浩一の記事を見る
かえる ちからの記事を見る
慎 泰俊の記事を見る
三好 祐也の記事を見る
板野 聡の記事を見る
目黒 道生の記事を見る
足立 誠司の記事を見る
池井戸 高志の記事を見る
池田 出水の記事を見る
松岡 順治の記事を見る
田中 紀章の記事を見る
齋藤 信也の記事を見る
橋本 俊明の記事を見る