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働き方改革の流れの中で、医療の質とコストの両立は可能か?―働き方改革はパンドラの箱を開けてしまったのか?―

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日本の財政が危機に瀕する中、医療費の高額化(毎年約1兆円の増加)が問題視されている。医療費高額化の主因は、高齢者人口の増加による医療ニーズの増大と技術進歩に伴う最先端技術開発である。現下では、「いつでもどこでも・質のいい・安価な」の医療の併存は、不可能となる。診療報酬の改訂は医療費削減の方向にあり、政府によるQOLを指標とした費用対効果分析の検討も開始されつつあり、経営基盤は揺らぎ始めている。病院の収益を上げる方法は、患者数増加、経費削減、労働効率化の3点であるが、少子高齢化の中、患者の飛躍的な増加は望めない。

医薬品・消耗品・材料等々に関しては、値引き交渉において削減はある程度可能であるが、必要以上の価格値引きは最終的に製造元が負担することになる。懸念すべきは、「ものづくり文化を破壊する」可能性があることである。因みに、値引き交渉は欧米においては無い。光熱水費については、サービス業である以上、必要以上に削減することはできない。職員の士気に関わる問題でもあり、継続性の点で疑問符がつく。病院が幸せになるために、患者側と製造側等がコストを負担するコンセンサスは得られるのか?

病院経営において、最大経費は人件費である。『超過勤務を減らすためにはどうすべきか』の議論は以前からあるが、雇用者は労働者の業務量を正確に把握してはいない。どの程度の労働量で雇用しているのか、その基準が不明瞭のまま雇用を続けているのが現実である。

例えば、個人の年間業務量は営業日数の244日なのか、それとも年次休暇や夏季休暇を取得することを前提とした上での業務量なのか。更に、個人の能力値を5段階評価するとして、どの評価レベルを業務量の基準値としているのかについては明文化されていない。このような現況下では、労働時間そのものがブラックボックスとなる。長時間労働を是正するのは当然であるが、労働に対する適正な人員配置と総労働時間の公表(透明化)は成されていない。

勤務医についても労働者と規定するが、どこまでが医師の労働時間に当たるのかに付いても明らかでない。スキルアップやキャリアアップのための院内外の研修会への出席、論文執筆や学会発表の準備などに割く時間は労働に当たるのか。研修医の研修はどこまでが労働なのか、指導医の指導は労働か。管理職手当を受給している医師を労基法で定める管理監督者とすれば、医長以上は労働時間の規定の適応は受けないのか。また、応召義務1)が医師法で規定されているのは日本のみで、欧米では同義務は倫理規定とされているなど、主治医制とともに、日本の医療文化には特殊性がある。医師の働き方改革は、医療提供体制の在り方、患者の受診行動、医師の価値観等々全てに関連する問題で、とりまとめは容易ではない。

1)医師などの職にある者が診療行為を求められたときに、正当な理由が無い限りこれを拒んではならないとする法令で定められた義務のこと

働き方改革の問題は、これまでの行政の不作為によって時間外労働の上限規制の問題がより複雑な形で顕在化してきたものである。「働き方改革」の主役は、本来的に労働者であるので、労働者側の視点が必須である。働き方改革の議論は、国立病院機構においても開始されたが、議論の本質は、「病院として、どのような対策を講じるか」にあり、『働き方改革』ならぬ、『働かせ方改革』となっている懸念がある。何を以て労働時間を短縮するつもりなのかの説明は不十分で、同一労働の基準についてもブラックボックスに在る。これでは、医師はもちろんのこと、労働者の誰もが「働き方改革」をファンタジー(幻想)としてしか見られないのではないか。

長時間労働以上に問題なのが、「実労働量」、即ち、「同一労働同一賃金」問題である。同一労働同一賃金の原則は、「性別・年齢・人種などの違いに関りなく、同じ質と量の労働に対しては同一賃金を支払うべき」である。正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者)と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)の間の不合理な待遇差の解消を目指すものであり、正論であり、本来あるべき姿である。能力の有る者が能力の低い者を助けることは美徳であるが、そこに、「同一労働同一賃金」の概念は存在しない。10日間で終わるべき仕事を個人の能力の高さにて7日で完了したとしても、給与が割り増しされるわけではない。同一労働同一賃金を前提とすれば、単純計算で1ヶ月あたり6日(年間72日)、実労働日数にして3ヶ月以上(営業日数21日として)の割増業務となるが、このような計算は議論なされない。能力の高い個人には、次回からは3割増労働量が標準値となる。
現在の同一労働同一賃金の議論は、1割(非正規雇用労働者問題)を取り上げ、9割(同一労働の本質)を捨象するもので、ファンタジーを通り越したトリックの世界であるとも言える。

医療の現場のみならず、「人=技術」であるので、短絡的な人員削減、労働時間短縮は、サービス面・安全面で自らの首を絞めることになる。委託費も技術の提供に他ならず、無理な削減はサービスの低下を招き、安全面を損なう。従って、個々人の能力のスキルアップが成就されない限り、仕事の質と安全面を維持するためには、長時間労働抑制による人件費削減は事実上不可能である。個人のスキルアップには、組織に対する愛と、仕事に対するモチベーションと誇りが必須となる。これからの医療機関には、働き方改革を見据え、コストを抑制しつつ医療の質を向上させる運営が求められる。そのためには、個人の能力のスキルアップは当然のこと、デジタル化を活用する必要性にかつてないほど迫られていると考えられる。

医療のデジタル化には、電子カルテ、NAVIT患者案内システム、Hybrid会計システム、臨床決定支援システム等がある。これらがインテリジェントで効率的なソリューションであり、アウトカムの向上と臨床ワークフローの合理化に資すというエビデンスが集積されつつある。
初期投資のための資金調達は、経営者として、解決すべき課題である。

独立行政法人国立病院機構福山医療センター院長岩垣博己・長谷川利路・中島正勝
昭和55年3月岡山大学医学部卒後第一外科入局、同年7月岡山済生会病院出向、同年11月から3ケ月間、タイ国カンボジア難民サケオキャンプに派遣(JICA)。昭和60年8月第一外科に帰局、平成3年11月第一外科助手、同年11月から2ケ月間、スーダン国ハルツーム市イブンシーナ病院に医療技術協力派遣(厚生省)。平成11年4月第一外科医局長、同年7月第一外科専任講師、平成19年3月岡山大学退職、同年4月独立行政法人国立病院機構福山医療センター副院長、平成25年4月院長昇任(現在に至る)。
昭和55年3月岡山大学医学部卒後第一外科入局、同年7月岡山済生会病院出向、同年11月から3ケ月間、タイ国カンボジア難民サケオキャンプに派遣(JICA)。昭和60年8月第一外科に帰局、平成3年11月第一外科助手、同年11月から2ケ月間、スーダン国ハルツーム市イブンシーナ病院に医療技術協力派遣(厚生省)。平成11年4月第一外科医局長、同年7月第一外科専任講師、平成19年3月岡山大学退職、同年4月独立行政法人国立病院機構福山医療センター副院長、平成25年4月院長昇任(現在に至る)。
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