そろそろ、ご自身の「死」や「死に方」について考えてみませんか?

最近、医療現場の様々な方面で「意思決定支援」の活動が活発になっています。国の方針でも、厚生労働省で意思決定のガイドラインが改定され、今回の診療報酬改定では主に高齢者を対象とした療養の場での意思決定支援が進められてきています。昨今は旧来の医療者中心の医療から患者自身がどのような医療を受けたいかを選択する患者中心の医療へと転換してきており、この大きな流れの中で患者の意思決定支援は重要なことであり、今後進めていくべき方針でしょう。しかし今の意思決定支援の進め方は、国が医療機関を主導するあまりに、本来あるべき患者さらには一般市民がこの医療の流れについていけていないのではないかということを、私は危惧しています。

多くの患者は自分の治療方針の決定に積極的に関わっていきたいが…
我が国でも、患者が自分が受ける医療方針をどのように決めたいかということへのアンケートが行われています。その中で多くの患者は医療者と話し合いをし、その上で自分の治療や療養の方針を決めていきたいと望んでいるという結果が出ています。これは一般市民でも、医療者にただ決めてもらう治療ではなく、患者として医療に積極的に関わる方が望ましいことを理解し、できるなら自分もそのようにありたいと願っていることを反映していると思われます。

「悪くなった時のこと」を考えるのは実際に「悪くなった時」でよいと考えてしまう
このことは、医療者の皆さんはよく経験されるのではないでしょうか。言葉では話し合いを望んでいますと言われていた患者でも、実際に話し合いの場面に直面すると、「今はまだ話し合いをする時ではないと思います」とか「縁起でもないので話したくありません」などと言われて話したがらない方が頻繁にいらっしゃいます。
これは何故でしょうか。
日常的にそういう「もしもの時」のための会話をしていないことが、大きな要因ではないかと私は考えています。実際我が国では普段から悪くなった時のことを話題にすることに慣れていない、抵抗を感じているように思います。
これは、話をしたことがそのまま現実に起こるという「言霊信仰」が日本人には根強く残っていることや、核家族化や少子高齢化が進んだ現代では、近親者の死の現場に関わることが少なく、死のイメージが湧かないため、多くの人がそのような「悪くなった時のこと」を考えるのは実際に「悪くなった時」でよいと考えているのです。では、実際にその場面に直面した時はどう行動するでしょうか。患者には、特に悪い状況が今後考えられる場面では、現在の安定した状態をできるだけ維持したいという「現状維持」「損失回避」の思考が働きます。ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏らのプロスペクト理論によれば、人の行動パターンでは利益を得る行動よりも損失を回避する方向に、より偏るようです。すなわち悪いことをできるだけ考えずに現状のままでいたいという思考が働くから「現状を維持したい」「悪いことを考えられない」という風になるのです。

つまり、元気な時は「悪くなってから考える」と考え、実際に患者になったら「悪くなった時のことは考えられない」という風になるのです。

患者主導でのアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を
「意思決定支援」は海外でアドバンス・ケア・プランニング(ACP)と呼ばれ、我が国では主に緩和ケア領域でトピックスになっています。最近マスコミや講演会などでもACPについて取り上げられる機会が増えてきており、皆さまの中でも聴かれたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。海外では医療者と患者が共同でACPを行うことによって、患者の医療への満足度が上昇した、患者の医療知識が向上した、患者と医療者間の衝突を回避できたといったメリットが示されていることから、我が国でも同様の効果が期待されています。しかし、本来のACPのあり方は、患者が「自発的」に「代理意思決定者(日本ではご家族が多いでしょう)」と共に「より良い治療やケアの方針」を「医療従事者」と相談する「プロセス」であるとされています。すなわち患者自身が「自発的」に医療者との話し合いに望むことによりその効果が現れるもので、決して「強制」されるべきものではありません。しかし、今の国の動きでは医療機関に働きかけて患者に意思決定を促すような形を求めていますので、患者がわざわざ望まない意思決定を強制させられるのではないかと危惧しています。

「死」をもっと身近なテーマに
もともと悪い場面に直面する時には損失回避へ偏るために、話し合いをするハードルは高くなっているのです。未だ日常的に死ぬことや悪くなった時のことをお茶の間で話し合えない現在の日本の状況を考えると、一般市民へ働きかけて、もっと日常的にフランクにこのようなことを話し合える環境を作ることが大切なのではないでしょうか。そうすることでいざ患者となって悪い場面に直面した時に、自分のことを考え周りの人と相談をするハードルが下げられるのではないかと考えます。さらには患者からの働きかけにより医療者の意思決定支援への関心も高まり、医療者と患者の双方に利益のある意思決定支援が普及できるのではないでしょうか。

岡山大学病院 緩和支持医療科片山英樹
岡山市生まれ。1995年3月岡山大学医学部卒業。岡山大学第二内科(現:血液呼吸器腫瘍内科)入局後、肺癌を中心とした腫瘍内科を専攻。2005年より国立病院機構山陽病院(現:山口宇部医療センター)緩和ケア病棟専従医師として、緩和ケアの診療及び研究に従事。2016年1月より現職。
現在は主に岡大病院内緩和ケアチーム医師として活動している。
[所属学会]日本緩和医療学会、日本内科学会、日本臨床腫瘍学会、日本呼吸器学会など
岡山市生まれ。1995年3月岡山大学医学部卒業。岡山大学第二内科(現:血液呼吸器腫瘍内科)入局後、肺癌を中心とした腫瘍内科を専攻。2005年より国立病院機構山陽病院(現:山口宇部医療センター)緩和ケア病棟専従医師として、緩和ケアの診療及び研究に従事。2016年1月より現職。
現在は主に岡大病院内緩和ケアチーム医師として活動している。
[所属学会]日本緩和医療学会、日本内科学会、日本臨床腫瘍学会、日本呼吸器学会など
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